2021年7月31日ICT19:06 インドネシア共和国ジャワ海 FJW第4甲板『Plaza』
話を3キムの兵役時代に戻そう。
彼らは第5海兵連隊に配属され、地獄のようなしごきを受けた。
サンミンは配属先に口を出せる程度の階級に生まれたが、当時の彼が持っていた愛国心が、それを拒んだ。
「なんだかんだ、祖国に愛着を持ってたからな。親父の関係で、ろくでもない連中を知る機会も多かった」
「それを変えようと?」
「立派だろ? 今の政権に裏切られたが」
17年から勤めている大統領は元軍人、それも特殊部隊出身者ということで軍や兵役に関する改善があるのではないか。
以前の保守政権時代に積み重なった歪みの解消も期待されていた。
結果は、3キムに言わせれば前言の通りであった。
「ま、奴も来年には代わってるだろうさ。ともかく、俺ら3人は故郷に恋人を残して兵役にやって来たのさ」
「面白い偶然ですね。似た境遇の人が、同じ部隊に集まるなんて」
文華も黙ったままでは失礼にあたると考え、触れられそうな話題に触れた。
ただ、その先に明るい要素がないのは覚悟しての話だったが。
「そ。で、兵役中はカス扱い。兵役終わればチキン屋訓練生だ。俺はともかく、こいつらはな」
サンミンは有力財閥の三男坊。
ソウル大卒のインテリで将来を有望視されていた。
職のひとつやふたつ、用意は容易だ。
しかし、スンヨプとソジュンは違う。
一般家庭の出身で、まともな職に就けるほどの技能や才能、ツテはない。
一番致命的なのは大学受験でドロップ・アウトしていたのだ。
学歴社会極まる韓国において、有望視されている大学に合格できなければ、その展望はあまり明るくない。
よくあるブラック・ジョークに『特権階級になれなければ、行く末はチキン屋か野垂れ死にかだ』というものがあるほどだ。
そんな将来から逃れるため、海兵隊出身の経歴を活かして職業軍人まで考えていたほどだ。
もっともそれは上官から受けた酷い仕打ちによって、選択肢から脱落していたが。
「除隊後どうしようか考えてて、何始めるにしてもまずは整形して思いっきり遊ぼうってなったのさ」
「それで、やる事が客船で女をさらおうと?」
一応済んだ話だが、知樹はあえて蒸し返した。
文華とハンナが受けた経験を思えば、これは軽い気持ちで流していい話ではない。
そう考えた結果であった。
「……だから、悪かったよ。俺の元恋人は白人野郎に盗られたんだ。だから、白人女をどうこうしてやろうって、思っちまったんだ」
「でも、大した話じゃないだろ? そんな、怒るほどじゃ……」
彼らにも一応、理由はある。
される側からしてみれば、たまったものではない理由だが。
そう、明確な理由があり、理解し、それに葛藤している。
以前対峙した連中とは、違う。
知樹はまだ3キムがこの程度に軽く考えているとは思っていなかったのだろう。
その目は、見たことのない恐ろしいものになっていた。
彼が再び暴れ始める前に、慶太は口を開いた。
「ひとつ、話があります。姉さん……文華と、ハンナマリさんの話です。このふたりはかつて、妙な金持ちに狙われた経験があります」
「……妙な金持ち?」
本来はもう少し複雑な話だが、この簡略化した表現はかえって3キムにとって飲み込みやすくなった。
妙な金持ちが妙な優遇を受けている、という話を韓国で耳にする機会は多いのだ。
慶太は件のふたりを一瞥する。
両者ともあまり浮かない表情だったが、否定するような様子はない。
ゴーサインだ。軽く深呼吸し、言葉を続ける。
「そいつは、自分のツテをアピールして近寄ってきて……頷かなかったら最終的に、人を雇ってさらわせたんです」
「……マジかよ」
「文華は未遂に終わりましたが……ハンナは、二度誘拐されています。一度は知樹に助けられましたが」
3キムの視線がハンナに向けられる。
一度は助けられた、という表現から一度は成功していると察するのは難くない。
女が、それも明らかな美少女が誘拐されて、全く手を出されないとは考え難い。
皆まで言われずとも、彼女の身に何が起きたのか。3キムは理解した。
自分達の行いは、その不埒な犯人と同一視されても仕方のない話だった。
「……言い訳にしかならないだろうけどさ。俺らはちょっと口説く程度のつもりだったんだ。こうすると寿司女はすぐ落ちるって、ネットに書いてあった」
「ああ。言い訳未満だな」
知樹の鋭い言葉が深々と突き刺さった。
すぐ落ちるから、何なのか。ネットに書いてあったから、何なのか。
それは単なる自己正当化でしかない。
自分達の歪んだ加害欲と蛮行を肯定するだけの、みっともない正当化なのだ。
彼らはそれを深々と突きつけられた。
「謝罪はもう済んでます。だから、もういいです。でも、忘れないでください。彼女達は、そんな経験があるんです」
スンヨプとソジュンは口を閉ざしてしまった。
サンミンは強張った唇をこじ開け、声を発した。
「聞いていいか? なんで、そんな俺らと一緒にメシ食ってるんだ?」
その問いに、ハンナは迷わず答えた。
「私は、マックが一緒にいるから心配してないし」
スンヨプはハンナと知樹を交互に見やった。
これは誤解されても仕方のない発言である。
「……そういう関係?」
失言者の後頭部を叩くと、サンミンは文華へ視線をやって発言を待った。
彼女はあがり症を感じたが、懸命に答えた。
「正直、怖いです。でも、ケーくん、ハンナ、幕内くんが信じた人だから……私も、信じたいんです」
「謝罪した後でも、俺らは事を軽く考えてたんだぜ?」
「でも、話せばわかってくれた。だから、信じたいんです」
同じ言葉を話しながら、会話が成立しない。
その状況の不気味さと比べれば、違う言語話者でも淫夢語録で会話できる連中の方がずっとマシである。
それはそれで、文華にとっては少し不気味だったが。
それでもやはり、マシである。
そして、マシからさらに上になる可能性を信じたかった。
「だから、私は謝罪を受け入れました。だから色々ありましたけど、言いっこなしで」
緊張で思ったように言葉が出ない。
それでも、これが文華の偽りなき言葉であった。
ソジュンがスンヨプにそっと耳打ちした。
「やべぇ、天使かよ……フリーなのかな?」
「多分、そうだよな?」
サンミンがふたりに拳骨を落とした。
その拳を開くと、今度は文華達に向けた。
「わかった。今までのは言いっこなしで、トモダチ……でいいのか?」
ばつの悪そうな表情。
それを浮かべたのは3人だけではなかった。
ハンナがそっと、知樹に囁いた。
「ねえ、マック」
「……言われなくてもわかってる」
侮辱的な言葉を言ったのは3キムだけではない。
売り言葉に買い言葉ではあったが、知樹は不特定多数の属性を侮辱していた。
もし手打ちにするというのなら、彼も謝罪しなければ
「喧嘩をふっかけたのがそっちとはいえ、言葉が悪かった」
「これでお互い、言いっこなしだな」
躊躇いながらも、それぞれが互いの手を握った。
◆ようやくわだかまりの解消へ───!