2021年8月2日ICT17:30 インドネシア共和国バリ州 FJW第4甲板『Plaza』
船で最上級のレストランに、さまざまな人間が集結した。
逃走のため船に入り込んだテロリスト志願者。
それを追って潜入した外国の特殊部隊。
元軍人の乗客と保安員。
そして、敵と同じ組織に戦う術を叩き込まれた少年。
数奇な運命によって、多種多様な戦士がここにいた。
「結局受け入れちゃってたけどさ、おたくら何者?」
「悪いが、それは機密だ」
到着早々にソジュンが敏明に尋ねたが、当然それを答える事はなかった。
「ただひとつ、信じて欲しい。俺たちはこの状況を乗り越えようとしている。同じ立場の人間だ」
「ソジュン。こいつらがどういう日本人かわからない。でもひとつ確かなのは、
不満げな視線を送るソジュンをスンヨプが諌めた。
信じて欲しいが、正体は明かせない。
それで信頼しろというのは確かに無理はあるが、敵ではなく、加えて強者である。これだけは今までの状況で明白だった。
「そんなのは、目と立ち振る舞いを見ればわかる」
「生きて帰れたら考えてやるよ」
冗談めかした口調の敏明だが、その眼は真剣そのもの。
なにせ、これから提案する行動は完全に命懸けなのだ。
「状況は一刻を争う。話してくれ」
知樹は静かに提言した。
今まで彼にあった迷いは一切感じられない。
この状況を打開するために全ての思考を向けている。
そんな状態を感じられた。
「じゃ、お望み通りに。プロジェクターを見てくれ」
要望を受けた健司は早速プロジェクターを操作し、パソコンの画面を投影させた。
ベノア東岸とFJWの位置関係を簡潔に示した図であり、陸にはCMのマークが描かれている。
CMとは言うまでもなく、
「ご存知の通り、我々はこのベノアのリゾートに縛られている。俺たちを縛っているのは、このクソ忌々しい露助どもが作った巡航ミサイルだ。こいつがあるせいで海軍が接近出来ず、空爆しようにも対空ミサイルの迎撃と隠したもう一基が不明なせいで手出しができない。無理矢理やれば、報復でどの街が火の海にされるやら……」
インドネシアはイスラエルなどと違って、攻撃を受けるのに慣れていない。ましてや、現代の水上艦でも防御が困難なミサイル相手だ。
彼らに出来るのはせいぜい、攻撃が予想される周囲に避難を促すぐらいなものだ。
「しかし監視員達の活躍によって、残りの一基がほぼ特定出来た」
「ほぼ、なのか?」
どこかから声が上がった。
不確かな情報で行動するのは誰だって慎みたいところではあるが、手探りで進まなければならないのは軍事作戦の常である。
もっとも彼らの中には誰一人、正規の軍人はいなかったが。
「アテがないよりマシだろう? それにひとつは確定しているんだから上等だ」
確定している発射機は埠頭の先端。
これ見よがしに設置され、見せしめの2発以降発射体制のまま待機していた。
こちらも対処しなくてはならないが、説明は後回し。
まずは、隠されたミサイルからだ。
「隠れんぼしてるミサイルはバリ・マリオネットホテル中庭にあると推測される。馬鹿みたいな話だが、連中はコンテナを中庭のど真ん中に設置して、人質を周囲に転がしている」
中庭に設置したのは、地上からの攻撃を防ぐため。
人質の配置は空爆を躊躇わせる目的があるのは明白。
貴重品の喪失を避けたい心理は理解出来たが、これではせっかくのステルス性が台無しである。
実際、インドネシア当局もここを人影の多い怪しげな地点として既にマークしていた。断言できなかったのは、使っている衛星の性能の問題でしかなかった。
肝心の問題は彼らに人質を傷つけずに破壊、または接近する手段がない。それだけであり、同時に要だった。
「どうやら、インドネシア政府内に連中の目があるらしい。即座に動きを見抜いて、特殊部隊を行動させれば報復すると脅しをかけたそうだ」
国家とは人の集まりであり、それを統制する政府もまた人によるもの。
人が集まれば集まるほど目が増え耳が増え口が増える。
外に通じている目耳口を塞ぐ必要はあるが、彼らにはどうする事も出来なかった。
「だから、一連の行動は俺たちだけでやる必要がある」
「……本気で言っているのか?」
「現地当局……ベノアに軍の部隊はいないし、警察は真っ先に署が襲われて壊滅済みだ。残った警官は、果たしてどれほどいるのやら」
これほど計画された大規模な襲撃作戦だ。
現地の障害となりうる勢力が真っ先に排除されていて当然である。
加えて、政府側は身動きが取れない状況。
まさに、自分達でやる以外に生き残る術はないのだ。
「さぁて、話を戻そうか。我々……そうだな。東アジアの
巡航ミサイルを無力化したとしても、まだ彼らには銃と
それでも、海軍船舶の支援が得られるとなれば状況は大きく変わる。
RPGなどの兵器によって攻撃を受ける恐れはあるが、少なくとも封鎖されている湾内から脱出が可能になるのだ。
「認めたな。公的機関の人間であり、
「おや。俺はただ礼儀正しいと自称しただけなんだけどな」
ウクライナのクリミア半島がロシアによって半ば奪われた事件では、明らかに所属を隠したロシア側の特殊部隊は親露派住民によってこう称されていた。
『礼儀正しい人々』
そこへ本当にという言葉を付け足した、言うなれば今回の事件において少なくとも元凶のひとつとなったロシアに対する意趣返しである。彼らの大好きな、意趣返しである。
スンファンの一言以外に、反応はなかった。
それはすなわち、参加表明であった。
「俺達の所属はどうだっていい。それより、異論はないんだな?」
「詳細を聞いてからにするよ」
サンミンが続きを促した。
「ごもっともだ。部隊をふたつ、仮にレッドとブルーとしよう。用意する。レッドは沿岸部の発射機を強襲し無力化する。ブルーは少数で敵勢力圏に潜入。隠されたミサイルを排除する」
どちらも茨の道だが、最も危険なのは言うまでもなくブルーである。
パプア独立軍は陸路経由で制圧に来る可能性のある当局へ対応するため、ミサイルの防御に全力を注げない。
脅しをかけているとはいえ、それにだけかまける事が出来るほど彼らは素人ではない。
所詮はよそ者のテロリストなのも相まって、元々の人数が少ない影響もあった。
「で、
照仁は間違いなく、自分が選ばれると確信して問いかけた。
危険な任務は成功率を上げるために優秀な人材をつける。当然の判断。
質問を受けた健司は手短に答えた。
「ブルーは総勢二名。うちの奴と、そこの坊主だ」
そう言って指差した先にいたのは、幕内知樹だった。
◆恐らく最適の判断───だが