2021年8月1日ICT20:58 インドネシア共和国バリ州 FJW第8甲板『Sapphire』
夕食を終え、食後の語らいも終わり。
知樹とハンナは部屋に戻った。
普段多弁で色々と口を挟んでくるハンナだったが、彼女は先ほどから不思議と静かだった。
知樹は寝床にしている床の上に腰を下ろした。
今日も清掃スタッフが掃除してくれたらしく、カーペットには糸屑ひとつない。
そんな彼を、ベッドに腰掛けたハンナは見下ろしていた。
知樹が知らない、強い感情を感じる。
「ねえ、マック。これからどうするの?」
「もう寝るつもりだ」
普段の就寝時間を大幅に過ぎている。
これではいざという時に能力を発揮出来ない。
すぐにでも就寝する準備は出来ていたのだが───
「ちょっと話さない?」
真剣な声色で、ハンナは問うた。
何か大事な話でもあるのだろうか。知樹は深く考えずに返した。
「あっ、いいっすよ。タクヤさんも飲んで」
「ごめん。語録やめて」
どうやら本当に大事な話らしい。
自分から他人を汚染しておいてその態度は何だとは思ったが、ひとまず要望は聞くことにした。
「その、よかったね3キム達。話が通じる人で」
「……そうだな。色々あったが」
これは単なる雑談の一種で、深い意図はなかった。
しかし知樹の内心では自己批判していた。
辛い過去で心が乱れていたとはいえ、話が通じる人間だったのだ。
いやまあ、馬鹿の集まりだったが。自分と同じような。
父から教わったような、人の皮を被った鬼畜外道とは違った。
「でもあの時、迫られた時は怖かった。
あの日。言うまでもなく、ハンナが二度目に誘拐された日だ。
兄妹とやらにさらわれ、犯された。
恐らく、淫夢本編で野獣先輩が遠野や木村にやったことのように。
淫夢を履修したことで、皮肉にも知樹の中であの事件に対する解像度が上がっていた。
木村は掘られてなかった気がするが、それは今関係ない。
「マック……」
彼女はベッドから降りると、あぐらをかく知樹に身を寄せた。
思わぬ事態に身体が動かず、ただそれを受け止めた。
「ハンナ……どうした?」
「ねえ、マック。私、日本人の男の子とだったら、誰彼構わず一緒の部屋で寝泊まりする女だと思ってる?」
予想外の質問だった。
確かに、一緒の部屋に宿泊するまでの経緯は意味のわからないものだった。
とりあえず、自分以外の3人が共謀して達成されたことだとは察していたが───
淫夢で考えてみれば、手掛かりが得られるかもしれない。
「淫夢要素なしで」
「まだ何も言ってないぞ」
「嘘。目が淫夢になってた」
「どんな目なんだ、それは?」
とにかく、禁止されてしまった以上ノンケ思考で対処しなければならない。
ノンケ思考なら速攻で辿り着きそうなものだが、知樹は淫夢で性知識を得た男である。
真面目に考えると───
「その、わからない」
「……えっ?」
「俺はハンナのことを、そこまで深く知らないんだ」
これは正直なところである。
日本の文化に興味があるフィンランド留学生で、弦楽部所属で、朝に弱くて、淫夢厨で───
実のところ、その程度なのだ。
「だから、ハンナがどういう女なのかわからない。知らない。結論が出せないんだ」
「……そっか」
知樹の目から見ても、彼女が傷ついたのがわかった。
しかし、適当な嘘をつけばさらに傷つく。それは確信できた。
さて、こうなった彼女はどう出るか。
少々不安になりながらも、知樹はハンナの表情を伺った。
その目には涙が浮かんでいた。
「私、わがままなの」
「はぁ」
「だから……マックが今どう思ってようと、どうでもいい」
「凄いことを言うな。俺の……」
最後まで言い終える前に、知樹の口は塞がれた。
頭突きとは違う、知らない動きに反応し切れなかったのだ。
かつてないほど、互いの呼吸がわかるほどに顔が近づいている。
混乱して硬直する知樹とは真逆に、ハンナはさらに力強く抱き寄せた。
柔らかい感触の向こうから、早い鼓動が伝わってきた。
同期するかのように、知樹の脈も上がり出す。
永遠とも思える五秒間だった。
ようやくハンナが密着状態を解く。
「お願い。一晩、あなたの身体を貸して。私の……
傷跡は消えない。しかし、上書きなら出来る。
そういうことである。性知識童貞未満の男は理解していなかったが。
それでも、これだけはわかった。
彼女は自分を求めている。
そして、その痛みを和らげ、救えるのは自分だけだと。
「この一晩だけでいいから……だから」
「わかった。ただ、ハンナ。聞いて欲しい」
「……なに?」
「
珍しく知樹が気を効かし、いい方向へ運んだ。
ハンナは口元を緩ませ、優しく告げた。
「大丈夫。私、予習はバッチリだから……まず、シャワーに行きましょう」
「任せた」
知樹はハンナを抱きかかえ───お姫様抱っこの姿勢にした。
◆やっ───た?