TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年8月2日ICT17:00 インドネシア共和国バリ州 FJW留置所

 

 航海中に犯罪者が出た場合。

 その場合、拘束した被疑者をどこで留置するのか?

 この疑問の答えが、この関係者以外立ち入りを禁じられている区画にある牢屋である。

 

 今この檻の中には、この船で最も重罪を犯した人間が囚われている。

 第14甲板と第5甲板で虐殺を行ったパプア独立軍の戦闘員である。

 

 中でも第14甲板で拘束した士官は、ユニットの亮と保安員部長のスンファンの尋問を受けていた。

 

「お前たちにとっての弁護士を紹介しよう。ミスター・スタン、それにミス・シーだ」

 

 そう言うと、スンファンは水上バイク用のバッテリーを床に置いてみせた。傍にはバケツに溜まった海水。

 震え上がるほど相性の良いふたり組である。

 

「状況は理解したか?」

 

 対面している亮は威圧感のある無表情でパプア独立軍の士官に尋ねた。

 彼は強張った表情を崩さず、ただ睨みつけるばかり。

 

 スンファンはバッテリーにブースターケーブルを繋いだ。バッテリーが上がった際に、別のバッテリーから電力を移すためのものだ。

 これと人間が接続されれば、どうなるか。その人間がたっぷり水分を浴びていたら、どうなるか。

 

「ぼっ、暴力には屈しないっ! 俺はっ、俺は正義の戦士だ! 正義は悪の暴力に屈したりなどしないっ!」

「そうだな。お前らに殺された人々は悪魔だったんだろうな。抵抗も出来ない、する間もなかった人々は」

「ダーク・ステートの傀儡に意思などないっ! ただのっ……」

 

 鋭い右ストレートが士官の顔面に突き刺さり、椅子に拘束されたまま天井を仰いだ。

 亮はそんな彼に歩み寄ると、感情のない目で見下した。

 

「あぁ、いやだいやだ。これだから陰謀論に毒される田舎者は……」

「黙れ中国人っ……お前のような独裁者の、地球人類の面汚しがっ……」

「お前が話すべきはそれじゃないだろ?」

 

 靴底が正確に士官の口を塞いだ。前歯が砕け、顎が外れる寸前まで開かれる。

 会話不能にならないラインのギリギリを攻めた暴力。早瀬亮という男はその見極めが恐ろしく上手く、得意で、そして大嫌いだった。

 

「さ、話せ。残りの巡航ミサイルの位置は?」

「はっ、話さないっ」

「そうか」

 

 亮がスンファンに視線を送ると、バケツを手渡した。

 それを花へ水をやるように丁寧に体に浴びせ、ついでに口目掛けて注いだ。

 

「あががっ……ぶぶぶっ」

「なあ。ご存知の通り、俺らは切羽詰まってるんだ。だから、お前をさっさと切り捨てて次に移ってもいいんだ。実際、俺はもう半分諦めてる」

 

 スンファンがケーブルの両端を合わせると、バチチと火花が散った。

 この線には間違いなく電流が走っている。

 

 第14甲板で拘束された時、この男たちは一瞬にして仲間を皆殺しにしてみせた。

 なんの躊躇もなく、素早い動きで。

 

 精鋭だ。自分達に本当の殺しの術を教えたシータグループのように。

 目的のためなら人の生き死にに頓着しない、本物の、冷酷な戦士なのだ。

 圧倒的強者に蹂躙される。その恐怖が訓練で固めたと思っていた決意に亀裂を走らせた。

 

「まっ、待ってくれっ」

 

 その一声を受けた亮は手でスンファンを制した。

 会話が通じる。当然の話であるにも関わらず、士官の心に強く刻まれた。

 端的に説明すれば、「不良が雨の中、捨て犬に傘を差し出している姿にドキッとする」のとあまり変わらない感情である。

 

「聞こう。話してくれ」

「……ミサイルの在処は、伝えられていないっ」

「困ったな。それじゃあ手を止める理由にならない」

「誰も知らないんだっ! 一部の人間にしか伝えられていないっ」

 

 十分に想定出来た事態である。

 パプア独立軍全体がどれほどの練度かは定かではないが、少なくともFJWに派遣されたのはブリッジに向かった部隊以外は二線級のチンピラに毛が生えた程度の人員にしか見えなかった。

 

 そんないつ裏切るとも知れない連中に、重要機密を教えるはずがない。

 教練していたシータグループは結局のところロシア系の組織。上の意図を末端が知る必要がないという運用思想は、彼らの特徴なのだ。

 

「なあ、知ってることを話して欲しい。それなら、復讐に燃えるこの船の人間(保安員)や、事後のインドネシア政府とも……罪を軽く出来るように掛け合える」

 

 戦陣訓というものがある。

 日中戦争時に東條英機が示達した陸訓一号というものであり、軍人としてあるべき姿を言語化したものだ。実際に出来上がった文章の出来は別として。

 

 その有名な一説にはこうある。

『生きて虜囚の辱めを受けず』

 端的に言えば、捕虜になるぐらいなら死ねである。

 

 幕内知樹の父、幕内和馬は自衛官時代に度々そう発言していたと記録されている。

 亮も空挺団時代、先輩や上官から発せられたその言葉を何度も聞いてきた。

 

 もし本当に、幕内和馬がシータグループにおいて重要な立ち位置でいるなら。

 この戦陣訓の弱点をつけるのではないか。そう考えたのだ。

 

 戦陣訓の弱点。それは───

 

「……本当に、掛け合ってくれるのか」

「ああ。お前たちの目的も……ここまでやった以上は困難はあるだろう。だが、ちゃんと説明すれば穏当な着地点を目指せるはずだ。お前たちはやり方を間違えたが、目的は間違っていないんだ」

 

 相手からまともな対応をされる可能性を考慮していないのだ。

 第二次対戦中、米軍の捕虜になった日本兵は強情だと記録に残ってる。

 同時に、こんな記録もある。

 

 人道的な対応をすれば、聞いてもいないことを話してくれた、と。

 つまり、優しくされればコロッといってしまうのだ。

 捕虜になった絶望と、死ねなかった絶望。そこに、一筋の光が差し込まれるのだ。

 どういう搦め手が来るかの教育がなければ、屈強な兵士でも靡いてしまうのだ。

 

「……ミサイルは、2基だ。俺の知る限りでは」

「わかった」

「信じるのか?」

「証言ひとつでは確信出来ない。人の命が掛かってる。だが、貴重な証言だ」

 

 必要な証言をまとめると、亮はスンファンと共に牢を後にした。

 そこに、スンファンの無線から声が流れた。

 

「お前さんの上司が、話があるそうだ」

「残りの尋問は俺がやる。大体の話はもう聞いてる」

「そうか。じゃあ、任せたぞ」

 

 保安員の責任者なのだから、スンファンはどうしても行かなければならない。

 部下に亮の補助を任せると、彼は巨大な図体を引きずって留置場を出た。

 

 亮は無線を介して健司に常時音声を送り続けている。

 先ほどの尋問を聞いて、彼は嘘がないと確信したのだろう。

 

「あのガキのお守り……本気でさせるつもりか?」

 

 苛立ち混じりに、亮はひとり呟いた。




◆戦いが始まる───!
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