TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

36 / 214
34

 住宅街の中にある、3階建てのワンルーム・アパート。

 出入り口にはオートロックの門があり、インターホンか鍵を使わなければ中に入れない仕組みになっている。

 

 文華が送信した部屋番号を入力し、反応を待つ。

 返答は、ぷつんという通信が切断された音ばかり。

 一般的に、この状態は留守と判断するべきだった。

 

 学園を無断欠席し、家にもいない。

 遠い北欧の地からきた留学生が?

 誘拐されかけた直後に?

 事情が重なれば、単なる留守とは考え難い話だ。

 

 文華からもらった鍵の出番だ。

 オートロックを解除し、階段で305号室へ。

 

 ノックノック。

 

「ハンナ? 俺、幕内だけど……」

 

 玄関から声を掛けても反応はない。

 なら、緊急事態だ。

 鍵を回し、秘められた空間へ。

 

 ふんわりと漂う、あの日嗅いだ匂い。

 平時の脳内なら動じていたところだが、頭を切り替えている知樹は動じない。

 靴を脱ぐとずんずん奥へ進んでいく。

 

 脱衣所、そして風呂場。

 洗濯機の中には服や下着が放り込まれたまま。

 

 風呂場に入ってみれば、ひと昔前の給湯システム。

 タイルに浮かんだ黒いカビがその年期を伺わせた。

 湯船の蓋を外してみると、冷め切った水が張られている。

 ここにハンナの姿はない。

 

 部屋の方では、さらに生活感の強い風景が広がっていた。

 ベッドに散らばったパジャマに、化粧品。

 

 ダイニングのカウンターには冷えたトーストが一枚。

 寝坊して、食べる暇がないと慌てたのだろう。

 

 カウンターの裏にあるキッチンへ。

 目についたのは、緑のランプがついた炊飯器。

 

「あいつ、米炊いてんだな。フィンランド人なのに……」

 

 緑の光は保温モードの表示だ。ディスプレイには20hとあった。

 素直に判断すれば20時間前に炊き上がる設定で、この時間まで放置されていたということになる。

 

 ここまで調べても、ハンナの姿はない。

 

───やっぱこれって……

 

 “突然失踪した人間の部屋”。そう評するほかなかった。

 

「くそっ。DSめ……」

 

 完全に糸は途切れた。

 答えがなければ、手掛かりもない。

 

 しかし───

 手掛かりの心当たりはあった。

 

「やるか。まだあるかな……?」

 

 305号室から出ると、足早に階段を下る。

 すると、気配。

 単なる一般人の気配ならば、警戒するまでもない。

 

───男二人組で……軍人。

 

 無意識に歩調を合わせ、澱みない足取り。

 これは軍人、即ち自衛官のものであると知樹は判断した。

 

 階段を下りきると、オートロックの門の向こうに気配の持ち主達を認めた。

 無個性なリクルートスーツ姿。しかし、着方にその個性が表れていた。

 大きい方は行き過ぎなほど(・・・・・・・)完璧に着こなし、小さい方───それでも知樹と同じぐらいある───は軽く着崩していた。

 

 少なくとも、営業マンはもっとよれた服を着やすいように緩く着る。

 彼らの着こなしでは、新卒の入社試験かクラブの軟弱者だ。

 

───腐敗違憲軍は変装も三流だな。

 

 関わる気はない。自分は住民だと言わんばかりに一瞥すると、その横を足早に通り過ぎる。

 

「ちょっといいかい」

 

 二人組の小さい方が尋ねた。

 無視して走ってもよかったが、騒ぎを大きくしたくない。

 わざとらしく、億劫そうに問い返した。

 

「なんすか?」

「ここの住民で、ハンナマリ・ヒルヴィサロって子を探してる。見なかった?」

 

 その名前が出て来る可能性は覚悟していた。

 しかし奇妙な話だ。なぜ自衛官がハンナを探すのか。

 

───軍人もどきが警官の真似事? 胡散臭ぇ。

 

 彼らは信用出来なかった。

 DSの仲間として排除してもよかったが、相手が複数なのは分が悪い。

 適当にあしらう事にした。

 

「ここに住んでんの、友達なんで」

「ああそっか。悪かったね、引き止めて」

 

 今度こそ、この場を離れる。

 競歩のような速さで歩みを進め、角を曲がる。

 気配は、ない。

 

「ちっ、ダーク・ステートに違憲軍まで……」

 

 突如として現れた世界の闇に苛立ちつつも、知樹は秘策(・・)を目指し進み始めた。




◆秘策とは───?!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。