TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

19 / 214
18

「先輩、大丈夫っすか?」

 

 知樹は文華の目前にやってきた。

 彼女は不自然にも、荷物の山と相対する形で座っていた。

 

「その、ありがとう。ちょっと本気にしかけた」

 

 好奇心と自立心で藁に縋りかけたが、あの態度の豹変で考えを改めた。

 少なくとも、あれほど態度をコロコロ変えるような人間に頼りたくはない。

 態度が変わるという点では、知樹も似たようなものだったが。

 

「……あれ、学園の楽器調律してんすよね? ヤバくない?」

「千鳥先生はいい人って言ってたんだけど……」

 

 つまり、人によって態度を変える。

 この証言こそ、その証明である。

 

「……姉さん。さっき、どうしちゃったのさ」

 

 立ち去った不愉快なおやぢはもういい。

 

 なんとか平静を取り戻した慶太は問う。

 もちろん、先ほどの演奏である。

 

「慶くん、知らなかった? 私、あがり症なんだよ」

「それは……初めて知った」

 

 兆候はあった。

 慶太が知る限り、文華が表舞台に立ったことはない。

 機会があっても、遠慮しがちだった。

 

 自身が内向的な性質を持つため、確信に至れるほど不自然に感じないのだ。

 

「慶くんみたいに知ってる人がいるなら、ある程度耐えられるけど……」

「数が多いと、耐えられないと」

 

 荷物の山。知樹はその麓にある肩下げ鞄に何かを感じた。

 鞄の中身は何かが詰め込まれており、最上段ではタオルが盛り上がっていた。

 その隙間から、光沢のある何か。

 

───こいつは、(クズ)だ。

 

 本能的に、その鞄を蹴り飛ばした。

 固いものを打ち砕く感触と共に、中身は暗闇に散っていった。

 

「どっ、どうしたの!?」

「すみません。足、ぶつかっちゃって」

 

 勘はそれ以上に感知しなかった。

 興味を失った知樹は呆然とする一同をよそに、話を続けた。

 

「俺はちょっと前までプロ相手に色々やって見せる機会があったんすけど……」

 

 実は、知樹が自分から過去を話すのは珍しい。

 慶太は特に興味を惹かれた。

 

「緊張を感じたときは、心の中で自分の技術と才能を誇ります」

「そっ、それは難易度高くないかなぁ?」

「プロは見抜きますよ。そういうの」

 

 文華とて、そんなことは承知している。

 メンタルの調整にミスが生じている音は、なんとなくわかる。

 

 先のハンナが聴かせた演奏は、音が明らかにうわついて(・・・・・)いた。

 これは、演奏形態に限った話ではない。

 原因が知樹にあったのは言わずもがなだ。

 

───そんなの、言われなくてもわかってるに決まってるじゃない……

 

 そう、そんなことはわかっているのだ。

 出来るなら、とっくにやれている。

 

「うん。今度からやってみるね」

 

 この場をやり過ごすためだけの、心にもない発言。

 

 菅原文華からしてみれば、幕内知樹は従兄弟の友人という微妙な関係だ。

 親友のハンナの命を助けたところは感謝している。

 恐らく何かしらの技術・能力に優れ、才能を持ち努力も怠らないのだろう。

 

 だから、自分(強者)を強く誇れる。

 

 だからこそ、文華(小心者)の心のうちはわからない。

 

 そのうえ、距離感の測り方も下手。

 そして悪意を一切感じられないのがまた性質(タチ)が悪い。

 

───いい人なんだろうけど。この人、苦手だなぁ。

 

 文華の心に、強い印象が刻まれた。

 

◆ ◆ ◆

 

「くっくっく……さぁて、ネタを拝ませてもらうとするか」

 

 日が西の向こうへ消えた頃。

 用務員は講堂へ舞い戻った。

 

 理由は至極簡単。回収したいものがあるからだ。

 

「確かこの辺に……おろろ?」

 

 荷物の山。その麓に設置した鞄があったはず。

 それが、見当たらない。

 

───まさか、お節介なバカに持ってかれちまったか?

 

 思わぬ失敗に小さな心から冷や汗が流れる。

 その場に伏せて調べると、鞄に詰め込んだはずのものがぶちまけられているのに気付いた。

 

「あっ、あーっ!」

 

 その中には、最も重要なビデオカメラの破片が混じっていたのだ。

 赤外線(IR)暗視装置を備えたそれなり(・・・・)の品である。

 

「たっ、高かったのにぃっ」

 

 薄給の彼にとって、この損失は大きい。

 なんとか散らばった部品をかき集めてみたが、暗視機能は失われ、記録媒体も割れてしまっていた。

 

「どこのどいつだ、俺様の鬼畜道を邪魔するアホはぁ?」

 

 ふと、頭の中に一人の男が思い浮かんだ。

 演奏会の直前に現れた二人組、その片割れ。

 きっと、あいつに違いない。

 

 損失の悲しみを、自尊心が覆い隠した。

 

「……くっくっく、さすが俺様だ。事前にビデオカメラくんの仇をとっちゃってたとはなぁ」

 

 彼は自身の目的、とりわけ邪魔になりそうな存在に鋭い。

 幕内知樹は、一言交わしただけで障害になると見抜いていた。

 

 濁った瞳、それに反してギラギラした輝き。

 狂気と正義感が共存した目。狂信者の風格。

 

 さぞ積極的に首を突っ込み、邪魔してくれることだろう。

 

「最初からわかってたんだよ。あいつぁ、正義の味方だ」

 

 性質も御しやすそうだ。

 最初の接触時点で自分や周囲を疑わない。そしてひどく……暴力的。

 手に巻いたバンテージから、口だけの暴力性ではないと推測出来る。

 

「本物の鬼畜モンってのぁ、肉棒汚して手を汚さず。うまそうな雌だけぺろっと頂くのよ」

 

 単純で、好奇心が強く、独善的。

 そんな人間にわかりやすい悪を見せつけてやれば、釘付けになる。

 

「ま、せいぜい半端モンと潰し合いな。ぶっ壊れた正義の味方さんよ……くっく、く」

 

 慣れた手つきで証拠となり得る品々を回収すると、足早に講堂を脱した。




◆暗躍する鬼畜───
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。