2021年7月31日ICT18:40 インドネシア共和国ジャワ海 FJW第4甲板『Plaza』
「えっと、ケーくん。翻訳してくれる? ……この場合、翻訳でいいのかな?」
「うん、いいと思います……」
一応彼らの使っている言語は日本語なのだが、やはり語録は独特すぎる。
独特というか、存在自体がセクハラに近い。
慶太は頭を悩ませながらも、状況を説明した。
「えっとね。どうもマックとこの3人には共通する趣味があったみたいなんだ」
「そうわよ」
ハンナが乗ってしまったので、彼女も追加された。
つまり、この場では日・韓・芬三国の大淫夢共栄圏が誕生しているわけだ。いやすぎる。
「じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」
「24デース! シンチョウハ173.5、タイジュウハ65キロデース!」
なぜかフィンランド人が韓国人と日本語の特定語録で会話していた。
いや、全部語録なのだから本人に対する質問になっていないのだが。
「キャッキャ」
「キャッキャ」
「キャッキャ」
しかしまあ、喜んでいるのなら一種のコミュニケーションなのだろう。
数奇な運命で席を並べる事となった韓国人達に、改めて慶太は尋ねた。
『すみません、改めて尋ねたいんですけど……訴訟とかって、考えてます?』
すると、韓国人だけでなく日本人とフィンランド人も冷めたものを見るような目でにらんだ。
まるで慶太が空気を読めないような扱いをされているが、これは当然の話題である。
『あー、それはやめたよ』
『冷静に考えてみれば、いきなり出てきて女連れてこうとか、普通にないわ』
『真面目な話、親に知られたらマジで縁切られる』
妙な真似を実行する前にその可能性に気付いてほしかったが、理解してくれただけでも幸いというものである。
しかしこれに関しては、自分達だけの問題ではない。
『それはありがたいんですけど、この船のスタッフさんにもそうして欲しいんです』
「アタリマエダヨナァ?」
「ソウダヨ」
「ハッキリワカンダネ」
なぜか彼らの会話は語録だけで成立していた。
相手は日本を憎んでいて、まともに日本語ができないはずなのに。
───そんな、クレオール語じゃあるまいし……
とはいえ、これで一件落着。
憎みあっていた双方も共通の話題を見出して和解。
いい話ではないか。ソーシャル・ジャスティス・ウォリアーが知れば卒倒するであろう顛末だが。
『なあ幕内。この白人女ちゃんが淫夢わかるのわかるんだけど、日本人ふたりはノンケなのか?』
『ん? ああ、男の方、ケーという奴なんだが。あいつはわかるぞ』
その時、外国人が持つ8つの瞳が慶太に向けられた。
慶太は動揺した。今まで一度たりとも、語録を口にしたりカミングアウトなどしたことはないのに。
カミングアウトはともかく、語録の自制は出来ていなかったが。
「なっ、なんでそういうこと言うの?!」
「だって、語録を聞くたびに挙動不審になってただろ、お前。『これ反応したら淫夢厨だってばれるな……』ってやつだろう?」
「うっ、うぐうっ」
やはり、この男の眼は誤魔化せない!
その通り。一応本人としては足を洗ったつもりだったが、やはり語録にはつい脳と体が反応してしまう後遺症が残っていた。
口の反応を抑えられるようになっただけ、成長したものである。
もちろんこれは同居している文華のためだ。
下手に知られれば、まず離れ離れになってしまうだろう。
ホモビデオやその映像・音声を切った貼ったした動画でキャッキャする文化など、一般社会では絶縁モノの趣味なのだから。
───姉さんにだけは、知られるわけにはっ……!
引きつった表情のまま、文華へ視線をやる。
その表情は、呆れ。しかし同時に笑みも浮かんでいた。
引かれてはいない。恐らくは。
そう推測して、心底慶太は安堵した。
直後、困惑した。
───どうして僕は、姉さんに悟られないと安心したんだろう?
心のどこかで浮かんだ疑問も、トラブルメーカー達が巻き起こす騒動によって顧みる間もなくかき消されていった。
◆一件落着……?