TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年8月2日ICT14:58 インドネシア共和国バリ州 FJWブリッジ

 

 それはまさしく、一方的な虐殺であった。

 統一された意匠の装備に身を包んだ三人組が規律ある動きで互いの死角を庇い合い、一糸乱れぬ隊列を維持したまま立ち止まることなく前進した。

 そして、目につく者は迷わず射殺した。それが例え、男であろうと女であろうと、白人であろうと有色人種であろうと。大人であろうと子供であろうと例外なく。

 

 手にした武器が持つ性能を十全に発揮し、目的に向けて邁進した。

 

「開けてっ。誰か開けてくれえっ! 開けてぇっ!」

 

 ブリッジの固く封じられた水密扉は、対テロ用に内側から錠が掛かるようになっていた。

 この封鎖は浸水にも対応できる代物。人が拳で叩こうが、蹴ろうが、壊れることはない。

 このブリッジの生き残りたちが心変わりを起こさない限り、逃げ込めないのだ。

 

 分厚い水密扉越しに、銃声はどんどん近づいてくる。

 彼らがどのような背景を持つかは知れないが、目的は明白だ。

 ブリッジを制圧し、船の制御を乗っ取るつもりだ。

 

 船員たちの命に興味を持っていない辺り、乗っ取るというよりも無力化するといった表現の方が適切だろうか。

 このインドネシアのリゾートに、この巨大な船を縛り付ける。

 それが目的なのだ。

 

「待ってっ、待って撃たないでっ」

 

 一際大きな銃声と、金属の砕ける音がブリッジを揺らした。

 もう、自分と虐殺者を隔てるのはこの一枚の扉しかない。

 ブリッジの要員にそう確信させるには十分な出来事だった。

 

「諦めろっ。その扉は破れないぞ!」

 

 船長が意を決して、相手に遠回しな投降を促した。

 船の制御を乗っ取れないなら、彼らの目的は失敗だ。

 このまま、しっぽを巻いて逃げるがいい。

 

 そこまでの大言を吐く度胸はなかったが。

 

 相手から言葉を用いた返答はない。

 ただ、扉からトンという小さな音が伝わって来た。

 

 生存者たちは思い出すべきだったのだ。

 なぜ他の船員たちは水密扉を閉ざして行く手を遮らなかったのか。

 なぜ時折銃声以外の爆発音が聞こえてきたのか。

 

 答えは明白。彼らにとって、扉は破るものだったのだから。

 

 テルミットが数千度の熱を発し、水密扉の弱点を融解させた。

 ひと通り燃焼を終えると、次は爆薬の出番だ。

 時限信管がC4爆薬へ電気を送り、内側へとその爆圧を向ける。

 

 浸水した際に発生するであろう水圧にも耐えられる数百キロの水密扉がひしゃげ、まるで丸めた紙のように吹っ飛んだ。

 このような状況に陥ると微塵も想定していなかった航海士と船長の上半身は、飛んできた扉によって計器にこびりつく肉片へと変じた。

 

「うわあああっ!」

 

 生き残りの未来も似たようなものだった。

 両手を掲げて跪こうと、部屋の隅で丸まっていようと。

 脳髄を床に撒き散らし、ブリッジから見下ろせる甲板に伏せる人々のように。

 誰一人動かなくなった。

 

「ダーク・ステートの奴隷め」

 

 ブリッジの掃討を終えると、三人組のひとりが亡骸に唾を吐いた。

 

「黒の9から赤の9へ。黒の9から赤の9へ。堕落した頭を抑えた」

「赤の9、了解した。他の進捗を伝えろ」

「少し待て」

 

 浅黒い肌の男は無線機の周波数を変えると、他の部隊に呼びかけた。

 

「黒各員、状況を報告せよ」

 

 応答はない。

 そんなまさか。念のため、黒の9はもう片方にも呼び掛けた。

 

「こちら黒の9。緑各員、応答せよ」

 

 やはり無線機からは、ノイズが流れるばかり。

 想定していなかった事態だ。抵抗など皆無なはずなのに、壊滅するとは考え難い。

 黒の9の脳裏に一瞬、無線機の不調という可能性がよぎったが、一斉に不調という可能性は壊滅以上に非現実的だ。妨害電波が出ているなら、赤の9と交信できるはずがない。

 

「どうした?」

「パプアの戦士たちと連絡が途絶えた」

「やられたのか?」

「恐らく」

 

 三人組は互いに顔を見合わせる。

 事前情報が間違っていたか、あるいは想像以上の何かが隠れていたか。

 どちらにせよ、これでは作戦は失敗である。

 

「どうする?」

「どのみち、船は逃げられん。この船にいるダーク・ステートどももな……」

 

 その時、黒の9の視界の隅に。

 自分達が破った通路の暗闇に、動くものを捉えた。

 

「接敵、通路だ」

 

 こいつは味方ではない。瞬時に分析した黒の9は黒の7を突き飛ばし、通路から離れさせながら報告した。

 直後、銃撃がブリッジの計器を弾き飛ばした。

 

 敵の銃撃が止んだ隙に、こちらは制圧射撃を挟んで接近を拒む。

 

「敵勢力は?」

「不明。武装は自動小銃、M16。恐らく、こちらの鹵獲品だ」

 

 数までは読めなかったが、黒の3が銃声から装備までは分析してみせた。

 銃声は聞きなれており、発砲した際の発射炎(マズル・フラッシュ)はパプア独立軍の人員が持っていた品質の悪い安物の弾(チープ・アモ)特有の火花交じりのそれだった。

 

 まさか、下の人員を制圧した上で、こちらの意図を理解して攻め上って来るとは。

 ただものではない。奇襲を察知できなければ、一方的にやられていたことだろう。

 

「きっと、ダーク・ステートの上級戦闘員だっ」

「闇の勢力めっ、俺達は負けないぞっ!」

 

 傍目に見れば異様にしか映らないこの会話。

 しかし、その口調は真剣そのもの。

 彼らはそんな狂気に突き動かされて、この凶行に従事しているのだ。

 

 互いの戦意を銃弾に乗せ、制圧射撃を用いた終わりの見えないターン制バトルが4ターンほど経過した。

 戦闘員たちの意識は通路の敵へ釘付けになり、いかにして状況を脱するかに思考が凝り固まっていた。

 

 そこに。白昼堂々と影が差した。

 ブリッジの上から垂れ下がるように、影がブリッジの正面窓から頭を出す。

 続いて、右手に握った拳銃を向ける。

 

 通路へ制圧射撃している最中に、黒の7は世界のディテールに狂いを見つけた。

 

「……外っ?!」

 

 咄嗟に振り返って銃を向けたが、まさにそれこそが狙いと言わんばかりに。

 銃弾は黒の7の肩を貫通し、脇の下へ突入した。

 

「があああっ!」

 

 彼らは胴体を側面含めて防弾プレート入りのプレート・キャリアで固めていたが、.45口径弾は正確にその隙間を貫いた。

 

「被弾っ!」

 

 黒の7は反射的にブリッジに差し込んだ影に応射したが、第二射を制する以上の成果は上がらなかった。

 

「ジンっ、どうしたっ!」

「外に敵っ。俺達の上にっ」

「上っ?!」

 

 黒の9は黒の3に通路を任せて黒の7に向かった。

 銃弾は正確に防具が守っている箇所を避けていた。頭部を狙わなかったのは、彼らの頭を覆う防弾ヘルメットに弾かれる可能性を想定したのだろう。

 

 頭部よりも小さい標的だ。それを拳銃で、一発で、それも不安定な姿勢で撃ち抜く。

 相手は自分達と同等かそれ以上の、とんでもない腕だ。

 

 黒の7が受けた傷は致命傷だ。

 今すぐ病院に搬送しなければ命はないが、そのあてはない。

 

 黒の9は外への警戒を怠らず、その影を見つけた。

 

「何度も通じると思うなぁっ!」

 

 AKを外へ発砲。無理な姿勢の連射が、あれほど小さな標的にあたるはずもなく。

 手ごたえはなく、影は消えてしまった。

 

 手持ちの弾はあまり多くない。こんなことを続けていれば、いずれ弾が尽きてしまう。

 

「まさか、俺達が包囲される側になるとはな」

「チャンっ、チャン……」

「ああ、わかってる」

 

 彼らの仕事では、一切の痕跡を残すことを許されない。

 たとえその亡骸であろうと、組織の関与した証拠を残してはならないのだ。

 

 黒の9は7の防具にぶら下げた手榴弾を借りると、左手に握らせた。

 そして、ピンを抜く。

 

「ボスのために」

「ボスの、ために」

 

 黒の9が離れると、7は手をゆるめて手榴弾のレバーを外す。

 そのまま、時限爆弾と化した弾体を顎に押しつけた。

 

 衝撃と破片が黒の7の顔面を粉砕した。

 残った後頭部の一部がかろうじて首に接続されているばかりで、それも力なく床に倒れた衝撃で分かたれた。

 

「ジンっ、くそぉっ! ダーク・ステートめぇっ!」

 

 黒の3から怒りが滲み、冷静さが失われた。

 そのせいだろう。情熱が動かした三分の一歩が、彼に銃弾を当てた。

 

 最初の一発は胸部のプレートが受けとめたが、衝撃でよろめいた隙を逃さず第二射、三射が足を撃ち抜き、顔面をぶち抜いた。

 

 残るは、黒の9ひとり。

 仲間はなく、支援はなく、手持ちの弾も残り少ない。

 本来なら、降伏すべきタイミング。

 

 しかし、黒の9は諦めなかった。

 黒の3が遺した手榴弾を掴むと、信管を解除した。

 それを通路に向けて投げる。

 

 目論見通り手榴弾は投擲されたが、影がその隙をついた。

 それは、想像通り。相手が手練れだとわかっているなら、情報共有もしていると見て当然だ。

 

 手榴弾を投げた直後、黒の9は外の影へ向けてAKを乱射した。

 攻撃態勢に入ったと確信して、とにかく撃ちまくったのだ。

 

 しかしこれは、貧すれば鈍するというやつである。

 手榴弾の牽制で通路の進軍を阻み、制圧射撃でブリッジ外からの攻撃を制する。

 的確な判断だが、次はないのだ。

 

 手榴弾が炸裂し、鼓膜とその奥にある三半規管を大きく揺さぶった。

 彼らは現代的な防具で完全に防御を固めているが、例外があった。

 耳を衝撃に近い爆音から守る電子イヤーマフ。細かな音も聞き逃さないために、それを付けていなかったのだ。

 

 反響する閉鎖空間に、爆発物の衝撃が轟く。

 突入の際と違って銃撃しながら耳を塞ぐわけにもいかない。

 鼓膜が限界を迎えて耳鳴りが聴覚を支配し、揺さぶられた三半規管は上下の境界を区別できない。

 

 生き延びるための判断と行動が、徐々に打てる手を減らしていく。

 手に持つAKは既に使える弾を使い果たしていた。この戦闘だけでなく、ここへ至るまでの道中で行った虐殺で大きく減らしていた。

 当然だ。本来ならば戦闘など想定していなかったのだから。

 

 残っていたのは、手榴弾のひとつばかり。

 

「俺はっ、ただでは死なんっ……」

 

 最後の武器を手に取ると、ピンを抜いて信管を起動。

 通路に向けて飛び込んだ。

 

「正義ィーッ!」

 

 錯乱に近い絶叫と共に、待ち受けるであろう相手へ飛び込む。

 最初に見えるのが銃口の黒点。それも想定済みだった。

 撃たれる可能性もまた、想定済みである。

 

 現代のヘルメットでも、至近距離の小銃弾を受け止められるほど頑丈ではない。

 黒の9の脳髄は一秒と満たない間宙を舞い、床に撒き散らされた。

 手から零れ落ちた、今にも爆発しそうな手榴弾。

 

 それを、文毅敏明は素早くキャッチした。

 

「ハセリョーっ、気を付けろよぉっ!」

 

 手短な警告と共に、手榴弾を水密扉で破られた窓から放り投げる。

 2秒後、プールの真上で小さな花火が起こった。

 

 敏明の代わりに健司が前を歩くと、ブリッジの安全を確保した。

 言うまでもなく、そこに生きる者はいない。

 

「クリア……くそっ、キチガイどもめ。生存者なし」

 

 計器に寄り掛かった頭のない死体を見て、健司は忌々しそうに吐き捨てた。

 このまま操船できそうな船員を連れてきて、ひとまずこの地を離れようという計画だった。

 

 しかし、その計画を崩す情報がブリッジの上にいた亮によってもたらされた。

 

「方位256、距離3500! トレーラーのコンテナッ! オレンジッ!」

 

 鬼気迫る声に、敏明と健司は口頭で確かめる間もなくその方向へ視線をやった。

 方位256、西南西あたりである。

 

 その方向には確かにトレーラーに搭載されたオレンジ色のコンテナが確認できた。

 それは、いい。問題はそのコンテナにあった。

 

 コンテナの天井が、動いているのだ。

 心なしか、動いている天井の下からは筒のようなものがせり上がっているように見える。

 

 敏明の脳裏を、最悪の存在が横切った。

 

「衝撃備えッ!」

 

 敏明の叫びで、健司と亮が手近なものに掴まった直後。

 コンテナが火を噴いた。




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