TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年8月2日ICT13:02 インドネシア共和国バリ州 FJW第一舷門

 

 それは、見慣れぬ集団だった。

 港の問題でバリ島から少し離れた位置に停泊するFJW。

 そこに数隻のボートが接近していたのだ。

 

 もし彼らが乗客であれば保安員達の頭に入っているはずだが、旅行者に見える集団には誰ひとりとして見覚えがなく、ボートも軍用の硬式ゴムボート(RHIB)だ。

 時折現地の物乞いが乗客に施しを求めて近寄ってくることはあるが、そんな連中がRHIBで大挙して押し寄せてくる事例は聞いた事がない。

 

 これは、よろしくない事態かもしれないぞ。

 保安員のひとりが反射的に無線機の送信スイッチに手を伸ばした。

 

「こちらチャーリースリー、不審な集団が向かって来ている。念の為、応援の用意を」

 

 その言葉を最後まで続けることは出来なかった。

 歩いている人のシルエットを認識出来る程度の距離がある港から、銃声が聞こえて来たのだ。

 それも一発や二発、一箇所でもない。同時多発的に複数聞こえて来たのだ。

 

「テロだ!」

 

 彼が叫ぶのと、ボートから銃撃されたのはほぼ同時だった。

 三人いた保安員のひとりが頭部に銃撃を受け、脳髄を撒き散らしながら仰向けに倒れた。

 状況は飲み込めていないが、緊急事態だと感じ取った乗客達が悲鳴を上げる。

 

「タラップを収納しろ! 船内に入れるな!」

 

 上陸のために用意された小型艇用のタラップを安全手順を飛ばして格納。そうすれば、簡単には船内に押し入ることは出来ない。

 しかしこの対応は当然、相手側も想定するところであった。

 

 完全に閉ざされた舷門だが、ボートのテロリストは2挺の何かを頭上に掲げた。

 銃のようだが、それにしては筒が太い。

 

 10秒と経たぬうちに彼らは準備を終え、引き金を引いた。

 圧縮ガスによって放たれたフックとロープ。それが手すりに引っかかり、固定される。

 

───これを使って登るつもりか! でも、登り切るのに時間が掛かるはずだ!

 

 保安員は瞬時に分析すると、なんとか侵入を阻止するためフックを外そうと手を伸ばした。

 恐ろしく重い。もう既に人がロープを掴んでいるのだ。

 

 同時に違和感も覚えた。ロープから伝わってくる振動。

 波によるものではない。もっと小刻みで規則的な、機械が動いているような感触。

 ボートのエンジンでもない、もっと直接的な振動だった。

 

 それが意味するところはひとつ。

 ロープに機械が接続されている。それも、登るための機械だ。

 

 気づいた時にはもう遅かった。

 ロープの巻き取り機を改造した昇降機で彼らは上昇し、保安員達の目の前に現れたのだ。

 彼ら保安員は非武装の丸腰だ。テロリストの尖兵が持つカスタムされたAKとは勝負にならない。

 

「待て!」

 

 銃口を向けられると同時に、両手を挙げて戦意はないとアピールする。

 少しでも戦闘を、人の死を避けるための行動だ。

 しかしそれは、相手が乗らなければ意味がない。

 

 三発の銃弾が胸・喉・眉間と正確に貫いた。

 テロリスト達は自分の目前にいるのが客ではなく船員と見ると、降伏も聞かずに容赦なく射殺していく。

 侵入地点の制圧が終わると、続いて昇降機を持たない一般の戦闘員達がその身を甲板まで持ち上げた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……緑と黒、全員到着しました」

「よし。緑は甲板の制圧、黒は舷門の解放を始めろ。作戦開始だ!」

 

 インドネシア現地人の色が濃い装いの集団と、統制の取れた武装集団が別れ、混乱の極みに達している船内へと押し入っていく。

 これが後に伝わる、ベノア襲撃事件の幕開けであった。




◆この男たちはの目的は一体───?
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