TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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 マクサンダース(McSanders)。アメリカ発のバーガーショップ。

 知樹にとってはひどく気に入らない店だったが、奢ってもらう立場で大きな口は叩けない。

 それに、学園生の懐事情を鑑みれば仕方がないというものである。

 

「ええーっ! マックってマック来たことなかったの!?」

「もうちょっと……なんとかなんねーの?」

 

 どちらも略称はマックである。ややこしいなんてものではない。

 しかし、知樹以外にとっては、現代日本人がこの店に来たことがない方が重要だった。

 今どきそんな人間が存在するのは、北京原人と遭遇するのとそう変わらない確率だ。

 

「じゃあここはマクサンで」

 

 慶太の妥協案で差別化を終えると、ハンナがオピ・コーラ片手に顔を寄せた。

 

「で、ホントにないの? 今どき、フィンランドにもあるわよ」

「ねーっての。そりゃ、フィンランドにはあるんじゃねーの」

 

 西側なんだから。その一言は省略して。

 

「地元じゃコトカンサーリってとこにしかなかったわ」

「コトカンサーリが地元、ってことはコトカ出身?」

 

 全く想定の外から飛んできた一言を受けて、ハンナは硬直した。

 日本人の知るフィンランドといえば、こうだ。

 

 ロシアに勝った国。北欧にある福祉が充実した地上の楽園。どこそれ、知らなーい。

 そんな感じ。良くも悪くも、無知と評するほかない。

 

 大抵の日本人に地名クイズをすれば、三割の人間がヘルシンキでギブアップ。

 一割が戦史関係で妙な場所に詳しく、残りはフィンランドの位置すら知らない。

 

 名前がほぼ出てはいるが、まさかこれだけで故郷の名にたどり着くとは。

 

 なぜ、自分の知識を披露すると日本人が喜ぶのか。

 ハンナは身をもって理解した。

 

うっそー(Niinko)?! あー、なんでわかったの?」

「俺ってさ。親父の関係でちょくちょくピーテルに行ってたんだよな」

「ピーテル?」

 

 知樹の発言に、三人は首をかしげた。

 文華はハンナと付き合うようになって少しフィンランドを調べたりしたが、そんな地名を見た覚えはない。

 もちろん、マイナーな地名ならばあり得る話だが。

 

 少し間を置いて、ハンナが気付いた。

 

「わかった、ピエタリのことね」

(サンクト)ピエトロの街だから、多分そう」

「うーん、ごめん。ちょっと思い当たらないかも」

 

 知樹はロシアの愛称、ハンナはフィンランド語の呼び方。

 しかしこれなら、日本人でもピンとくる人間が増えるだろう。

 

「サンクト・ピテルブールグだよ。フィンランド湾に面した、ロシアの大都市」

 

 文華と慶太も、地理と世界史の成績は悪くない。

 ここまで言われればさすがにわかった。

 

「ああ、サンクト・ペテルブルク!」

 

 モスクワに次ぐ、ロシア第二の都市。

 知樹の父親は海外に出張中と皆聞いていたので、ロシアに行くことの多い仕事だったのだろうと判断した。

 

 疑問を解消したところで、知樹は話を戻した。

 

「で、親父はちょくちょく偉い人に会ってたから、宿(ホテル)とかで待たされることも多かったんだ」

 

 そう聞くと、商談をまとめるため現地企業の重役と会合する敏腕ビジネスマンが想起される。

 

───そうか、マックを一人にしないために……

 

 両親の離婚を知っていた慶太は、父親の心情を読み取った。

 恐らく自立出来るようになった最近まで、長期休暇中等に寂しい思いをさせないように、無理をしてでも自分の仕事に同行させたのだ。

 

 自身にも父が男手一つで育ててくれた経験がある。

 そう考えるとなんというか、放っておけない。

 慶太は今までよりもさらに、知樹の境遇にシンパシーを感じた。

 

「で、待たされてる間はやれることもなくて、暇だからずっと地図見てたんだ」

「地図? なんでそんなことを?」

「親父から地図の読み方教えてもらってたから、練習ついでにピーテルの辺りを調べてたんだ」

 

 ペテルブルグとフィンランドの距離は、海を隔てているとはいえ首都モスクワよりも近い。

 陸の距離も高速列車があり、4時間ほどで到着する。

 そんなことを、地図とガイドブックで読み取っていたのだ。

 

「宿に着く前に港へ行っててさ。この水平線の向こうに、何があるんだろうなって思ってたんだ」

「ええ。見えるほどの距離じゃないけれど、コトカはピエタリの対岸にあるわ」

 

 これは、運命だ。

 ハンナは強く、この状況に感動していた。

 知樹以外の、誰にでもわかる恋慕の笑みで言う。

 

「なんだか、運命的じゃない?」

「うーん。そうかもな」

 

 暴漢から救ってくれた男と偶然再会。

 さらには昔、自分の故郷に想いを馳せていた。

 これを運命と呼ばずしてなんと呼ぶ。

 

 日本の様々な文化に憧れて、この国にやって来たのだ。

 漫画やアニメのような展開が現実になる。

 それは、望外の喜びだった。

 

 彼女の中で憧れが募っていく。

 この男となら、共に歩んでもいいかもしれない。

 そこまで考えていた。

 

「ねえ。マックってなにか趣味でもあるの?」

「……趣味か、考えたことなかったな。いつも鍛錬ばっかだったし」

「そのタンレンってのが、そうなんじゃないの?」

「でも趣味って、楽しむためのモンだろ? 俺のはもっと崇高な……使命なんだ。楽しむとか、そういうんじゃない」

 

 この男のことは何も知らない。

 しかしそれでも、あとあとわかっていけばいい。

 相手は人なのだから、話せばわかってくるはずだ。

 

「じゃあ、今度趣味を探しましょ! たまには楽しまないと!」

「考えとく」

 

 彼女の目の前に広がる運命には、底の見えない亀裂が走っているのにも気付かずに。




◆高まる期待、強まる想い、そして───
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