TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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───慶太の言う通りだ。

 

 知樹は自身のスマホで圏外が表示された時、友人の言葉と自分の推測に誤りがないと悟った。

 間違いない、これは電波妨害が行われている。

 

───さて、ケーと文華先輩を追ってる奴らってのはどいつだ?

 

 既に陽は傾き、帰宅途中であろう人々が訝しげな表情でスマホを眺める中、ひとり怪しげな男の姿を認めた。

 

「くそっ、あのガキ……キンタマぶっ潰してやる」

 

 股間を抑えて公衆トイレの壁に寄りかかる男。

 彼の手にはスマホがあったが、違和感がある。

 

 操作していない。

 普通なら問題を解決するために色々試すはずが、呪詛を吐きながら画面を眺めるばかり。

 まるで、誰かからの連絡を待っているように。

 

───こいつか。

 

 知樹は一旦通り過ぎるとその背後に周り、耳のピアスに指を通した。

 

「がっ、いててっ?!」

「ちょっと来いよ。耳裂けるぞ」

 

 人体の脆い部分を、さらに脆く加工(・・)した箇所。

 トイレに入ると、知樹は一層強くピアスを引っ張って男を張り倒した。

 

「がああっ、裂いてるじゃねえかっ」

 

 男の血とスマホが宙を舞い、機器が知樹の手に落ちる。

 どうやら無意識のうちにスリープ状態にしたらしく、画面はパス入力のキーが表示されていた。

 画面の左上には、堂々と輝く電波マーク。正常に機能している証拠だ。

 

「よう。違ってたら悪いんだけど、人探してんだろ?」

「何なんだよ……おめぇも、雇われたのか?」

「その言葉、肯定と受け取るぜ」

 

 しまった。男は汚い手のひらで口を覆ったが、もう遅い。

 知樹の中で、彼の評価が定まった。

 

 リングを投げ捨てた大きな手が首の喉仏を握りしめた。

 脆い軟骨が軋み、痛みと圧迫感で絶叫する。

 

「がっ、あっああっ!」

「聞きたいことがあるんだ。素直に聞いたら、病院の世話にならずに済むぜ」

 

 上へ向かう圧力に屈し、知樹に促されるまま男は立ち上がる。

 

「雇い主は?」

「言えねぇっ」

 

 非協力的な態度を認めると、頭部がまるでボールのように振り回されて壁に激突した。

 頭部に対するショックで、失神する。

 彼が身を預ける事になったのは小便器の上だった。

 

 完全に無防備な後頭部に、拳が叩き付けられた。

 便器に亀裂が入り、汚水が床に滴る。

 

「あっ、がががっ」

 

 猫のように首根っこを掴まれ、今度は手洗いに放り投げられた。

 

 衝撃によって意識を失い、衝撃によって覚醒する。

 最低な眠りと最悪な目覚めの両方を味合わされた彼に、抵抗する気力はなかった。

 

「シャッキリしたか? 雇い主は?」

「知らねえよぉっ。テレグラムで言われた通りにしただけなんだよぉっ」

 

───唯一まともなメディアを汚しやがって。

 

 彼らは、いわゆる闇バイトだ。

 テレグラムが持つ高いプライバシー保護機能を悪用し、ろくでもない真似をする募集を受けたのだ。

 

「なあっ、もう十分だろう? 放してくれよぉっ」

「こいつは驚いた。ムシが人間様に指図するとはな」

「ちっ、ちがっ……!」

 

 相手を何の価値もないクズと見ていた知樹に、怒りが募った。

 

───他人の厚意と崇高な理念を汚し、三流未満のゴミのような犯罪をしやがって。

 

 再び襟を掴むと、後方に投げ飛ばす。

 今度は個室トイレの扉に激突し、蝶番が破壊された。

 

「うわっ」

 

 扉が崩れ落ちた個室にいた二人の男。

 声を潜めていた彼らは知樹が一瞥すると逃げ出した。

 

 今度こそ、密室にふたりきり。

 様々な汚れを持つ床を這う男に、知樹は彼が持っていたスマホを突き付けた。

 

「解除しろ」

「すっ、するよぉっ……許して……」

 

 解除キーを操作する指の動きからパスを分析する。

 

───01-10-24。誕生日か、馬鹿が。

 

 男の指が止まったのを確認し、画面を見る。

 表示されているテレグラムの部屋(・・)には、明らかな捨てアカウントばかりが参加していた。

 そこで彼らが情報交換している。

 

『公園見たか?』

『キンタマがずっといる』

『いねぇのかよ警察来るぞ』

 

 どうやらまだ二人を見つけていないらしい。

 ここは偽情報を流して時間を稼ぐか、(ワナ)に誘い出して全員叩きのめすか───

 

 僅かな逡巡の最中、書き込みが現れた。

 

『未猿自動車って工場にいた』

 

 慶太が知らせた隠れ家だ。

 見つかってしまったのならば、誘い出すことはできない。

 偽情報も危険だ。混乱した素人のチンピラは撤退を選択しないどころか、極端な選択肢を選びかねない。

 

「しょうがねぇな」

 

 恐らく意味はないが、部屋の主へ視線をやる。

 数字の羅列、どう見ても使い捨てのアカウントだ。

 これでもう用は済んだ。スマホをポケットに収める。

 

「わあああっ!」

 

 背後の気配に振り返りもせず、蹴りを喰らわせる。

 鋭利な金属の塊が床を転がった。

 

「ちっ、往生際の悪い(クズ)め」

 

 苛立ち半分にナイフを握りしめると、男から小さな悲鳴が漏れる。

 しかし彼の想像とは裏腹に、知樹は反対の手で刃を握りしめた。

 

「こんなオモチャで俺を殺せると思うな」

 

 パキリ。まるで板チョコを割るかのように、ナイフが二つに折れた。

 知樹の手から滑り落ちた刃と柄が床に撒き散らされた白濁液に落ちる。

 その後、猛烈な勢いの靴底が男の顔面を襲った。




◆弱き者から狩る───
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