2021年8月2日ICT18:39 インドネシア共和国バリ州ベノア市街地
テクニカルの運転手と機関銃手を除いた6名が降車し、ジュエリーショップに足を踏み入れた。
店内の照明は銃撃によって破壊され、中央で煌びやかに富を彩っていたシャンデリアは従業員を下敷きにして無惨に落下していた。
パプア独立軍がベノアを封鎖して真っ先に行ったのが、この手の金品を取り扱う店舗への攻撃───無論、その実態は略奪目当ての強襲であった。
これは作戦では予定されていない行動だったが、指揮官であるアーワイーマーが物資の
彼らはシータグループによって軍事教練は受けていたが、兵士としての心構えは持ち合わせていない。
作戦の目玉である豪華客船占拠が頓挫してしまった以上、こうでもしなければ組織としての士気を維持出来なかったのだ。
このパトロールチームは調達に乗り遅れたグループだった。
「くそ、金目のものはない。死体ばっかりだ」
「奴ら、外から機関銃を撃ちまくってたからな」
「あ、あっ。見ろよ、破片なら残ってるぞっ」
がめつい男は床で光る小さな物体を捉えると、這うようにして血と臓物の付着した貴金属の欠片をかき集めた。
さすがの面々も、これには渋顔を浮かべた。
「そんなの集めてどうするんだよ?」
「カネに替えて、家を買うんだ! 家族全員住めるような!」
彼は西パプアの中でも山岳パプア州で暮らす部族の一員だった。
しかし地震によって村の家屋が崩壊し、多くの人々が家を失った。
村の修復と怪我人の治療のため出稼ぎに出ていたところで、パプア独立軍と出会ったのだ。
他の面々も一様にして、そのような経歴を持っていた。
武装勢力への参加は彼らにとって、貧困からの脱出───成り上がりを実現できる希望への道程に映ったのだ。
そして同時に、戦いに身を投じていれば自分の不遇から目を逸らせた。
社会の面倒事から遠ざかる事が出来たのだ。
「それで、インドネシアの連中を征服したら奴隷にするんだ。今度は俺達が使う番だ」
「俺なんかオーストラリアの女を使いまくってやるぜ。それで、ダーク・ステートの女を全部制覇してやるんだ」
ははは。下品な冗談で盛り上がり、またしても目前に広がる絶望という暗黒から目を逸らす。
失敗が見えつつある計画の、その先から。
彼らは正直なところ、目についた人影など大したものとは考えていなかった。
警察署は自らの手で空っぽにし、持っていた武器を奪い取った。
まさか丸腰の民間人がひとりふたり、反旗を翻したところで何も出来ないと考えていた。
故に、這いつくばっていた男が黙り始めたのを感じて大層驚いた。
「おい、そろそろ行こう。いつまでゴミ漁りしてるんだ?」
「待て……どこ行った?」
ライトを点けて最後にいた辺りを照らす。
動くものはない。ショーケースの死角へ向かい、そこを照らす。
そこには、うつ伏せに倒れた仲間がいた。
「おいっ、笑えないぞっ」
「どうしたっ」
小銃の安全装置を解除し、慌てて駆け寄る。
間近で見ても外傷は見当たらない。
しかしよく見れば、首が左に捻れている。
まさか。これは何かの悪戯だ。
恐る恐る足先で触れるも、その体からは一切反応がなかった。
狸寝入りでも、気絶でもない。死んでいる。
「くそっ、死んでるっ。やられてる!」
立ち上がって振り返ると、嫌な光景が見えた。
仲間達の背後。その向こうに広がる外の世界。
そこで待つ運転手と機関銃手が、見覚えのない黒いスーツを着た男達に代わっていた。
そして、荷台で死の骸骨と重機関銃がこちらを向いているのだ。
「やばっ……」
重機関銃の乱射。もし平時の中であれば、その銃声は異質で日常を破壊するには十分過ぎる代物だった事だろう。
しかし今、このベノアの地は戦時の真っ只中にあった。
銃声は戦時の日常であり、死もまた日常の一部。
故にこの爆音は誰の気にも留められず、その先で起きた死には誰も気づくことはなかった。
彼らは自らが遊び半分に起こした、多くの死の一部となったのだ。
◆隠密とは音を殺すに限らず───