2021年8月2日ICT19:26 インドネシア共和国バリ州 ベノア市街地
庭という庭を越え、道路を横断し。目的地のホテルが徐々に近づいてきた。
樹木という障壁は敵の見張りから視界を覆い隠し、接近の手伝いをしてくれた。
だからこそ、ここには罠があるのだ。
「……今度はリボンだ。これは?」
雨どいに結ばれた赤いリボン。先ほどよりも、ずっと目立つ目印。
明らかに異質なそれは、先ほど見かけたワイヤーとは性質が違っていた。
仲間内のために用意された目印ではなく、不特定多数にも伝わる警告。
「……初めて見る」
知樹もこのパターンは初見だった。知っている人物はトラップの達人であり、あれほど目立つ目印を防衛のためには用いないはずだ。
では、別人の仕掛けた目印か? それは、危険な過小評価のような気がした。
庭に目を凝らせば、そこら中に歩き回った痕跡。
痕跡は可能な限り消している様子だが、何かが不自然だった。
亮が庭を警戒していると、隣の民家の窓に小さな人影を認めた。
子供。それがふたりをじっと見つめているのだ。
自身に向けられた視線に気付くと、少年は手招きした。
敵の見張りという恐れもあるが、それにしては静かだ。
もし見張りならばふたりを呼び寄せる必要などなく、ただ大声で兵士たちを呼べばいい。
なにか、意図があるのだろう。
視線で会話したふたりは、迂回して少年の待つ窓に歩み寄った。
「おじさんたち。なにしてるの?」
「この事態を収拾しようとしてる」
「……あれをやった奴らを、殺すの?」
極めて直接的な言葉。
健全な教育にふさわしくない言葉遣いだったが、現実にはその通りだった。
亮は気乗りしないが、静かに肯定した。
「それも含まれてるな」
「なら、そこの庭は通っちゃだめだよ。連中が罠を仕掛けてた」
「どんな罠かわかるか?」
「爆弾だ。仕掛けた奴のリーダーが言ってた」
その言葉に、知樹の表情が強張った。
周囲の子供に罠の存在を周知し、警告する。これは紛れもなく、友人のやり口だった。
罠の達人でありながら爆弾を避けるのは、子供たちに周知してもなお爆発による破片で犠牲者を生み出してしまった悔恨から。
あの誓いは、どこへ行ってしまったのか?
「……っ」
「見えないレーザーが張り巡らされているから、絶対に近づくなって言ってた」
不可視レーザーセンサーを用いた爆弾トラップ。
防衛用トラップとしては最上級にいやらしい代物だ。
だからこそ、彼らしくなかった。
「対策なしでは危険だな。ありがとう、命拾いしたよ。悪いが、俺たちは君を助けられない。家の奥で窓に近づかず、助けを待つんだ」
こくりとうなずくと、少年は踵を返した。
その時、彼は窓越しにこう言った。
「あいつらは、僕のパパとママを殺したんだ。あいつら全員、ぶっ殺して」
あれほど見境なしに殺して回っているのだ。
こうなる子供が出て来るのは、十分にあり得る話だ。
「お前は、お前は何をやってるんだ……アーワイーマー」
知樹の口からこぼれ出た友の名は、夜暗にむなしく響くだけだった。
◆歪む理想───