TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

193 / 214
54

2021年8月2日ICT13:50 インドネシア共和国バリ州 FJW第5甲板『Audience』

 

 豪華客船の中にある、乗客専用の放送局。

 あまり興味のない寄港地や、船内での生活で倦怠期を迎えた人々には好奇心を満たすいい舞台となった。

 

 菅原慶太と3キムも好奇心半分に放送局を訪れて配信の様子を見学していた。

 彼ら最大の不幸は、防音材で四方を囲まれていて襲撃の察知が遅れた事だろう。

 

 しかし、予兆はあった。

 

「皆様、スタジオの見学を一時中断します。そのままお待ちください」

 

 無線で何事か話し合っていた保安員が宣言すると、彼らは慌ただしい様子で合流を始めた。そんな保安院たちの中には、先日の騒ぎに同席していたイ・スンファンもいた。

 

 保安員たちが解散した折を見て、慶太とサンミンが駆け寄った。

 

「何かあったんですか?」

「和解は事実だったわけか。懸念がひとつ減ったな」

 

 トラブル発生後、3キムたちは自らスンファンのもとに赴いて自分達の横暴を謝罪し、和解したと報告していた。

 正直なところ、被害者のひとりである慶太が同席するまでスンファンは疑問視していた。

 

 小さな懸念だが、緊急事態の中では懸念は少ない方がいい。

 緊張した面持ちでスンファンは続けた。

 

「状況がよろしくありません。とにかく今は、ここで待機を……」

 

 彼の言葉は、正面出入り口から響いた衝撃で途絶えた。

 近場にあったソファーや机で形成したありあわせのバリケード。それでも間に合わず、バリケードごと保安員が扉を押す形で何かの侵入を拒んでいた。

 

「恐らく、テロです」

「てっ、テロォ?」

 

 思わぬ言葉の登場に、慶太は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 ここはインドネシアの、平和なリゾート地だ。そこがなぜ、テロリストによる攻撃を受けるというのか。

 

 事態を飲み込めない慶太とは対照的に、3キムは冷静に思考した。

 

「規模は?」

「不明だが、大規模で武装してる。最初はRHIBで、次に小型ボートが接舷してロープで昇ってきた。3グループのうちのひとつが、ここを目指してる」

「武装って、拳銃じゃないよな?」

「軍用の自動小銃だ。爆薬も考慮した方がいい」

 

 思い返してみれば、3キムは韓国海兵隊の元精鋭だ。

 日本人の一般学園生である慶太とは、有事に対する心構えが違うのは当然だ。

 

「この船の保安員、非武装だよな? 大丈夫なのか?」

「お前らに心配されるまでもない。とにかく……」

 

 破壊音から、耳をつんざく爆音に変じた。

 慶太もつい最近、ベトナムで聞いたばかりの破裂音。

 これは、銃声だ。

 

「とにかく、避難するんだ。いいな?」

 

 銃撃で扉を抑えていた保安員が負傷し、床に伏せた。

 その隙をついて、テロリストたちが放送局内へとなだれ込んだ。

 

 幸いなのは、スンファンをはじめとした保安員の避難誘導の成果もあって乗客は全員奥のスタジオに避難していたことだろう。

 不幸な点は、テロリストの目的地がそのスタジオだったことだ。

 

 様々な自動小銃を持った男たちがスタジオまで押し寄せ、ギリギリまで避難を呼びかける放送を行っていたMCやスタッフに銃口を向ける。

 

「おいお前、こっち来い」

「わかった。わかったから、落ち着いて……」

 

 スタジオの外からは、銃声が聞こえる。

 船の保安員は非武装と聞いている。ならばこれは、テロリストたちが一方的に撃ちまくっているのだろう。

 

 まるで呼吸をするかのように、命が失われていく。

 その事実を、慶太はうまく飲み込めないでいた。

 

「どうっ、どうしようっ。どうすれば……っ?!」

「ケー、落ち着け。まずは状況を見よう。下手なことをしたら、殺されるぞ」

 

 スンヨプが混乱で震える慶太をなだめた。

 硝煙の臭いを漂わせる男たちはMCから舞台を奪うと、スタッフを脅迫してまずは自分達で記念撮影を始めた。

 半分は遊び気分ではある。しかしもう半分は放送設備のテストの面もある。決して観光気分ではないのだ。

 

「外では撃ちまくってるのに、ここじゃ随分と大人しいな」

「連中がどこの奴等かは知らんが、多分ここの設備を無傷で欲しいんだろう。主張やらを広めるのにはちょうどいいからな」

 

 ここで収録した映像を船内のインターネット環境を介して配信サイトにでもアップすれば、犯行声明の完成である。

 どの程度の人数で押し掛けたのかは知れないが、少なくとも船すべてを制圧する頭数を揃えるのは、常識的に考えて不可能。

 となれば、長期戦になるだろう。間違いなく、自分達は人質として巻き込まれる。

 

 あるいは、途中で彼らが抱く覚悟のほど(・・・・・)を示すために脱落することになるかもしれないが。

 

 慶太の英語力では、そろそろ3キムの会話についてこれなくなっていた。

 もっともそれ以前に、この状況についていけていない。なんとか、馬鹿な行動をしないように自制するくらいが関の山である。

 

「ほらっ、そのカメラで撮ってみろ!」

「かっこよく撮れよ!」

 

 自分は誰かを支配している。

 そんな状況が彼らの気を大きくさせていた。大胆にも指を小銃から離し、各々がポーズを取ってスタッフに撮影させる。

 隙と言えば隙だろうか。しかし、銃を完全に手放したわけではない。指を少しずらして力を込めれば弾は出るのだ。

 

 状況は、大して変わっていない。少なくとも、いい方向には。

 現実感が湧かないなりに、慶太はそう分析した。

 

───もしマックがいれば、こんな隙も逃さないんじゃないかな。

 

 いや、さすがの知樹にもそんな事は無理だろう。

 従姉の文華が誘拐されかけた時の一幕も、相手の武装はさすがに刃物ひとつばかり。状況が違い過ぎるのだ。

 

 しかし一方で、思考は知樹へと移った。

 

───じゃあマックなら、どうするんだろう?

 

 ぼんやりと脳裏をよぎったその疑問は、スタジオを高速で横切ったソファーが答えた。




◆このソファーの正体は───?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。