2021年7月31日ICT14:22 インドネシア共和国ジャワ海 FJW第14甲板『Lido』
知樹は慶太達と一時別れ、船体の張り出し部分となるシーウォークを訪れた。
家族連れや友人達。人種が多様なこと以外、街と変わらない景色が広がっている。
この多様のなかには、韓国人らしき姿や言葉も見受けられた。
───
知樹は内心で後ろ向きの正当化を図った。
そう教わり、疑いもしなかった知樹は彼らを隙あらば排除しても構わない、迫害されて当然の劣った存在だと考えていた。
しかし、イ・スンファンは違った。
自身の
船の安全を守る保安員として、己の任務と向き合う理知的で正義感を持つ漢だった。
自分の知る、教えられていた韓国人とはかけ離れた存在。
頭痛がする。
大桑村での戦いで鬼武瑩に憑依したラーイーから受けた、謎の攻撃。
あの脳味噌から皮膚を剝ぐような痛みが、今も時折するのだ。
こうやって、自分を顧みるたびに。
まるで、脳にいる何かが自己理解を拒むかのように。
「くそっ」
足元に広がるガラス張りの床の向こうでは海面が過ぎ去っていく。
気に入らない。この矛盾が気に入らない。あってはならない矛盾が。
苛立ちに任せ、知樹はソファーに腰を下ろした。
水平線の向こうにはボルネオ島のインドネシア領がある。第二次大戦で日本軍が占領し、軍政下にあった島だ。
大戦後、日本軍の撤退後はイギリス・オランダから独立し、インドネシア以外にもマレーシアやブルネイの三ヶ国が領地を持っている。
───日本が鬼畜欧米から解放して
怒りが理不尽な方向へ燃焼した。
苛立ちで不安定になった心は、何かの燃焼を望んでいた。
端的に言えば、スカッとしたくなったのだ。
そのためには、こんな場所にはいられない。
しかし、どうすればいいのか。
日々のルーチンから離れた知樹はストレス解消の手段すら持ち合わせていなかった。
知らなかった。わからなかった。
教わったことがなかったから、編み出すことを知らなかったのだから。
まったく、自我がないとは誰のことなのやら。
───俺は、どうすればいいんだ? なんで、自分の心を制御できてないんだ?
彼は心に漂っていた、漠然とした不安と恐怖を初めて自覚した。
それは感じたことのない、行く先の見えない不明と寄る辺ない孤独に対する恐怖だった。
今までそれらから
客たちが海の景色に見飽き、歩き去る中。
知樹はひとり、呆然と佇んでいた。
そこへひとつ、足を止める人影。
「もしかして……坊ちゃんじゃないか?」
不安で壊れそうになる知樹の前に、ひとりの男が現れた。
◆この男の正体は───?