TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年5月17日

 

 大きな公園近くの病院、そこの一人部屋。

 知樹は案内した看護師に一礼すると、病室の戸を叩いた。

 すると、内部の気配が静まり返った。

 

「うーす、俺だ」

「マックか。入って」

 

 人の気配に怯えるのも当然だ。あれほどの複数人に狙われ、襲われたのだから。

 知樹が戸を開くと、ベッドで上体を起こした慶太と通学鞄だけの文華がいた。

 

「ども、文華先輩。怪我とか、大丈夫でした?」

「私は平気。でもケーくんが……」

 

 肋骨の骨折に、複数箇所の内出血。

 退院は近いにしても、その姿は痛ましい。

 

「俺が、もっと近くにいれば……」

「それは仕方がないよ。あんなの、誰にだって予測出来るわけない」

「……ああ」

 

 致命的な結果は免れた。しかし、もっと何か出来たのではないか?

 慶太の言葉を受けても、知樹が覚えた無力感は癒えなかった。

 

「一応聞くけど、心当たりは?」

「あれ、多分狙ったのは僕じゃない。姉さんだよ」

「先輩が?」

 

 思わぬ回答に、文華へ視線がいった。

 普通、男子よりも女子と考えるものだが、知樹は女が狙われる理由をろくに知らない。

 力がないから狙われたのだろうか? そんなことを考えていた。

 

「えっと……警察の人にも話したんだけど。あの人達、真っ先に私の腕を掴んだの」

「どうして?」

「わかったら、苦労しないよ」

 

 ごもっともな話である。

 警察も被疑者から聴取を行なっていたが、結局彼らが雇われで狙いも文華以上の詳細はわかっていなかった。

 

 アフターサポートも、近年の人手不足のせいで一般人にまで人員を回せない。

 せいぜい、慶太と文華が住む家の周辺で巡回を強化するぐらいなものだ。

 

 これでは安全が確保出来ていないため、学園への登下校は彼女の父親が用意した車で行なっている。

 

───そういや、下に妙な車いたな。

 

 文華の安全はある程度確保されている。

 ただ、根本を除去出来たわけではない。

 それでは、知樹の過激な正義感が満足しない。

 

「加賀津谷じゃないか?」

「……え?」

 

 知樹の突拍子もない発言に、二人は凍りついた。

 加賀津谷小作。銀城女学園の楽器を調律する加賀津谷楽器の社長。

 そして、以前文華に不穏な近づき方をした男。

 

「先輩が口車に乗らなかったから、今度は強引な手段に出たんじゃねーの」

「それは……あり得ない」

 

 文華は動揺しつつも、否定した。

 あの時は確かに恐れを感じた。タイミングもいい。見た目もやりそう。

 しかしあまりにも無根拠が過ぎる。

 

他人(ひと)をそんな気軽に犯罪者扱いしちゃ、だめでしょ」

「じゃあ、他に心当たりあるんすか?」

「あるわけないじゃない……」

 

 あなたじゃないんだから。

 その一言が溢れそうになった。

 嫌な雰囲気を察知して、慶太が口を挟む。

 

「ほらっ、あれじゃないかな! 最近若い女性が失踪するっていう……」

「ニュースになってたけど、それってすぐ見つかってるって話じゃなかった?」

 

 日本でも行方不明者は少なかず存在する。

 小張県でもここ数ヶ月、女性の行方不明者続出が話題となっていた。

 

 しかしこれは単なる家出の延長だった。

 実際にはただ単に見つかってから捜索願の取り下げを忘れていただけ、というオチがついている。

 

「とにかく、加賀津谷さんは無関係。あんまり、いい感じがしない人だけど……」

「……うす」

 

 不服そうな知樹に少しだけ苛立ったが、行方不明で思い出した。

 

「そういえば幕内くん。ハンナを家まで送ってくれたの?」

「いえ。途中でケーの連絡が来たんで……何かあったんすか?」

 

 今日、学園に来ていない。

 さらに言うなら、連絡しても反応がない。

 

 しかし、それを言ってどうなる?

 今の知樹の様子だと、加賀津谷を犯人扱いして無茶をしかねない。

 いい人なのだが、間違いなく暴走する。それは確信できた。

 

 文華は心の底にある不安を抑えつつ、首を振った。

 

「ううん。昨日、何があったか教えてくれなかったから……」

「ふーん」

 

 疑うように鼻を鳴らす。

 文華の表情を一瞥すると、知樹はスマホを取り出し、何事か入力を始めた。

 

 少し間をおいて、口を開く。

 

「ハンナ、学園に来てないんすか?」

「……なんでわかるの?」

「あいつ、放課後ならメッセ送っても即読むのに、全然返ってこないどころか、既読もつきません」

 

 バレた。それも、かなり最悪な形で。

 誤魔化しても妙な返答をしてしまった以上、確実に止まってもらえない。

 軽く深呼吸し、説得を試みる。

 

「ごめんね、今嘘を吐いちゃった。ハンナ、今日は学園に来てないの」

「なんでそんな……」

「だって幕内くん、加賀津谷さんのところへ行くつもりでしょ」

 

 図星だった。

 どうせ加賀津谷(DS)のデブが裏で手を引いているのだから、以前調べた会社のビルで闇討ちして吐かせればいい。

 止められなければ、その程度の根拠で実行していたところだった。

 

「病気とか、スマホが壊れたとかあるでしょう? ……理由としては変だけど。でも、悪いことは重なるものだよ」

「……そうっすね、その通りだ。なら、ハンナの家行ってきます」

 

 この程度なら許容範囲内だ。

 しかし、一つだけ問題があった。

 

「幕内くん、場所わかる?」

「……」

 

 背を向けた知樹が硬直した。

 最寄り駅までは聞いていたが、細かい住所は聞いていなかった。

 

「今、ショートメッセージで送ったから。それとこれ、合鍵。もしいなかったら、様子を見てあげて」

 

 文華が手渡した鍵にはタグがあった。

 

『好きに使ってね♡』

 

 他人が、ましてや自身の安否確認に使うことになるとは、彼女も思わなかったことだろう。

 

「……うす。ありがとうございます」

「私も行きたいけど、下手に寄り道が出来ないから」

 

 文華は誰から狙われているのかすら定かではない状況だ。

 そんな状況下では外出を控えるのは当然。

 この辺りの判断ならば知樹は鋭い。

 

「それがいいと思います。わかったら、連絡するんで。失礼します!」

 

 知樹が今度こそ駆け出した。

 

「院内では走らないでくださいっ」

「うっす、失礼しましたっ」

 

 看護師から注意を受けて早足に移る知樹を見守ると、文華は慶太に視線を向け直した。

 

「まったく、嵐みたいなやつだなぁ」

()なのにね」

「ははっ。そうだね」

 

 なぜ警察に拘束されていないのか不思議になる男だ。

 昨日の事といい、恐ろしく頼りになる。

 しかし同時に、恐ろしく危うい人間だ。

 

「ねぇ、ケーくん。ダークステートって聞いたことある?」

 

 だからこそ、確かめたかった。

 

「えっ。どうしたの急に?」

「ううん。ちょっと学園で聞こえてきたから」

 

 慶太がギョッとするのも無理はない。

 アメリカをはじめとして、世界中で話題になっている架空の組織(・・・・・)なのだから。

 それはもちろん、日本も例外ではない。

 

「本気で言ってる人がいたら、あんまり関わらない方がいい。一種の陰謀論で、なんというか……関わるとろくな事にならないから」

「やっぱり、そういうのだよね」

 

 そこまで言って、慶太が関わりを断たないのなら。

 ならば、あの昨日の発言は彼なりのユーモアか何かなのだろう。

 

 そこは安心できた。

 しかし───

 

「ハンナ……」

 

 北欧から来た親友の安否を、彼女はただ案ずるしかなかった。




◆果たして、その願いは届くのか───?
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