2021年8月2日ICT17:35 インドネシア共和国バリ州 FJW第4甲板『Plaza』
これから行うのは不可能に近しい命懸けの作戦。
準備に割ける時間は少ないながらも必須である。
知樹は自分に割り当てられた装備一式を睨んだ。
敵の戦闘員から奪ったAKとM1911拳銃。
それに破片手榴弾ふたつと煙幕手榴弾ひとつ。
AKはブリッジの特殊部隊が用いていたものでも、特に損傷の少なかったものを鹵獲していた。
これは単なるAKではない。銃身の先端に装着されたサプレッサーや、フォアエンドにレーザーサイトとフラッシュライトが取り付けられている。
アメリカ製品が多用されているカスタムだが、これは性能を分析した結果イデオロギーを差し置いてでも採用するべきと判断された逸品の数々。
シータグループにおいて、実力と性能は何よりも重視されるのだ。
しかしこの銃に施されたカスタムの神髄は、土台と装飾品にはない。
AKは弾倉を取り外すのに根元にある爪状のマガジンリリースレバーを押さなければならない。この構造は片手で銃を保持し、もう片方の手でレバーを操作して古い弾倉を除去し、そこから新しい弾倉を装填しなければならないため、M16と比べて操作性が劣っている点と評されがちである。
この欠点を改善するため、
右手の人差し指で弾倉を外し、左手で古い弾倉を弾き飛ばしながら新しい弾倉を装填。従来と違い、装填に必要な動作をひとつ減らせるのだ。
目玉は一つではない。
AKはその構造上、光学照準器の搭載には大きな制限があった。
機関部上部にある蓋は文字通り異物混入を防ぐ蓋でしかなく、固定も甘い。発砲するたびに揺れるため、精密な照準を行うための照準器を置くには物足りない土台だ。
これを解決するために、機関部側面に土台を固定するなどの解決策がとられるわけだが、やはり構造上無理があり制約も多い。
このAKでは解決策として、機関部後部に蓋を強く押しつけて固定するためのノブがあった。
大型の照準器の搭載と、精度の確保を両立させるための妥協の末に生み出された代物である。
これらはシータグループ
折り畳み銃床に関しては使い込むうちにガタツキが出ると父と共に反対したが、携行性の面で妥協するしかなかった。
そう。知樹はこのカスタムにも携わったのだ。知らないはずがない。
1911拳銃もとい、45口径弾はインドネシア軍の制式装備にはない。スライド側面の刻印が削り取られた跡からして、M16と同じ密輸品の可能性が高かった。
知樹の信条からアメリカ人の設計した拳銃を使うのは躊躇ったが、それを言っていられる状況ではない。重視すべきは道具より、使い手なのだ。
この拳銃はただの予備武器として装備するのではない。銃身の先端に客室のベッドに使われていた綿を詰めたペットボトルを固定した。
簡単に説明すればこれは簡易的な減音器。サプレッサーである。
本家本元のサプレッサーを搭載しているAKがあれば、隠密用銃器としては十分ではないか? それはもっともな疑問である。
しかし、銃にサプレッサーを付ければそれで静かな銃になるのはゲームと映画くらいなもの。
AKに詰める小銃弾は音速で飛翔し、周囲に甲高い風切り音を響かせる。相手が相当な素人でもなければ、銃声を聞かれるのと大差ない反応が返って来る。
そしてシータグループのAKに装着するサプレッサーはそもそも隠密用途ではない。
銃声のような爆音から射手の聴覚を保護し、敵から発砲方向を特定されにくくするためのものなのだ。
弾も拳銃も基本現地調達を想定しているため、専用の亜音速弾ではない。
そう、隠密用の銃は別で必要なのだ。
それに超少数で敵中に浸透するのだ。銃をバンバン撃ち合う状況は考えられないため、これでいいのだ。
もしあったと仮定しよう。そうなれば、数分後には死んでいる。
手榴弾も煙幕も必要といえば必要だが、最も重要なのは敵が船に仕掛けようとしていたと思われる梱包爆薬だ。
有毒成分のあるTNTを防水シートなどで包み、信管代わりの携帯電話───もちろん、電話帳は把握済みだ───を取り付けた代物である。
現代の軍事用途においてはさらに安定して有毒性の低いC4爆薬が主流となっているが、安価なTNTは現代でも利用されている。
この爆薬はそんな安価な軍隊から流出したものだろう。
本来持ち込んだ目的とはかけ離れているが、うまくいけばジャイアント・キリングに活用されることに変わりはない。
初の実戦を経験しているロシア製巡航ミサイル発射機。戦場の古株が狩るにしてはちょうどいい獲物だ。
シンプルながらも確かなつくりを感じるテーブルには不似合いな装備。
知樹は鹵獲品のモールハーネスを羽織った。残っていた
機能に支障をきたさなければ、上々である。
「マック……」
ハーネスの調節をしている最中。やって来たのはハンナだった。
声を受けて振り返った知樹は、やはりあの目をしていた。
覚悟を決めた、光のない淀んだ目。
ぞっとするほど冷たいものと同時に、頼もしさを感じる目だ。
「どうした?」
「どうしたって……これから、行くんでしょ?」
「ああ」
あっけらかんと言ってのける姿は、頼もしさを通り越して肩透かしを食らってしまった。まるで自分ひとりが気に病んでいるようではないか。
その心境が表情に出たのだろう。知樹がぷっと噴き出した。
「ちょっと! 私は……」
「悪い、わかってる。こんな無茶をやるのも、今年3度目だ。慣れ切ってた」
「……3度目?」
1度目は謎の兄妹なる集団にハンナがさらわれた時。では、2度目はこの事件ではないのだろうか?
疑問を抱いたが、そういえば文華を助けた事件も大概命懸けだったのを思い出した。最初にハンナがさらわれた時もそうだった。
考えてもみれば、むしろ少ないぐらいではないか。勝手にハンナは納得した。
「あなたって、無茶ばっかり。見てるこっちの身にもなってほしいな」
「悪い。でも、これをやれる人間はそう多くない」
「でしょうね……これ、もらってきたの」
ハンナはそう言うと、化粧セットを知樹に手渡した。
「こいつは?」
「必要かと思って、ここでイベントをやってるサーカスでもらってきたの」
黒が複数種類と、灰色のドーラン。舞台用の化粧だったが、使っているのはこの船で興業ができるチームだ。高級品である。
恐らく、世界で最も高価な軍用フェイス・ペイントとなるだろう。
「使わせてもらうよ。ありがとう」
「あいつらに
「……TUONI?」
発音からしてフィンランド語だが、知樹もフィンランド神話まで知識は及んでいなかった。
しかし、言わんとしていることはなんとなくわかった。
「ああ、任せろ」
力強く頷くと、知樹は戦化粧を始めた。
◆TUONIの再臨───