2021年8月2日ICT15:00 インドネシア共和国バリ州ベノア ホテル『シーサイド』
屍の玉座。
このホテルのホールはまさしく、そう形容するべき場所だろう。
結婚式の予定が入っていたこの広い部屋には散乱したパーティーの残骸が散らばり、真っ赤なカーペットにはところどころに黒ずみが浮かび始めていた。
比較的汚れの目立たない一角に急遽拵えた撮影機材を並べると、アーワイーマーはパプア独立軍の士官に視線で合図を送った。
彼らの独立宣言を生中継するのだ。
「ええっと。赤の9、原稿を再確認させて欲しい」
「……20秒やる。もう港の船が逃げ始めてる」
本来ならば、少し離れた沖に停泊している豪華客船の設備で撮影・配信を行う予定だった。
しかし、予定は未定。そう都合よくいかないものである。
客船に向かわせた人員は、彼らシータグループのメンバーを含めて全員沈黙してしまった。全てが順調な中、計画の中で最も簡単であろう方面が頓挫したのだ。
そこでアーワイーマーは現地で配信していた
さすがに演説を行う人間はその場で選ぶしかなかったが、こればかりは仕方がない。
要を任された独立軍の士官は緊張した面持ちで原稿を睨み、深呼吸した。
「頼むぞ。お前の一声が
「どっ、努力します!」
まるで映像作品の監督にでもなったかのように士官を励ますと、アーワイーマーは指を3つ立てた。
3、2、1……
「我々は、パプア独立軍! 悪逆非道のインドネシア政府は、我々の神聖な土地から退去せよ!」
演説が始まった。
パプア独立軍の要求は極めて単純。
パプア───ニューギニアにあらず───の土地から、インドネシアと白人勢力の永久的な退去である。
「インドネシア政府とオーストラリアをはじめとした白人勢力は我々のパプアから搾取し、奪ってきた!」
少々台詞をとちっているが、それは仕方がない。本当は良くないが。
この白人勢力とはパプアの東半分を持ち、同時に
今回はあえて演説では直接触れないように指示していたが、今回の件で成果を出せば、次はこちらの対応である。
「しかし、無知蒙昧なインドネシア政府は我々の本気を理解しないだろう! これは、本当の宣戦布告である! 見よ!」
アーワイーマーが配信ソフトを操作し、映像を外部のカメラに変更させた。
こちらでは配信者を従える部隊が切り札の映像を提供していた。
カメラが捉えていたのは、一見単なる貨物用コンテナに見えた。
しかし何事も、箱ではなくその中身が肝心だ。これもやはり、中身が肝心なのだ。
「愚かなダーク・ステートの犬が逃げ出している! しかし、我々の目標が達せられるまで逃げ場などない!」
カメラはコンテナから港から出港し、沖へと逃げようとしている貨物船と漁船に焦点を合わせた。調べればこれらの船が実在する、人の乗る船だとわかるだろう。
再び映像はコンテナに戻される。そこで、アーワイーマーが無線で合図を送る。
「発射はじめ、発射弾数2発。目標、離脱する貨物船1、漁船1」
コンテナの天井が開き、中から白い筒が立ち上がる。
民間に紛れる、究極のステルス。この兵器の作られた理由だ。
「忠告する! インドネシア政府は素直に要求を飲め! さもなくば……」
ミサイルのブースターが点火し、発射筒から爆炎が噴射した。
150メートルほど上昇すると、第一段階のブースターを分離。身軽になった弾体はマッハ0.8で対象まで飛翔。
標的まで20キロまで到達すると、弾体はさらに分離して軽量化され、加速する。その速度はマッハ2.9。それが誤差3メートルで着弾する。
現代の水上戦闘艦ですら対応が困難な超音速ミサイル。
近場の貨物船や漁船を狙うには、オーバーキルもいいところだ。
2発のミサイルはそれぞれ正確に目標を破壊した。
貨物船はブリッジに直撃し、構造物を軽々と貫通。
船体奥深くまで食い込んだ上でミサイルの炸薬が起爆し、排煙設備を破壊。操舵と機関を失った。
かろうじてこの攻撃で沈みはしなかったが、側から見ても火の手があちこちに回っていた。沈没は時間の問題だろう。
漁船は、まさに爆沈だった。
船員もまさか、自分たちがそんなものに狙われていると知る暇もなかったことだろう。
ミサイルは船体中央に着弾し、貫通。着水の衝撃で信管が作動し、乗組員ごと木っ端微塵にしてしまった。
「我々は、
これは、世界初の快挙だろう。
政治的目標を達成するために虐殺を行い、巡航ミサイルの保有を宣言し、その武力を行使してみせた。
それを達成できる人脈と、実力。彼らテロリストにとって、究極の
「もし要求を飲まず排除しようとするならば、相応の犠牲を覚悟してもらう! これは、この腐敗したベノアにいる他の船にも同様だ!」
この光景を見れば、誰もが足がすくむ。
ミサイルとて、高価な品だ。持ち込んでいる数も限られていて、何発も打ち上げられるはずがない。
みんなで一斉に動けば、いずれなくなる。そう考える人間もいるだろう。
しかしそれは想像力の働かない、外部の人間の感想である。
誰だってどこに何発あるかわからないミサイルを無力化するために、命を投げ出したくない。傍目に見れば、発射機は単なるコンテナにしか見えないのだ。
クラブミサイル。厳密にはコンテナに偽装した
このミサイルには、そんな魔力があるのだ。
「なお我々は巡航ミサイル以外にも、地対空ミサイルも保有している! 空においても、馬鹿な真似は控えるように!」
士官の宣言に合わせて、カメラマンは
◆南国のリゾート地が監獄に───!