TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年5月18日 02:27

日本 小張県名気屋市北区 加賀津谷楽器前

所属 なし

幕内知樹 単独

 

 茶色をしたビルから一筋の光が漏れた。

 やや間をおくと、静かにシャッターが開く。

 

 照明を照らした黒塗りの車、コロモのクラウン。

 人目を忍ぶようにゆっくりとガレージを出る。

 

 停車した車から出て来たのは肌着シャツとスウェット。俺は寝起きだと言わんばかりの男。

 車に不釣り合いなその格好は、日中であればさぞ目立った事だろう。

 しかし今は丑三つ時。人の目は極めて少ない。

 

 ガレージのシャッターを閉ざすと、足早に運転席に駆け込む。

 シートベルトを引き出し、固定する。

 

「歩行者に注意してください」

「えっ」

 

 車の警報装置が、彼に正面を向かせた。

 視界に飛び込んで来たのは、黒茶色の靴底。

 速度と質量を伴った一撃はフロントガラスを砕く。

 

「うっ、うわあああああっ」

「よう、お前だれ」

 

 ドロップ・キックで正面のガラスを粉砕してみせた張本人は大きな残骸を正面の穴から放り出すと、助手席に座ってみせた。

 その顔は、人とは思えないガイコツのような何か。

 気付けば男の首筋には光沢を消された刃物があった。

 

「おっ、俺はここの従業員でっ……社長に車を持ってくるようにっ……」

「ほーん、なるほどな」

 

 状況は読めた。

 加賀津谷小作ではない何者かが車を持ち出して、何事かと思えば。

 部下を使って車を配送させようとしたらしい。

 

「くっ、車! これあげるから、助けてっ」

「こんなもんいらねぇよ。それよりも、連れてってよ。そこへ」

「は……? えっ……?」

「返事は?」

「よっ、喜んでっ」

 

 この従業員は間違いなく被害者だ。

 上司の命令に従っただけで、こんな目に遭う謂れはない。

 

 しかし、知樹にとっては推定DS構成員である。

 従業員のスマホを取り上げると、地図アプリが起動していた。

 

「どこ向かってんだ?」

「えっと、社長がよく行くラブホ……」

「ラブホ?」

「ラブ、ホテルぅ」

「……ああ、なるほどね」

 

 アプリの住所は北隣の、知樹が住んでいる春日谷市にあった。

 国道を北上し、春日谷市北部の丘陵地帯へ。

 

◆ ◆ ◆

 

 小張県と永葉(ながは)県を繋ぐ国道91号線。

 そこから少し離れたところにある、川沿いのビル。

 知樹は駐車場の出入り口がよく見える路肩に車を寄せるよう指示した。

 

 三階建てのホテルは絵に描いた西洋の城の如く煌びやかな装飾が施され、このひと気の少ない土地で強い存在感を放っていた。

 しかしその一方で、敷地全てが塀で隠すように覆われている。

 

───なんだこのホテル。後ろ暗い要人用の隠れ家か?

 

 知樹の目には異様な施設に映った。

 

「ここに加賀津谷がいるんだな?」

「そうっ、そうだって。307号室」

 

 鼻を鳴らすと、ベルトに留めた結束バンドを引き抜いた。

 

「手、出して」

 

 男は訳もわからず差し出すと、両手をハンドルに通し、バンドで結びつけた。

 

「はっ、なにっ?」

「一応ここにいろ」

「なんでぇっ!」

 

 喚き声を横目に車のキーを引き抜くと、ポケットに収める。

 無力化(・・・)してもよかったが、まだ使い道はあった。

 

 暗がり伝いにホテルの外周をぐるっと回る。

 やはり、人目を隠すように塀で覆われている。

 

 壁自体は大した強度を持たないが、目隠しや侵入防止には大いに役立つ。

 破砕する手段が限られる日本では心強い存在に違いない。

 

「やっぱり、(クズ)が使うろくでもない場所だ」

 

 幸いにも有刺鉄線の類はない。

 装飾を利用して、4メートルほどの壁を乗り越える。

 予測が正しければ、そこは駐車場のはずだった。

 

 塀の外は明るく、一方で内側は薄暗い。

 その設計の意図は理解に苦しんだが、知樹にとっては好都合だった。

 

 駐車場の気配に注意を払いつつ、自動ドアに目を凝らす。

 スモークが貼られた黒いドアの先に、目立つ光源が一つ。

 

 壁の穴、いや窓口のようなもの。

 それにしては位置が低い。これでは互いの顔が見えないではないか。

 

 そんなことはどうでもいい。

 肝心なのは、その先にいる人間が邪魔をするのではないかという懸念だ。

 

 このような施設なのだから、警報ひとつで出入り口や階段が封鎖されかねない。

 もちろん、単なるラブ・ホテルにそんな警備システムがあるはずもないが、知樹は真剣だ。

 故に、対抗策を考えていた。

 

「トロくせぇ、いい加減気付けよ……」

 

 痺れを切らし始めたところで、聞こえてきた。

 

 プーッ! プップップッ!

 車のクラクション。音源は駐車場の外、具体的には道路の向かい。

 ハンドルと抱き合っている男が、助けを求める手段に気付いたのだ。

 

 ここは宿泊施設で、時刻は午前3時になろうとしている。

 施設の人間がこの騒音公害の元凶に対処しようと考えるのは当然だ。

 

「あーっ、くそっ!」

 

 内部から人の叫び、慌ただしく駆ける気配。

 そっと駐車場の暗がりに身を隠す。

 

 苛立ちを隠さない従業員の顔を見て、知樹は計画の成功を確信した。




◆この少年にとって、全てが武器になる───
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