TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年8月2日ICT15:06 インドネシア共和国バリ州 FJW第5甲板『Audience』

 

 彼らは一部始終を舷側の窓から目撃してしまった。

 コンテナに偽装したミサイル発射機が起動し、ミサイルを発射。

 湾から脱出しようとしていた大小の船を撃沈してみせたのだ。

 

「おい、マジかよ……」

「巡航ミサイルなんて、どこから持ち出しやがった……?」

 

 スンヨプとソジュンはその光景に戦慄の呟きを漏らし、サンミンとスンファンは顔を強張らせた。

 彼らの蛮行は民間人や船員を虐殺するだけには留まらない。

 場合によっては、一国の海軍戦力に大打撃を与えられる戦力を保有しているのだ。

 

「そもそも、あんなのアリかよ? 民間コンテナに偽装したミサイルランチャーなんて……」

「僕、ネットで見た事があるよ。ロシアが、民間コンテナにしか見えないミサイルを開発・販売してるって」

 

 慶太の脳裏にSNSで流れたネットニュースの記事が浮かんだ。

 共通の趣味があるフォロワーが共有したロシアの兵器関連の記事には「どう考えてもまともな用途が思い浮かばない兵器」として、これが挙げられていた。

 

「確か、クラブ……」

「違うっ」

 

 背後の知樹から漏れた声に、慶太は口を止めて振り返った。

 確かにこの手の事に詳しそうな、実際ロシア通の彼ならば正確な情報を知っているだろう。

 しかし、彼から出たのは訂正の言葉ではなかった。

 

「えっと、なんだったっけ……」

「違うんだよっ、あり得ないんだよこんな事っ!」

 

 なにもかもが、彼らしくなかった。

 混乱。いや、恐慌。

 戦闘の最中ですら保たれていた冷静さをかなぐり捨て、怯え切った表情で叫ぶその姿。

 

「これが日本製やアメリカ製なら納得だよっ、でも、あり得ないんだよこんな事! あっちゃいけない、ならないんだよっ!」

「どっ、どうしたの。そんなに……」

 

 それは、幕内知樹という人物には存在しないと慶太が思っていた状態。

 普通の人間が持つ、混乱であった。

 

「ダーク・ステートめっ、どうやってロシアからミサイルを盗んでっ……」

「おい、坊主」

 

 周囲が完全に取り乱した知樹に手を出せずにいる中、スンファンが彼の目前に立った。

 どう見ても錯乱している彼の前に立ち塞がるのは、賢明でない判断に思えた。

 

「なんだよっ、なんなんだよっ?!」

「お前はここまで戦い、守ってきた。その覚悟は認める」

 

 知樹の両手に広がるその血は、間違いなく人々を守り抜く事で受けた返り血だ。

 無抵抗の人々を虐殺した連中とは違う、名誉の穢れに等しい。

 

「お前がどんな人生を歩んで生きてきたのか、俺は知らん」

「なら放っておけよっ」

「いいや。今は使える手が要る。幕内知樹、お前が今やるべきことはなんだ? 現実逃避か?」

 

 あれがロシアのミサイルで、戦闘員たちがシータグループと関わりがあるかもしれない。

 知樹にとっては重要な事柄だが、それはいま、命が奪われんとしている大多数には関係のない話だった。

 

 錯乱し、数列が飛び交う脳髄の中で。

 知樹はこの船の至る場所で起きた惨劇を想起した。

 

 人々の絶望、絶叫。それを嘲笑う連中。

 力を不用意に振るい、力なき者を踏みにじる連中。

 それは、幕内知樹が最も忌み嫌う存在であった。

 

「考えることは終わった(あと)にもできる。現実逃避も、好きにすればいい。だが、命は奪われたら(あと)がないんだ」

「……わかってる。今の、今の状況に……集中する」

「それでいい」

 

 清水徹。今は亡き、認めがたいが師のような人物の言葉を反芻する。

 一日も行動を共にしていなかった人物だが、彼の精神はまだ知樹の中で生き続けていた。

 

 瞑目。4秒呼吸し、4秒息を止める。4秒息を吐き、4秒止める。

 頭の中に苛立ちと不安は残っていたが、隅へと追いやる。

 今の状況には、関係のない事だ。

 

「悪かった。もう、平気だ」

「やるべきことは見つかったか?」

「いや。それを見つけるためにも、情報がいる」

 

 知樹の心の内で、何があったのか。

 それを他人に知る術はない。

 

 しかし、ひとつ確かな事がある。

 知樹はひとまず、以前の頼れる彼に戻ったのだ。




◆崩壊をはじめる理想───!
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