2021年8月2日ICT14:05 インドネシア共和国バリ州 FJW第14甲板『Lido』
死を確信した絶叫と命を奪う銃声に混じり、ゴム草履のヒタヒタという足音が床をわずかに揺らす。
動きと狙いは計画的だというのに、彼らの装備は銃を抱えた現地部族そのもの。この違和感にはやはり、
息を殺し、気配を殺し。最寄りの気配から情報を掴まんとする。
『おい! 誰かそこの遊具を見たか!』
西パプア訛りのインドネシア語。やはり、彼らは言葉を使い分けている。
聞かれたい、聞かせたい言葉は英語で。聞かれたくない会話はインドネシア語で。自分達の正体を覆い隠すために、彼らは言語を習得しているのだ。
気に入らない。シータグループで行っている教育と、ほとんど同じだ。
多彩な───例え敵性言語だとしても───言語を習得し、それを戦いと偽装に活かす。それが、ダークステートも利用してくるとは。
───いや、知識はいずれ流出するもの。こればかりは仕方がない。
暗示をかけるように自身を納得させていると、気配に動きがあった。
長くゴムの擦れる音。方向転換だ。
音もなく、素早く飛び出すと、先ほどの呼び声に反応していた歩哨に腕を伸ばす。
雑に片手で持った小銃を後ろから蹴り、手から弾き飛ばす。声を発する隙も与えず、腕で顎を抑えてナイフの切先を首筋に当てる。
「静かに。痛いのは嫌だろう」
英語で囁くと驚いたような、声にもならない息が漏れたが、すぐに肯定の動きを左腕で感じた。
一秒にも満たない動きで拘束すると、落ちた小銃を物陰に蹴飛ばしてから引きずるように隠れていた柱の影までやって来た。
「いいか。騒いだら俺は死ぬ。だがお前だけは道連れにする。覚えておけ」
少なくともこの男は死兵ではない。その推測を肯定するかの如く、腕の中で何度も首肯した。腕の拘束を緩め、口の動く隙を与える。
「あっ、あんたシータの人かっ? 俺たちは味方だ、なんでこんな事をする?」
「は?」
知樹の
シータグループ。父の所属する組織の名が、偶然で出てくるはずがないのだ。
「抜き打ちの、テストなのか? これは実戦なんだろう?」
「ふざけた事を抜かすな。シータ・グループがこんな蛮行に手を貸すはずがない」
「蛮行、だとっ?!」
嫌な気配を感じた。戦場でこの気配を察知した時、行動出来なければ死ぬ。
咄嗟に知樹は左腕の圧力を強めて言葉を奪い、切っ先を深く食い込ませた。
鮮血と共に、気管から空気が吹き出ていく。
抵抗する力を感じるも、それは数秒と保たない最期のあがき。
腕を離して床に脱力した体を横たえると、持ち物を調べる。
彼が持っていたのはM16小銃とその弾倉に、手榴弾───きめ細かい溝が特徴的な、インドネシア製だ───。そしてヒクイドリの骨を使って作られるボーンダガーを模した、金属製のナイフ。
銃に関しては先ほど奪ったAKの方が慣れている。わざわざ持ち替える必要はない。
弾倉を抜き、薬室の弾を抜いて適当に転がした。
ダガーはなまくらだったが、テーブル・ナイフよりもずっと頑丈だ。
手榴弾の有用性は言うまでもない。敵を倒す用途はもちろん、それ以外にも使える。
これらを拝借し、ベルトに提げる。
これで最低限の武器は揃った。あとは、どこまでやれるかだ。
そんな時、聞き慣れた声が響いてきた。
「ねえっ、誰か質問に答えてよ!」
そっと物陰から顔を出し、音源へ目をやる。
ハンナマリ・ヒルヴィサロ。知樹にとって、恋人未満友人以上の彼女が立ち上がって睨みつけていた。
武装して、人の命を奪うことに何の躊躇いもない相手を。
◆もうやるしかない───!