「罪を認めた方がいい」
取調室にやって来た刑事は、ため息まじりに言った。
「何の罪?」
「暴行・傷害・器物損壊……」
「ああ、あいつら死んでなかったんすね」
パトカーでの証言を受けて、警察は公園のトイレと廃工場を調査した。
素手とはいえ、徹底的に痛めつけられた彼らを見て
───幕内知樹は何かを隠している。それも恐らく、単独ではない。
被疑者のグループは7名、いずれもテレグラムの闇バイトで集められたチンピラ達。
結束のない集団とはいえ、武器ほぼなし単独で制圧できる規模ではない。
きっと、仲間を連れていた。
この事件を半グレグループの抗争と判断したのだ。
「仲間は?」
「俺、群れるのは趣味じゃないんすよね。少なくとも、低脳とは」
「ひとりであの数を相手に出来るわけがない。車だって、器用に操縦出来るとは思えない」
「
彼らは県警捜査一課の刑事だ。警察の中でもエリートに類される人々である。
警らの
もちろんこれは、
「おちょくるのも大概にしろ。なぜ警察の到着を待たなかった?」
挑発に乗った刑事が顔をずいと寄せる。
しかし、問い自体は正当だ。
事故や紛争などに対応するのは、警察の役目。
極論、民間人の対処は最低限のもの以外は法的には犯罪になりうるのだ。
一般論としても、この場合警察の対応を待つものだ。
知樹が出した答えは、義憤だった。
「なら答えろ。お前達を待っていたら、俺の友達はどうなってた? ボコられて、誘拐されて……そうなってもいいってわけか?」
「確かに、君の友達については痛ましい思いだ。だが、危険なはずだ」
「んなもん承知の上だ! でもあいつらは何も出来ないし、何もしてないのに、いいようにやられてた! 待ってられるかよ!」
「落ち着いて、気持ちはわかる。ただな……」
その熱意は本物だ。刑事達は本能で察した。
彼の根底にあるのは、純粋な正義感だ。
警察の中にも、その思いを胸に門を叩いた経験を持つ者は少なくない。
だからこそ、理解できた。
「でも、なんだよ……奴らの行動を肯定するのか?」
「そうじゃない。ただ法的に……」
「ダーク・ステートに対抗するには、法とか言ってられねえだろ!」
一瞬、取調室が静まり返った。
こういうことを言い出す人間は初めてではない。
しかし、幕内知樹からはそういった
無臭の陰謀論者。初めてのタイプだった。
「ぅぇ」
書記担当の刑事が小さく呻きを漏らした。
これは、面倒になるぞ。
聴取担当も渋顔を浮かべて対応を頭で切り替え始めた。
「えーと、な」
精神鑑定が必要だろうか。
そうなると全ての証言を洗い直す必要が出てきて───
対応に苦慮していると、救いのノックが扉から聞こえてきた。
重い扉が開かれると、メガネのパッとしない男。
刑事にしては見覚えがないが、彼の背後にいる上司が関係者であると示していた。
「代わります」
「え? でも……」
上司の表情を伺う。
そこには『言う通りにしろ』と書かれていた。
聴取担当と書記担当は顔を見合わせると、撤収を始めた。
竹馬仁。相変わらずのダサメガネ男は感情の読めない笑みを浮かべた。
「や、どうも」
「うす」
着席して早々、彼はスマホを机に置き、続いて書類に目を通し始める。
「まぁまぁまぁ、久々に暴れましたね」
「正義のためです」
「えぇ、えぇ。でしょうね」
知樹は今の名北学園入学以前から、それなりにガラの悪い輩相手に戦ってきた。
その度に一切の痕跡や記録を残すことなく完遂してきた。
しかし、相手は公安。
───ちぇっ、お見通しってわけか。
久々に暴れたことを知っているのなら、以前から暴れている事をご存知というわけである。
警察から早朝訪問を受けていない現状、罪に問うつもりはない様子だが。
「そういえば、菅原さん達の現状について伺いましたか?」
「答えてくれなかったんすよ。俺が見た時は命に障らないなって思ったんすけど」
「文華さんはもう退院なさってますが、慶太くんは肋骨を一本やられてましたね。肺は無事です」
知樹は唇を噛んだ。
もっと早く到着出来ていれば。依頼人さえ知ることが出来れば。
偽りなく、友人の負傷に心を痛めていた。
「名気屋北病院で現在入院中です。もう出られるので、行ってあげてください」
「あれ、いいんすか?」
「何か問題でも?」
流石の知樹も、今回はまずいと思っていた。
過剰防衛を余裕ですっ飛ばして、何らかの罪で最低書類送検は覚悟していた。
だというのに、彼の口ぶりは無罪放免みたいではないか。
「いや、流石に留置所にぶち込まれるかな〜って、思ってたんすけど」
「そうでしょうね、普通なら」
「だったら……」
「あなたは
それは、父以外に言われたことのない言葉だった。
幕内知樹は特別な血を引く、優秀な人間。
周囲の人間が許さずとも、許されるべき存在だ。
彼は、そう言って聞かされてきた。
「うす」
不気味さは感じていた。この男はどこまで知っているのか、という疑問も浮かんだ。
しかし、気付けば後ろめたい理性は霧散した。
もう出られる、もう行ける。次に移行しよう。
そんな命令だけが、脳内を支配していた。
退室する知樹を見送ると、仁は卓上のスマホを拾い上げる。
「怖いですねぇ。読み通りでしたよ」
彼の言葉に反応して、スマホの通話画面が表示される。
「あれは条件付けです。多分、深く考えないようにするやつじゃないでしょうか」
通話相手は言葉を発さず、仁の言葉を待った。
「えーと、これで3つめでしたっけ。ところで、いきなり暴れ出すようなものに当たった時、労災とか降りるんですか?」
「ありがとう、もう戻っていいよ。戻ったら東川郷の案件お願い」
私語への移行を認めたのか、手短な感謝の言葉を告げて相手は通話を打ち切った。
「いやぁ、休む暇がない」
独り言を呟くと、音もなくその場から姿を消した。
◆条件付けとは一体───!?