ショートメッセージの着信。
発信者は目前にいるはずの文華だった。
───あれ、何の用だろう。
訝しく思いながらも、慶太はSMSアプリを起動する。
『ふたり、楽しそうだね』
文面を見て、隣に座る知樹とその向かいのハンナに視線を巡らせる。
普段から内心を見せない彼は相変わらずだが、ハンナは付き合いが薄くてもわかるほどに楽しんでいた。
この空間を邪魔しないために、このような形で話し掛けたのだろう。
『そうだね』
気の利いた言葉は出せない。
最低限の相槌を送信し、顔を上げて件の二人を見る。
「ねぇマック。『真夏の夜の淫夢』って知ってる?」
「『真夏の夜の淫夢』ぅ?」
そっと視線を画面に戻した。
関与したら社会的な死を迎えること必定の話題である。
大半はシェークスピアか昔の歌の聞き間違いと判断し、聞き流したことだろう。
しかし今の言葉を聞いて店内の数名、主に若い男性がギョッとした顔で見ていた。
明らかに外国人な美少女がそう言っていては、聞き間違いより自身の正気を疑うのが正常な反応である。
───って、ハンナさんは何を聞いてるんだぁっ!?
まさか、彼女は淫夢が日本のトレンドだとでも考えているのだろうか。
普通ない。いや、しかしこの会話の流れはそうとしか考えられない。
「なにそれ」
「日本の映像作品から始まった文化で、今は中国や韓国でも広まってるのよ」
「ろくでもないのはわかった」
知樹はじと目で返した。さすがの分析力というもの。
慶太は感心した。彼の観点は別にあったのだが。
「ちょっと前に行った、フィンランドのイベントのプレゼンで知ったんだけど……」
───
ちょっとした歴史的現場に居合わせた人間だったとは。思わず慶太はたじろいだ。
それよりも、ろくでもないと言われて話題を継続する方もさすがである。
いや、実際ろくでもないコンテンツなのだから抵抗が少ないのだろうが。
少し挙動不審になっている慶太のスマホに、再びメッセージが届いた。
『止めたほうがいいかな?』
文華さんのおっしゃる通りである。
視線を上げて彼女と視線を交わすと、惜しい気持ちを抑えつつ慶太は口を開いた。
「えっとさ、そろそろ次行かないと」
「ん? あっ、ホントね!」
「次はどこ行くんだ?」
5分以内に平らげた紙箱をまとめつつ、知樹が言う。
ひとりでバーガー五個とフライドチキン二本食べておいて、まだまだ余裕そうだ。
「次は、腹ごなしだよ」
「……へぇ」
彼の瞳が怪しく光った。
◆ ◆ ◆
ノースランド。大きな商業施設に併設されることが多いアミューズメント施設である。
アミューズメントと一概に言っても、パチンコやボウリングだけではない。
今どき珍しい巨大なゲームセンターやカートレースなどが楽しめる場所である。
「なんか……目がチカチカするな」
入ってすぐのゲームコーナーが放つ光は、知樹からしてみれば彩度が高過ぎた。
強烈な音もひどい。航空機のエンジンほどではないが、彼が長居できる場所ではなかった。
「大丈夫、目的地はここじゃないから」
慶太の案内でエスカレーターを登ると、ゲートとカウンターのある空間に出た。
カウンターの看板にはアミュッチャの文字が見える。
「アミュッチャ、知らない?」
「知らない」
「簡単に言えば、色んなスポーツができる施設ね」
日本のことをフィンランド人から教授される謎の状況。
知樹はちょっとした敗北感を覚えたが、知らない以上は仕方がない。
「スポーツって?」
「そりゃあ……バスケットボールとか、サッカーとかあるじゃない?」
それならどこでも出来る。
と反射的に口が出そうになったが、少し考える。
クラブに入ればいい、グラウンドでやればいいという発想は学生にしか許されない。
社会人ともなればそういった活動の場は減る。
特定のクラブ等に入会しようにも手間、それなりの熱量を備えていなければ無駄だ。
場所を貸し切るにも、当然費用が馬鹿にならない。
カウンターの料金表を見れば、この場の需要を理解できた。
「なるほどなぁ。あくまで
「そういうこと。楽しそうじゃない?」
「たまにはありかな」
入場は予約済みなのでスムーズに終わった。
ゲートの先はフリーゲームのコーナーと、非常に目立つロデオ・マシーン。
暴れ狂う馬を模した乗り物にしがみつく遊びだが、そこには先客の集団がいた。
「ロデオは混んでるから、先に上行きましょ」
先頭のハンナに続いて、階段を登る。
続いて現れたのは、深緑のネットに仕切られた空間だった。
見慣れない空間に面食らった知樹だが、少し見回して意図を理解した。
ネットの中ではボール遊びやアーチェリーに興じている人々がいる。
これは無用なトラブルを避けるための措置なのだ。
「バスケ空いてる! ルールわかる?」
「舐めんなよ。授業でやってんだから」
入り口をくぐり、コートに入る。
バスケット・コートは一般的なフル・サイズのものではなく、ゴールが一つのハーフ・コート。
いわゆる、
人数は4人、綺麗に男女一組で割れる。
最初にボールを手にしたのは慶太だった。
「じゃ、ケーが先攻な」
「わかった。姉さんと組めばいいのかな」
知樹とハンナが配置につく間に、ボールがタンタンとリズムを刻む。
慶太はただ弾ませているわけではない。
突く手を変えたり、足の間を通したり。
様々な技を混ぜて感覚をスポーツ用に整えていた。
「うわ、ケーくんうまっ……」
「気をつけたほうがいいぜ。あいつ、バスケはかなり出来る」
普段と変わらない表情に、なんとも言えない凄味が混じる。
以前、慶太は才能がないと自称していた。
───あいつも、中々言うよなぁ。
少なくとも、彼の動きは才能のない人間のそれではなかった。
◆ケーの実力やいかに───?