2021年8月2日ICT18:33 インドネシア共和国バリ州ベノア市街地
「コード・
亮が無線機の向こうにいるFJWの面々に対して上陸の成功を告げた。
これは健司によって暗号化済みの周波数で発せられている通信である。内容を悟られる恐れはない。
「こちらハウス、通信感度良好。いいか、よく聞け。現地点から目標ブラボーまで大した距離はない。だが障害はある。最新の画像で戦闘員を乗せたテクニカルが確認されている」
テクニカル。改造して武装を施したピックアップトラックであり、荷台には重機関銃や無反動砲など人が携行するには難しい重火器が装備されている。
装甲面についてはぜい弱。まともな軍隊と戦うには脆すぎるが、砲撃や空爆の支援なし、小火器のみという制限があるのならば命懸けの相手となる。
そこに複数の戦闘員を組み合わせたパトロールともなれば、戦ってはならない敵と扱わざるを得ない。
「わかっていると思うが、交戦は可能な限り避けろ。見つかったら死ぬと思え」
「そうだな。相方が騒がないように目を光らせておく」
誰を指すのかは明らかだ。
直球の嫌味を受けて知樹が視線を向けたが、亮は気にも留めず通信を切った。
「行くぞ」
言葉短に指示すると、ふたりは暗くなり始めているベノアの市街地を進み始めた。
テロリストの占領下だけあって、リゾート地の街並みには人の気配はほとんど感じられなかった。扉や窓は締め切られ、外に出ている人間も足早にその場を立ち去っていく。
路上に転がる骸たちの仲間入りは誰だってしたくはない。
死体に共通する特徴はなかった。
観光客や現地住民、まとまりなどない。まさに目についたら撃つといった様子を感じられた。
ただ殺すだけではない。亡骸の衣服からはポケットが飛び出し、カバンからは雑多なものが散乱していた。
略奪だ。政治的目的とは関係のない、金品が目当ての犯罪。
亡骸だけではない。シャッターを開いている商店には荒らされた痕跡もあった。
「見境なしか……」
この姿を見て、亮が短く言葉を洩らした。
パプア独立軍にとって、インドネシアの人間は味方や庇護すべき民ではない。圧政者の下で生きる敵の一種に過ぎないのだ。
敵。その中でも、人として扱う必要のない非人種。そういう扱いだった。
「こんなっ、こんなの……」
正義を妄信する知樹にとって、あってはならない事態だった。
彼は悪を人として扱わない正義を自称する者である。しかしそんな短絡的な浅慮者でも、理想とする正義は強い。
恣意的で独善的な正義の持ち主にとっても、単なる観光客やその地で生きる職業従事者を虐殺していい道理などなかった。
心が軋む。
父が創設に携わり、重要な立ち位置にいる組織の人々がなぜこんな真似をするのか。
偽旗作戦? なりすまし? そんな言い訳は今携えている小銃が否定していた。このカスタムには自分も関わり、追及も妥協も、父と体験を共有したのだ。
もしこれが、シータグループの偽物だとしてしまったら。
それは自分が抱く思い出すら、偽物と断じてしまうのと同義なのだ。
まさしく、余計な事に気をやっていたのが原因だろう。
接近するプロパガンダ放送の音へ意識をやるのに遅れてしまった。
「おい、こっちだ」
一足早く反応していた亮は虐殺の痕跡が残るジュエリーショップに逃げ込んでいた。
知樹も声に応じて飛び込んでいく。
パプア独立軍はテクニカルに重機関銃だけでなく、スピーカーも搭載していた。
ジュエリーショップ前に停車させると、続々と荷台の戦闘員が降りて来る。
『今、絶対この辺りで動いたぞ』
『生き残りか?』
『泥棒かもよ』
インドネシア語ではなく、完全なパプア語。知樹にも断片的にしか理解できなかったが、行動の遅れた自分を探していると確信できた。
───目の前の状況に集中する……くそ、出来てないじゃないか。
これはまごう事なき、知樹のミスだった。
迷いに思考のリソースを意味もなく割き、警戒を疎かにしてしまったのだ。
その罰が、この状況。すべてを危険にさらす、危機的状況だ。
『泥棒か。どうする?』
『
『それが正義だ!』
違う。
パプアの戦士たちはそんな事を言わない。彼らは独立のために善き志を持ち、正義のために戦っていた。
これでは、ただのチンピラではないか。
圧政からの解放者ではなく、また別の圧政者ではないか。
───違う、お前たちは違う。お前たちは、光の側などではないっ。
口から出る言葉もなく、
亡霊の貌を浮かべる幕内知樹は、異端に報いを受けさせると心に決めた。
◆戦いは避けられない───!