TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年8月2日ICT10:38 インドネシア共和国バリ州 FJW第8甲板『Sapphire』

 

 朝食を済ませた後、通路の窓を見ながら知樹はぼうっとしていた。

 ぼうっとしているのは、朝食以前からである。

 フロアを掃除する清掃員はそんな彼に配慮するかのように、距離を保ちながら掃除をしていた。

 

 らしくない様子をしていた彼が気になった慶太と3キムは、ひとり朝食会場をあとにして黄昏ている知樹に話しかけた。

 

「ねぇ、マック。何だか今朝から変じゃない?」

「そうだよ。ハンナと部屋で何かあったのか?」

 

 そう問われた知樹は一瞥すると、海の向こうに視線を戻した。

 朝食の最中、ハンナの方は普段通りだった。

 知樹は不思議とぼうっとしているだけで、彼女はそれを問われても「さぁね☆」のひとことである。

 

「なあ。もしかしてさ……マックって童貞なのか?」

 

 スンヨプが不意に尋ねた。

 とはいえ、さほど驚きではない。

 若い男女が密室にふたりきりで一夜を過ごすのだ。至極当然のことが起きたというものだ。

 

 質問に対して知樹は外へ視線をやったまま回答した。

 

「たぶん、違う。いや、部分的に、か……?」

「ランプの魔人じゃねーんだからよ。ってか、童貞か非童貞かのどっちかだろ?」

 

 その通り。こういった質問においては通常、やったかやったことがないかの二択である。

 

 しかし、この答えは肯定に近かった。

 疑問に思えることはあれど、とどのつまりやることはやったのだ。

 4人の野次馬根性が燃え上がった。

 

「えーっ、マジかよぉ! つか、マジでまだやったことなかったのかぁ?」

「なっ、何やったんだ……? 何をどう……っ?」

 

 スンヨプとソジュンが一際熱心に尋ねる。

 無茶なナンパはやめたとはいえ、イルベ民のくせにとんだスケベ野郎どもである。

 

 はぁ。珍しく知樹はため息をつきながら答えた。

 

「なぁ。初めてを、その……肛門で行うのは一般的なのか?」

 

 硬直した。全身が。

 それは一種の上級者向けプレイというやつで、一般とは言い難い。

 

「き、聞いたことないな……ケー、お前どう?」

「……エロ同人以外で聞いたことないなぁ」

 

 サンミンと慶太も驚いた、というよりドン引きした。

 ハンナが変な女だとは思っていたが、想定以上の変態である。

 

「でっ、でもさ。そこまでその、マイナーなプレイをするんなら、やっぱ付き合うのか?」

「付き合う……?」

 

 知樹は英語の試験中に初見の単語にぶち当たったかのような表情を浮かべた。

 

「おい、順序がおかしいだろ。なんで彼氏彼女の関係じゃないのにアナル・セックスやってるんだよ」

「ああ、いや。互いにそれはまだしないって決めてたんだ。まだお互いをよく知らないから」

「なんでそんなプレイしようって話になったんだ……?」

 

 事情を知らない第三者からすれば、至極真っ当な疑問である。

 上書きということはつまり、されたことをしたというわけなのだから。

 

 それを口にする資格は、知樹にはない。

 出し入れ(・・・・)に慣れていたと教えてもらったことは、特に話せない。

 

「あっ、そっかぁ……確かに双方の合意があっても、微妙だよなぁ」

「びっくり、しますよね」

 

 サンミンの無難なまとめに、慶太が無難に相槌を返した。

 スンヨプとソジュンのふたりも、興奮はしたがこういった恋の微妙は理解しているつもりだ。対応は慎重だった。

 

「ま、なんだ。遊びたくなったら連絡してくれ」

「ひとりになりたい時ぐらい、誰にだってあらぁ」

 

 4人はまたどこかへ遊びに行くのだろう。

 知樹に安心出来るような言葉をかけると、フロアから立ち去っていった。

 

 これで、このフロアにいるのは知樹と清掃員3人となった。

 

「で、いつになったら掃除は終わるんだ?」

 

 振り返り、彼らと対峙する。

 その時、知樹は珍しく驚いた。

 3人のうちふたりの顔には見覚えがあったからだ。

 

「またお前らか」

「こっちの台詞だ。なぜこの船にいる?」

 

 兄妹と、大桑村での事件で臨場した特殊部隊。

 その隊員が、この船に同乗していたとは。




◆望まれぬ再会───!
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