TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年8月2日ICT11:18 インドネシア共和国バリ州 FJW第8甲板『Sapphire』

 

 不可解な点は残るが一応、知樹の容疑は晴れた。

 被疑者たちとは恐らく顔見知りで、任務の支障となり得る危険人物という点に変わりはないが。

 

「ここまで人を巻き込んだんだ。話してもらおう」

 

 自身の優位を悟った知樹は、生意気にも命令してみせた。

 ただでさえ厄介ごとに首を突っ込む性分で、かつ追っている連中は彼の身内だ。

 当然、敏明達に話せるはずがなかった。

 

「機密だ」

「いいんだぜ? 保安員に密航者がいると告げ口しても」

 

 どこかで聞いたような、想定された脅し文句だ。

 

───お、淫夢厨か?

 

 健司は呑気にそんな事を考えていたが、これは下手に隠し事をした方が面倒になると分析した。

 彼と直接対面するのは初めてだが、性質は手に取るように把握出来たのだ。

 

「お前が仕事に横槍を入れないのが条件だ」

「いいのか?」

 

 鋭い目で尋ねる敏明に、健司は余裕を持った笑みで答えた。

 

「多分、その方が都合がいい……互いにとって」

 

 そう言うと、自身のタブレットに情報を表示させた。

 彼らが追っている核物理学者、糸井(イトイ)(タダシ)の顔写真と来歴である。

 

「北朝鮮から資金供与を受けていた核物理学者が国外逃亡した。俺達はこいつを追ってる」

「見えない。貸してくれ」

 

 あまり渡したくなかったが、仕方なく画面を変更不能に設定すると知樹にタブレットを渡す。

 受け取った彼は迷いなく画面の四隅と中央をタップした。

 

「ざーんねん。設定は変えてある。お前には無理だ」

「……なるほど。そのくらいは考えてあるか」

 

 画面固定モードを変更しようとしたが、お見通しである。

 まったく油断も隙もない男だが、流石に無駄な抵抗はしない。

 

 付け焼き刃の知識が通用しないと知ると、大人しくプロフィールに目を通した。

 

「北朝鮮に日本の核技術を? ……ふん、金に靡く根性なしの(クズ)め。殺すべきだな」

「ああ、自分で金を稼ぐ必要がない国士様はやはり清廉な心をお持ちだ」

 

 知樹の暴言に亮が嫌味で応えた。

 父からの仕送りで生活している彼はアルバイトなどしたことがない。

 これは私生活の隅々まで把握しているというアピールであり、調子に乗るなよという牽制であり、亮の私怨でもあった。

 

 交差した視線が火花を散らしたが、激突する前に知樹が折れた。

 

「左翼の寄生虫は、同族同士で仲が良いらしい。微笑ましい事だ」

「脳なし右翼お得意の論点ずらしに走ったな。図星か」

 

 今度こそ火花が火種に引火し、一瞬で燃え上がった。

 知樹が殺気むき出しで亮に歩み寄り、彼も迎え撃つ構えを見せた。

 ここで喧嘩をされるのは困る。慌てて敏明は間に入った。

 

「やめろ。今はやり合ってる場合じゃない。亮、落ち着け」

「馬鹿に助言してやった(・・・)だけだ」

「気持ちはわかるが、大人気ないぞ」

「ざまあないな、仲間割れか」

 

 諌められた亮を見て、知樹は嘲笑した。

 もちろん、彼は嘲笑出来る立場ではない。

 

「お前もだ、幕内知樹。国士がお前の考えているような人物なら、下品な言葉を使うべきじゃないんじゃないか?」

「左翼は人の真似をするムシだ。人でなしを人扱いする必要はない」

「なら、相手にしたりムキになる必要はないはずだ。違うか? 強い言葉を使いすぎると、余裕がないと受け取られるぞ」

 

 尊重しつつもやんわりと否定する敏明の言葉に知樹は見透かされたような不気味さを覚えはしたが、受け入れた。

 一方で不満げな様子は隠さなかったが、鼻を鳴らすとタブレットの情報に向き合った。

 

「送り先は……半島じゃない?」

「タイだ。そこから迂回して目的地へ向かうと踏んでいる」

 

 タイはこのクルーズの最終寄港地だ。

 まさかこんなところに───という場所に潜ませ、遠回りながらも確実かつ安全に送り届ける。

 これぞプロの仕事というものだ。

 

「この高跳びはシータグループが直接関わってる」

「馬鹿な。あの人達が、北朝鮮のようなならずもの国家に手を貸す筈がない。格が違う」

 

 この世で唯一、何者にも縛られず正義を実行する組織。

 それが幕内知樹の知るシータグループであり、父の仕事なのだ。

 

 日本という国の敵、ロシアが使ってやっている(・・・・・)北朝鮮の仕事など、請け負う筈がない。

 何かの間違いだ。日本の情報組織が真実など持ち合わせているはずなどない。

 知樹は現実逃避を始めた。

 

「……シータ・グループは正義の、光の組織だ。お前ら闇のダーク・ステートの言うことに真実なんかない」

「やっぱりこうなったか。縛り上げて邪魔させない方がいい」

 

 素早く亮が反応して知樹のタブレットを持つ腕を掴んだ。

 意外なことに、それを制したのは健司だった。

 

「待てよハセリョー」

「なんだよ」

「いい加減にっ……!」

 

 このまま負けていられるかと知樹は抵抗を始めたが、亮はそれを軽くいなしながら健司との会話を続けた。

 

「そいつは使える。越智照仁を誘き出すのにな」

「こいつが使われるタマか?」

「……ぐっ、俺をっ、俺を無視して話すなぁッ!」

 

 健司への抗議半分に知樹はタブレットを投げつけた。

 彼はそれを難なくキャッチし、代わりに言葉を投げ返した。

 

「なあ幕内ジュニア。自分の手で光の潔白を証明したくないか?」

「な、に……?」

 

 薄気味悪い笑みを浮かべて、健司は歩み寄る。

 敏明はそんな背中に本心で諌めた。

 

「相変わらずお前、人の心がないな」

「熟知してると言ってくれ。で、ジュニア。興味あるか?」

 

 健司はシータグループがどのような組織なのか。何をしようとしているのか。

 それを知樹に見せつけようと言うのだ。

 

 父と、それに関わる全てを盲信する彼に。

 そんな意図は、当の知樹もお見通しだ。

 

 しかし敢えて、彼は真っ向から答えた。

 

「いいだろう。あの人達の正義を、俺が証明してやる」

「いい子だ」

 

 わざとらしい笑みを浮かべながら、健司は知樹に手を差し伸べた。

 せめてもの抵抗と言わんばかりに知樹はぎゅっと強く握手した。

 対する健司は笑顔を一切崩すことなく、骨が軋むような握力で応答した。




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