TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年8月2日ICT15:40 インドネシア共和国バリ州 FJW第4甲板『Plaza』

 

 敏明達は客室の安全を確保した越智照仁らと合流した。

 

「客室周辺に連中の姿はなかった。取り越し苦労だったな」

「何もなければそれでいいんだ。それで、本当にここに集まるのか?」

 

 第4甲板。そこは最上級のレストランやショップが立ち並ぶエリア。

 そこで、生き残った保安員達が情報と人員を集めていると言うのだ。

 

「他ならぬ保安員から聞いたんだから確かだ。見事なもんだ、あの状況下でひっくり返すとは」

「確かに」

 

 非武装の保安員が、自動小銃で武装して殺意を剥き出しにしたテロリストを返り討ちにする。

 こう聞けば非現実的なものに聞こえるが、敏明達はそれと似たようなことを何度も成し遂げていた男とこの船で出会っていた。

 

 この状況下においても人の気配で満ち満ちているレストランの扉を開く。

 そこでは生き延びた保安員と船員が集まり、被害状況の把握や船の損傷。そして陸側の情報収集に努めていた。

 

 一行はそんな人々に混じる、見知った顔を見つけた。

 

「坊ちゃん! 心配しましたよ!」

「越智さん。黙って抜け出してすまない」

 

 幕内知樹は友人である菅原慶太と共に、地図とノートパソコンにそれぞれ向き合っていた。

 聞くところによれば、パプア独立軍の巡航ミサイルの配置を分析していたらしい。

 

「最初に打ち上げられた地点が、ここに。それから撮影までもう少し掛かりますが、日本の友人に衛星からの画像を送信してもらう予定です。今はとりあえず目視出来るコンテナを探して、過去の衛星写真と照会する作業をしています」

「驚いたな。立派なOSINTだ」

 

 慶太の行っている作業に、健司が舌を巻いた。

 OSINT、公開(Open)情報に(Source)基づく(InTelli)諜報(gence)

 2021年現在において一般的ではない概念だが、彼とその友人が行っている作業はまさしくOSINTそのものであった。

 

「実は元々、オーストラリアの山火事を監視するコミュニティに協力してまして」

「日本のコミュニティ?」

「はい」

「オーストラリアの山火事で日本のコミュニティってことは、ビーフィズ(BFIS)教か」

「ネットの友達がそれで家を失ってまして……何か協力出来ないかと思っていたところ、そのコミュニティを見つけたんです」

 

 興味を持ったらしい健司が慶太の操作するPCを覗き込んだ。

 その間に敏明と知樹は手短に会話した。

 

「まだやる気か?」

「少なくともこの船の人々を助けるには、あんたらの手じゃ足りないだろう?」

 

 気に入らないが、その通りである。

 たとえ一騎当千の英傑が存在しようとも、ひとたび陣を離れればそこは庇護から外れる。

 陣の守りを固めても、落ちる時には落ちる。

 その後英傑が取り返したとしても、攻防戦で失われた人員は戻らないのだ。

 

 しかしひとり。その論理を理解し、肯定した上で否定する者がいた。

 早瀬亮は苛立ちを隠さぬ様子で知樹を睨んだ。

 

「思い上がるなよクソガキ。銃と刃物を手にしたぐらいで兵士を相手に出来ると?」

「出来るが、絶対じゃない。あんたと同じだ」

 

 心の疲弊した瞳で、知樹は睨み返した。

 たとえ百戦錬磨の強者でも、撃たれれば死ぬ。刺されれば死ぬ。転んでも死ぬ。

 知樹も亮も、それは同じなのだ。

 

「ハセリョー、今の状況では手が要る。気持ちはわかるが、受け入れるしかない」

「ガキを殺し合いの場に連れ出すと? 正気か?」

「殺しの方がやって来るんだ。贅沢は言っていられない」

「クソが」

 

 乱暴な言葉を吐き捨てると、亮は視線を逸らした。

 

「よろしいでしょうか」

 

 キリのいいところを見極めていたのだろう。

 イ・スンファン保安員が敏明と照仁に語り掛けた。

 

「おたくが保安員の代表?」

「ええ。イ・スンファン保安員です……ところで」

 

 一礼すると、スンファンは敏明と亮へ視線をやった。

 彼らが着ているのはFJWの清掃スタッフが身につけている作業服である。

 

「お前らは見覚えがないな」

「ええ。臨時スタッフです」

「臨時、ね……まあ、いいだろう」

 

 スンファンはひと目で正規の手段で乗り込んだ者ではないと察した。

 それを指摘したところで、仕方がないのも理解している。

 今重要なのは、敵か味方かなのだ。味方なのは明白だ。

 

「保安員に話した通り、こいつらがブリッジを解放したんだ」

「なるほど、礼を言う。難を逃れた要員に調べさせたが、計器に損傷はあれど航行に異常はないそうだ」

「それは不幸中の幸いだ。問題は……」

 

 敏明は窓からベノアの地を睨んだ。

 あの地にはロシア製の巡航ミサイルが最低一基は設置されている。

 景気良く民間船に2発もぶっ放したのだ。

 

 一基のキャニスターにミサイルは4発入る。

 見せしめが重要なのは間違いないが、攻撃能力の半数を注ぎ込むとは考えられない。

 きっと、余裕を持ってもう少し持ち込んでいるに違いない。

 

「空軍に要請して、爆撃してもらうかね?」

「まずは目標選定が必要だ。目につくコンテナ全部を爆撃していては、時間も弾も足りない」

「連中はMANPADSも持ち込んでるんだ。雑に攻撃したら返り討ちになる」

 

 兵役経験のある韓国人だけあって、スンファンは敏明と照仁の会話にも十分合わせていた。

 その上で、最大の課題が姿の見えないミサイルと改めて明確になった。

 

「ロシアの野蛮人め。クソ面倒な兵器を……」

「おい待てよ、まだロシアの兵器って決まったわけじゃないだろう? 中国製や、アメリカ製の秘密兵器の可能性もある。奴らなら、やりかねないだろう?」

 

 亮の呟きに照仁が素早く反応した。それこそ、「この期に及んでまだ言うか」以外の感想が存在しないが、意外な人物がこれを諌めた。

 

「ロシア製もアメリカ製も中国製も、今の状況には関係ない。破壊しないと多くが犠牲になる」

 

 幕内知樹である。ダークステートが、西側が、アメリカが。

 大きい図体をしているくせに、そのような現実逃避ばかりしていた少年が随分な変わりようである。

 

「……坊ちゃんの仰る通りだ。班長もきっと、同じことを仰ったはずです」

 

 尊敬する人物の息子が発した言葉だけあって、照仁は素直に頷いた。




◆余計なことを考えず、状況に集中───!
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