2021年8月2日ICT13:22 インドネシア共和国バリ州 FJW第14甲板『Lido』
背中で強い戦闘の衝撃を感じながらも、幕内知樹は単独で行動を始めた。
床の揺れから外にいた集団は二手に分かれ、もう一組は奥の歓楽街エリアへ向かったのを察知していたのだ。
それは、知る限りではハンナと文華が向かっていた場所だ。
彼らの目的は何か。
それを知ることが出来るほど、手持ちの情報は少ない。
少ない情報を挙げると、まず彼らが用いる言葉は英語とインドネシア語───それも、西パプア語の訛りがあった。
現地の武装勢力の人間と数日とはいえ、共に暮らしたのだ。聞き違えるはずがない。あれは間違いなく、西パプアの人間だった。
───なぜ、あの人々が。こんな虐殺を。
彼らは誇り高い戦士達だ。DSの連中だとしても、非武装無抵抗の船員を一方的に虐殺したりはしない。
ならば、この目前に倒れる船員や従業員達はなんだ?
倒れている従業員の大多数はアジア系の有色人種で、中には客と思われる白人も数名いたが、これは抵抗したか流れ弾だろう。
彼らは、弱い立場であるはずの労働者を明確に狙っていた。
弱者には拘束する、人質にする価値などない。そう言わんばかりに。
では、彼らは何者か?
答えが出るまで、知樹はこう考えることにした。
「ダーク・ステートめっ……」
現実から逃避し、絶対的な悪を憎悪した。
「……繰り返します。乗客の皆様は客室などの安全な場所に避難し、救助を待ってください」
頭上のモニターとスピーカーでは船内放送局のチャンネルが放送され、緊急事態であると告げている。
ずっとイベントを楽しげに配信していたキャスターの表情は固く、スピーカーから流れ出る銃声と破壊音から、彼らの置かれた状況が想起された。
武器のない彼らの守りは脆弱だ。突破されるのは時間の問題だろう。
そして、この先にいる乗客達には敵を阻み、身を守る手段さえないのだ。
飲食店街が歓楽街へ変貌するのとほぼ同時に、生きている気配を察知した。
この状況下で興奮げに息を荒げ、隠そうともしない。勝利を確信している気配だ。
知樹は呼吸を整えると、ベルトに差していたナイフを抜いた。
これは包丁ですらない、テーブルナイフだ。肉は切れるが、あくまで食事のための刃物である。
パブから持ち出せたのは、これだけだった。
化粧品店に身を隠し、店の奥にあった棚をわざとらしく乱暴に倒した。
銃声が珍しくない現場でも、この音は浮いていた。
「なんだっ、誰かいるのか!」
近寄ってくる足音はひとつ。どうやら、二人一組で行動出来るほど人数に余裕があるわけではなさそうだ。
人差し指を唇に置いた男の看板に身を隠す。
コツコツと床の振動は知樹の隠れる看板を通り過ぎ、床に散らばった化粧品の山の前で立ち止まった。
「奥か、奥にいるんだな! 出て来い!」
銃口をバックヤードに向けて威嚇する。
続く警告の言葉は、彼の口から出ることはなかった。
右脇の動脈を断ち、続いて喉を文字通りひと突き。
さらに足を払って床に体を横たえさせ、銃を手から弾き飛ばした。
いつでも銃を撃てる敵を拘束し、尋問するのは現実的ではない。
迷いなく殺害した最大の理由はそれだ。
しかし間違いなく、知樹の中にはもうひとつの理由があった。
───こいつは、ダーク・ステートだ。間違いない、確認する必要もないっ。
自分の分析を上書きするために思いついた、半ば願望じみた楽観的推測。
しかしそれでも、彼には必要な逃避だった。
さもなくば、戦いを前にして彼の
◆幕内知樹はブレないっ───と、思いきや?