2021年7月31日ICT12:28 インドネシア共和国ジャワ海 FJW第14甲板『Lido』
───僕は、間違っていないはずだ。
菅原慶太は自身の行いに驚きつつも、自身を納得させた。
チンピラに絡まれて、助けてくれたのはいい。感謝しているし、彼ならやる。
しかし、そのあとがよくなかった。
助けてくれた巨漢───この船で働く韓国人スタッフらしい───にも国籍が気に入らないというだけで対立し、聞くに堪えない侮辱を浴びせ、土下座している相手を足蹴にしようとした。
これは勝ち負けや正義の問題ではない。
師とも呼べる親友がみっともない蛮行をしている。その事実が耐えられなくなってしまったのだ。
「
「李さんが謝ることじゃありませんよ」
巨漢、スンファンは申し訳なさそうに頭を下げた。
彼は韓国語と英語はもちろん、東・東南アジアの言語に長けている。もちろん日本語は彼の言語野に収まっている言葉である。
「謝るべきは、こっちですよ」
慶太は釘を刺すようにスンファンへ頭を下げた。
刺された当の知樹はといえば、不機嫌そうにそっぽを向いて遠くに見えるインドネシア領土へ視線をやっていた。
───自分だって、不貞腐れやがって。
偉そうなことを言っておいて結局、自分も都合が悪くなったら不貞腐れているではないか。
確かに、彼が抱く怒りの根源の理解はできる。
あのチンピラたちが絡んできた理由と同じく、歴史と政治の話だ。
しかし、問題があったら何をしてもいいのか? 属性だけで決めつけて、侮辱や横暴をしてもいいのか?
きっと、彼らは仲良く口を揃えて言うのだろう。
『俺達には、その権利がある』
慶太はそんな主張が嫌いだった。
母を殺した
そんな世界を蝕む醜怪な泥が憧れの人物からも染み出してきたのだ。心中穏やかでいられるはずがなかった。
「そういえばさ、あの連中って逃がしちゃって大丈夫なの?」
思い出したようにハンナが尋ねた。
今回の件では態度に不快感を滲ませる程度で言葉を口にしていなかった彼女だったが、ようやく口を開いた。
「本来ならセキュリティ・ルームで取り調べを行うのですが……大変申し訳ありません。彼らは起訴できるか怪しいところでして。どころか、先ほどの私の対応は過剰防衛に問われる可能性もあるのです」
「訴えられると、よろしくない?」
「そうなりますね……ですが、ご心配なく。少なくとも、我々セキュリティ・スタッフが今回の航海では妙な真似はさせないように警戒しておきます。お客様方には手を出させません。法の面でも」
慶太が押された件では怪我がないのは幸いだったが、証言も怪しければ証拠もない。
相手に「ぶつかっただけ」と主張されれば、裁判になっても五分五分の泥沼になるだろう。
慶太ら一行は基本的に
対する三人組は───どうだろう。自力で乗るには若すぎる気もする。判断の難しいところだった。
もし財閥有力者の関係───例えば親族であれば、それはもう面倒なことになるだろう。その辺りを調査中だとスンファンは言った。
「そんな。助けてくれたのに……」
「お気になさらず。私はやるべきことをやったまでです」
彼は力強く頷いてみせた。見るだけならば頼もしい光景ではあるが、見た目だけで決まるのなら、物事はここまで面倒ではない。
ひとまずは、彼の役目は終わった。
スンファンが恭しく一礼すると、踵を返した。その時、思わぬ人物が口を開いた。
「イ・スンファン保安員」
羞恥に染まった声は波にかき消されそうになっていた。
しかし、スンファンの耳に入った。彼は足を止めて振り返った。
先ほど自分を侮辱した少年、幕内知樹を。
「さっきは……さっきの侮辱は不当だった。申し訳ない、謝罪する」
知樹としては考えられないほど、その表情はばつが悪そうなものだった。
そうだ。彼には問題があるかもしれない。しかし、まだ染まり切っていない。
慶太は心から安堵した。
「僕からも謝罪します」
慶太が頭を下げると、文華も流れるように続いた。
ハンナも空気を読んで、なんとなく続く。
『
笑みを浮かべたスンファンはそう告げると、立ち去った。
◆礼儀を忘れるな───