2021年7月30日ICT16:22 ベトナム社会主義共和国ブンタウ市
昼食を済ませ、バスに揺られること3時間ほど。
一行は集合場所であるブンタウ市の港に到着した。
「大抵の乗客は自由時間、この辺りのビーチで遊んでたんじゃないかな」
というのが、文華の分析だった。
ブンタウ市はホーチミンに最も近いリゾートビーチで有名だ。
企画した会社としてはホーチミンを敢えて設定したのは、戦争博物館などのロケーションを観光するためといった意図があったのだろうが───
「海で泳がなくてもよかったのか?」
「そりゃ泳ぎたいけど、船にプールあるし」
「海の上で? 妙な気分だな」
知樹の中で船といえば、本州と羅宮凪島を結ぶ貨物船と黒海を航行する色気のないフェリー船だった。
そんな生き物にとって、プールを備えた最高級のクルーズ船は「巡洋艦かな?」という感想が出る程度に想像の外にある世界だ。
西側くささが気に入らなかったが、好奇心が刺激された。
「ほら、あれが今回乗るクルーズ船。フリーダムジャスティスワールド号だよ」
建物の陰を文華が指差す。
フリーダム・ジャスティス・ワールド号。通称FJW。アメリカの船会社キング・クルーズが保有するアジア市場向けのクルーズ船である。
300メートルの全長を持つ船体には15階層からなる甲板があり、各層に様々なアミューズメントや施設が存在するとてもすごい船なのだ。
「……巡洋艦よりもデカいな」
「そうなの?」
「ああ。昔見たキーロフ級よりも大きい」
一般的に現代の軍艦はさほど大きく造られる事はない。
現代の火器はとにかく射程が長く、精度が良い。ミサイルの飽和攻撃に耐えられる装甲とそれを備える船体があっても、
キーロフ級はロシアが保有する現代で最大の水上戦闘艦。あれを目にすればその巨大さに圧倒されるが、それを超える大きさの客船を目の当たりにすれば、それはそれでびっくりに違いない。
閑話休題。旅行会社の集合場所に到着した一行はパスポートを携えて船のタラップに向かった。
「荷物はもう運び込まれてるんだよな?」
「うん。さっき私にメールで連絡が来たから」
高い金を払っているだけあって、会社の方に抜かりはない。きちんと代表者に荷物の到着と無事を伝えられている。
文華が掲げたスマホには画像付きで部屋に送られたスーツケースが映し出されていた。
それを知樹の肩越しに見たハンナが手を振って合図を送った。
「うん?」
「あっ、どうかした?」
素早く文華がスマホをしまいこむ。その動作はもちろんだが、知樹は画像に違和感を覚えた。
「いま、俺の荷物がハンナのと一緒だったような……」
「そうだった? 向こうの人が取り違えちゃったのかもね」
当然の事ながら、船内の部屋は男女で別々となっている手筈だ。
業者のミスとしては十分あり得る範疇だが───
「この程度だったら、すぐ持って行けばいいじゃない」
「まあ、そうだな……」
釈然としないが、怒るほどのことでもないな。
違和感を覚えつつも、知樹はタラップを登り始めた。
◆知樹以外の目的とは───?