TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年7月31日07:34 日本 小張県名気屋市小張県警本部第三会議室

 

 大桑村での一件の後、再び“アルファ”騒ぎの事後処理に追われていた敏明と亮。

 ふたりは自衛隊出身者の中でも特殊作戦に秀でていると自他共に認める人材である。

 そんな彼らが警察から間借りしている本部へ呼ばれたのだ。

 

 どうせロクでもないことだろう。

 そう考えるのは至極当然の思考であり、情報科の松西(マツニシ)健司(ケンジ)が不機嫌そうな色を顔に浮かべて入室すれば、その分析はほぼ確定したようなものである。

 

「マジクソ」

 

 仮にも公務員の肩書きが持つ人間が発するとは思えないほど、非常にフランクかつ苛立ちを孕んだ呟きに、敏明は笑みを浮かべた。

 

「またトラブルか? 今度はなんだ?」

「公安の尻拭きだ」

 

 タブレットを乱暴に操作し、それぞれの端末にデータを送信する。

 表示されたのはある人物の、鼻にメガネのパッド跡がくっきり残っている絵に描いたようなインテリ中年男性だった。

 

 インテリなのは見た目だけではない。

 経歴の欄を流し見すると、東大物理学専攻やら、核物理学博士号やら、理系界隈の頂点に立てそうな単語が羅列されている。

 

 それが自分達に関係があるのだ。

 

───これはとっても、ロクでもないぞ。

 

 敏明は次の言葉を辟易としながら待った。

 

糸井(イトイ)(タダシ)。こいつは前々から“北”と関係を持っているとされた人物だ」

「核物理学者が? 最高の組み合わせだな」

「近頃羽振がいいって聞いたら、心臓が口から飛び出るだろ?」

 

 状況は理解できた。

 この博士様は他国から報酬をもらい、その技術を売り渡していたのだろう。

 

「仕方のない話だろうな。日本じゃ博士号を持ってるだけで企業は手を引く。大学の研究室も、ロクに報酬を出さん。専業博士なんてのは、左翼の御用学者ぐらいなもんだ」

 

 口を閉ざしていた亮が同情の言葉を発した。

 これは別に日本に限った話ではないが、研究者というものは予算を集めやすい研究に携わっていなければ、その給料など雀の涙である。

 

 ましてや、東日本大震災の津波が原因で起きた福島第一原発での事故後の核物理学。

 さぞ、世界に貢献できる知識があれども冷遇された事だろう。

 

「つまり、そういうわけだ。東大理一を首席入学・卒業するような努力をした結果、世間から裏切られた核物理学の博士。それが“北”から報酬を得てヤバい研究をしていた」

「核兵器か……」

「それもただの核兵器じゃないぞ」

 

 健司が再び端末にデータを送信した。

 『中性子兵器』。小難しい資料の中にこの文字列を確認した瞬間、事態の重さは確実なものとなった。

 

「中性子爆弾?!」

「農薬散布ドローンくらいなら積める超高効率小型爆弾だ。カッパロケットの夢よ再び! ってわけだ」

 

 笑えない冗談だ。

 戦争の放棄に熱心な日本のアカデミズムが命だけ(・・・)を燃やす技術に手を貸していたという事なのだから。

 

「で、だ。その博士様のヤヴァイ研究が発覚したのはつい最近の28日夜11時頃。公安が早朝ノックに向かったのは29日の午前2時。でも、二度逃げ切った」

「普通じゃないな、その博士」

「ああ。この高跳びには複数の人間が関わってる」

 

 続いて送られてきた資料。

 路上の監視カメラや、空港と思われる場所の映像。

 

 6人の男は体格が良く、歩き方も自衛官───これは陸自の空挺に見えると敏明は分析した。

 実際、リーダー格と目されている人物、越智照仁の経歴にはその部隊があった。

 その下には、こう綴られている。

 

『ロシアPMC、シータグループ及び幕内和馬との接点あり』

 

 亮はその一行を見て天を仰いだ。

 部隊違いとはいえ、同じ古巣を持つ人間の醜態である。

 

「また幕内か……あの親子とは、縁があるらしい」

「流石に今回ばかりは知樹(ジュニア)も絡んで来ないさ」

「どうだか。大桑村にも居合わせた野郎だぞ」

 

 とはいえ、口にした亮も冗談半分だった。

 あれは小張北部と永葉南部の境界、小張北部に住んでいる知樹にとっては近場の範疇にあった。

 

 しかし今まで父を伴わず単独で出国した経験のない彼だ。

 流石に国外は考えられない。前例のない、天文学的低確率だ。

 

 その前提でそのような可能性に直面するなど、あり得ない話だ。

 それが半分の思考。

 

 もう半分は───

 

───超低確率でも、二度あることは三度ある。ただその場合……誰かの誘導も考えるべきだな。

 

 幕内知樹。

 事実と妄言を吐き散らし、上層部から疎まれ、心を壊され、自衛隊から事実上追放された男。

 そんな人物から教育を受けた息子。

 

 あの様子からして、まともな教育は受けられなかったのだろう。

 そして恐らく、未だ利用されている。する機会を窺われている。

 

「で、どこへ高跳びした? 必要な装備は?」

「そうさな。まず必要なのは、バカンスの用意だな。変装にいる」

 

 不幸な話である。

 子供という若さには人々を動かす力があり、同時に弱さも内包している。

 道具としては絶好の属性。故にいつの時代も子供を利用し、搾取しようとする者がいる。

 

 そのためにもまずは準備を。

 バカンスの準備を───

 

───バカンスの用意?

 

 シリアスな思考のままだった亮は、一瞬自分の思考に疑問を持ってしまった。




◆"奴ら"も介入か───?!
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