TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

166 / 214
27

2021年7月31日ICT14:51 インドネシア共和国ジャワ海 FJW第15甲板『Sports』

 

「すごい偶然だ。まさか、坊ちゃんとこんなところで会うなんて」

 

 越智(オチ)照仁(テルヒト)。彼のことは遠い昔だが覚えていた。

 空挺教育隊で父が指導していた人間のひとりで、幼いころ遊んでもらった記憶があった。

 彼は自衛隊を『腐敗違憲軍』などと呼び忌み嫌っている知樹が信用する、数少ない自衛官であった。

 

「そちらこそ、ここで何を?」

「いやぁ、仕事ですよ。自衛官はとっくに辞めててね」

 

 照仁は射撃位置(射座)に着くと、上下二連の散弾銃に装填する。

 一旦散弾銃を肩から外し、視界を広く保ち───合図した。

 

 放出機が赤い(クレー)を左右にふたつ射出。

 瞬く間にクレーは遠くへ飛翔し、時間が掛かれば掛かるほど、海面に近づけば近づくほど、撃ち抜くべき的は遠くなっていく。

 

───これはしくじったな。

 

 見物人達は見る見る海面へ落ちていくクレーを見て確信した。

 しかし、知樹はそうは思わなかった。彼の性格を考えれば、待っているのだ。

 最も難しくなるタイミングを。

 

 照仁が素早く散弾銃を構え、一発、二発。

 海面近くでふたつの赤い煙が現れた。クレーが撃ち砕かれたのだ。

 

「おぉ、ブラボー」

 

 一発ならともかく、二発のラッキーショットは考えられない。

 心得のある者は彼の意図を理解し、素直に称賛した。

 

「ちょっと気が急きすぎたな」

 

 戻ってきた照仁は悔しそうにそう呟いた。

 

 船尾にはこのようなトラップ射撃が楽しめる設備があった。

 久々の再開を祝して、照仁はこのような場所に誘ったのだ。普通ではないが、彼らにとっては立派な歓待であった。

 

「坊ちゃんもどうです?」

「そうだな。久々に(・・・)

 

 つい最近この手の上下二連を扱ったのは、違法改造されたソードオフぐらいだ。

 係員から銃と弾を受け取り、電子イヤーマフで耳を覆う。

 あの時とほとんど同じ装備だ。射撃位置に着くと、イヤーマフのマイクに指示を送る。

 

「ゴー」

 

 合図を受けた係員がクレーを射出させた。

 ふたつの赤点が空を目指し、滑空していく。

 しかし、それは一瞬の出来事だった。

 

 クレーが落ち始める前の上昇中にふたつとも破壊されたのだ。

 それもスピードが減速する前の瞬殺。その早さは練習を積んだ選手レベルだった。

 

「さっすが班長のお子さん。見事なもんだ」

「鍛錬は欠かしてないんだ……なあ、越智さん」

「なんだい?」

「清水徹という男を知らないか? 元空挺らしいんだ」

 

 その名を聞いた照仁は視線を右上に向けて考え出した。

 どうも、いまいちピンと来ていない様子だった。

 

「……名前だけじゃな。俺の知る限りでは存じ上げないなぁ」

「永葉県の大桑村出身で、猟師不足を解決するために辞めたそうだ」

「名前は聞いたことありませんが、昔そんな奴がいたと聞いたような……」

 

 第一空挺団といえど、その人数は少なくない。

 ましてや在籍期間が嚙み合っていなければ、噂すら聞かない人間など珍しくもないだろう。

 

「その人がどうかなさったんで?」

「亡くなった。大桑村の事件で、熊と戦ったんだ」

 

 表向きには、彼の死因はそうなっていた。

 放火による路沿集落の大火事と、直前に起きた城下集落での熊による住民虐殺。

 彼はその片方の拡大を城下集落で防いだ英雄として、わずかな間だが称えられていた。

 

「そのニュースは覚えてる。元空挺だったのか?」

「ああ。本人と話して、親父も世話になったらしいんだ。間違いない」

「残念だ……班長も世話になったんだ。時間があったら、線香の一本でもあげたかったが。無理そうだな」

 

 少し離れた位置で行われるクレー射撃を眺めながら、照仁は物悲しそうに呟いた。

 自分の言葉に説明が不足しているのに気付いた彼は自ら補足した。

 

「実はいま、仕事の真っ最中でね。これが終わったら合流することになってるんです」

「合流?」

「シータグループですよ」

 

 どきりとした。

 幼少期から世話になっている人々の名前。それが、日本人の口から出てくるとは。

 

「なにかあったのか?」

「聞いてないんで? 今グループで(リーダー)張ってるのは幕内班長、お父様なんですよ?」

 

 初耳であった。

 父がシータグループに属し、ダークステートの支配から世界を解放すべく戦っている。

 そこまでは知っていた。しかしまさか、今やそのリーダーとは。

 

 ここでひとつ疑問が湧いた。

 なぜ、自分には何ひとつ知らせてくれないのか。

 父がリーダーとなるということは、それなりに状況の変化があった場合と知らされていたのに。

 

 反射的に周囲を伺う。

 どういうわけか海外に出てから公安あたりの尾行が感じられなかった。

 

 国外では簡単に調査ができないのだと考えていたが、万が一にもこの会話を知られるわけにはいかなかった。

 問題はない。なら、突っ込んだ話題もできそうだ。

 

変革(・・)はどうなってるんだ?」

「まあ落ち着いて。大きな物事を確実に遂行するには、時間と準備が必要なんだ」

「俺も手伝いたい」

 

 目先の悩みから逃げだすためだけに、知樹の口からそんな言葉が出ていた。

 不安や恐怖に(さいな)まれるぐらいなら、いっそ日常から飛び出してしまえばいいと考えてしまったのだ。

 

「いいか? 君は班長にとって、隠し玉(・・・)なんだ。イザって時のためにとっておきたい」

「だが……」

「大丈夫。いずれ報せが来る。その時まで、坊ちゃんは刃を研いで待っていればいい」

 

 物事には役割がある。

 だから、今は───

 

「ま、再会を祝して軽いメシでも行きましょうや。仲間もきっと、坊ちゃんに会いたがる」

「ああ」

 

 数少ない、心から信用できる人間。

 だというのに、心の隅にこびりついた不安は立ち去る気配を見せなかった。




◆変革とは───?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。