TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年7月31日ICT11:44 インドネシア共和国ジャワ海 FJW第14甲板『Lido』

 

 ()()(かえ)る巨漢の前で、三人の韓国人が土下座をした。

 

『大変、ご無礼を致しました……』

 

 プールから引っ張り上げられた三人は逃げる間もなく知樹達の前に引きずり出された。

 特に何かを言うわけでもなく、無言の圧力によって三つの頭は床に擦り付けられたのだ。

 

『ええっと、二度としないのなら……』

 

 意を決して文華が和解を飲もうとしたその時だった。

 

「ぬるい」

「マック……?」

 

 平穏に済ませることを知らない男が一歩、前へ踏み出した。

 巨漢の鋭い眼光に怯みもせず、土下座したまま身じろぎもしない男に近寄り足を上げた。

 その無防備な後頭部に向けて。

 

『どうするつもりだ?』

 

 数ミリの猶予で足が止まった。

 本来優位にあるはずの慶太や文華達ですら気圧されてしまうその眼を、知樹は睨み返した。

 

『ムシはこうすべきだろう?』

 

 ドンっ! 無慈悲な踏みつけが頭部を襲った───かに思われた。

 違う。この音は踏み込みだ。巨漢がその大きな拳を知樹の顔面で寸止めしたのだ。

 数百キロの重みを持つ風圧で、文華とハンナの髪がなびいた。

 

キムチ臭いぞ(You smell)朝鮮のゴキブリ(Choson’s cockroach)

 

 寸止めを見抜き、微動だにせず彼は侮辱した。

 挑発の一環であることは明白だが、巨漢は眉一つ動かす事なく言葉を続けた。

 

『こいつらのした事は、確かに許されない。だが、お前はやり過ぎだ』

『殺さないだけ優しいと思え。害虫は害を振り撒く前に駆除するべきだ。根を絶やすべきだ』

 

 この時初めて巨漢が表情を動かした。

 軽蔑でも悲しみでも、ましてや怒りでもない。別の無表情。

 こいつはここで止めなくてはならない。こいつを放置すると、きっとロクな事にならない。

 そんなやると決めた(・・・・・・)顔だった。

 

 殺気がひとつ、この場に増えた。

 知樹も足を下ろして起こりつつある戦いに向けて姿勢を変える。

 両者が激突する。誰もが確信出来た。

 

「いい加減にしろよッ!」

 

 これは誰もが予期しなかった。

 慶太が背後から知樹にタックルを喰らわせたのだ。

 しかし悲しいかな、彼は身じろぎひとつせず受け止め、逆に体当たりした側の慶太が腰に縋りつく形になった。

 

「放せ。邪魔だ」

 

 みっともない醜態。野次馬から笑いが漏れた。

 それでも、慶太は喰らいついた。

 

「まだあいつらならわかるけどっ、その人は助けてくれたじゃないかッ!」

「どっちも朝鮮半島のムシだ。誅さなければならない事に変わりはない」

「なにがっ、なにが誅するだよっ。正義の味方気取ってくるくせに、さっきからやってるのが三流漫画のチンピラレベルなんだよッ!」

 

 怒り。知樹の表情と目にその感情が宿った。

 

「なんだと?」

「英語で色々差別的な事言って、土下座してる相手の頭踏もうとしたり、国籍だけで相手を否定したり……これがチンピラでなくてなんなんだよ!」

「奴らは劣っている(クズ)だ。科学的に証明されてる」

「なんだよ、どんな証明だよっ、言ってみろよ!」

 

 強張った表情のまま、唇は閉ざされていた。

 この瞬間、みっともない人間のランキングが大きく変動した。

 かろうじて、知樹は記憶からニュースを引っ張り出した。

 

「……不法に竹島を武力で占拠した軍の人間だ。周辺で仕事をしていた漁師を誘拐して殺したんだ。そんな奴らは、暴力で上下を理解らせないと……」

「そうだ。でも今、それ関係ないだろっ。ネトウヨみたいな論点ずらししやがって」

「ネトッ?! ……あんな、カス共と一緒にするな!」

「一緒だよっ、今のマックは!」

 

 知樹の脳で痛みが生じた。強い怒りと、羞恥によるものだ。

 父の教えを友人に否定された怒り。そんな友人に、下に見ていた友人に裏切られた(・・・・・)羞恥。

 

 そして自身を俯瞰してみれば、その通りだった。

 底辺層レベルのカスみたいな発言をしてしまったという羞恥。

 父の教えに基づいた発言を、教えを底辺層レベルのカスと考えてしまった。そして友人を下に見ていたという自分への怒り。

 

 自分の憧れ(かこ)分析(いま)が激突し、強烈な矛盾が生じていた。

 自身のアイデンティティを揺らがしてしまう、強い矛盾だった。

 

「俺はっ……」

 

 もう巨漢は構えを解いて少年の動きを待っていた。

 危険で危うい男だが、彼には道を正す友人がいる。

 ならば、今は少しだけ様子を見よう。そう考えたのだ。

 

「わかった。ケー、もうわかった」

「……本当に? なにがわかった?」

「やり過ぎた、俺は。決める権利はお前と、文華先輩にある」

 

 求めていた答えとは言い難いが、及第点ではあった。

 知樹から離れると、彼はまだ土下座している三人に歩み寄った。

 足音が止まると、震え上がった。知樹はかがむと、囁いた。

 

もし次不埒な真似をしてみろ(If you make light of us next time)その時は殺す(You’ll be die)

 

 上がった三つの頭は上下に震えた。

 巨漢が離脱を許可すると、我先にとここ以外のどこかへと走り去っていった。




◆遂に露呈した不和の種───!
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