ポケットを空にすると、知樹は木の上からヤードのフェンスを超えた。
壁の内側では複数の光源が動き回り、何かを探している。
当然、光源とは
何かとは、この場にいない
知樹が道路で細工をする最中、兄妹の片割れがヤードへ入って行くのが見えた。
車に残っている方が手薄に思えるが、そうでもない。
孤立した方を狙うのは定石だが、それは向こうも承知のはず。
何かあれば即座に飛んでくる。定時連絡でもしていることだろう。
結果的に、守りは固いはず。
それに車を襲うのに刃物が一つというのも心許ない。
窓をぶち割ることはできるが、強化ガラスの可能性を考慮するとそれも厳しくなる。
ならば、ヤードで散った敵から消していった方が安全かつ確実だ。
どのみち、車でこの場を離れることはできないのだから。
「倉庫、倉庫を探せっ」
覇気のない指示が聞こえる。
倉庫とは、ちょうど知樹が身を隠している建築物だ。
トタンで出来た簡素な建物で、溶接などに使われている。
事務所以外で屋根と壁があるのはここだけ。
捜索されることはほぼ確信していた。
即ち、招かれざる客を出迎える準備は万端だ。
◆ ◆ ◆
「なっ、なんだあっ」
倉庫を捜索に来た彼ら5人が目にしたのは、床中に散らばる紙だった。
事務所で使われていた白紙で、中には使用した痕跡のある書類もある。
「探さなきゃ……気持ちよくなれない……」
虚な目をした男達は即座に目的へと意識を向ける。
目的。菅原文華という少女。
そんな少女が入りそうな、布で覆われた何かが部屋のど真ん中に鎮座していたのだ。
あれは檻かもしれない。
あそこに、気持ちよくなるための
男達が紙の海へ足を踏み入れる。
一歩、また一歩。
「?! あうっ!」
その時、先頭の男が紙で足を滑らした。
大きな音を立てて顔面を床に打ち付ける。
偶然引き金に指を掛けていなかったのは幸いだった。
「うっ、うあああっ……」
「どうしたぁ?」
「
変化は紙の海原にも現れた。
純白の用紙が朱に染まり、拡がっていく。
「うわっ」
「
ズボラな人間ならわかるだろう。紙の上を歩くと滑り、転ぶ。
そして紙の下に鋭利なものがあったら? 酷いことになる。
溶接器具とスクラップで作った
彼は幸か不幸か、頬にそれを受けてしまったのだ。
「とにかく、立てるか?」
「ううっ、足にも……」
人体とは痛みに脆いものである。
数ミリの穴を穿たれただけで、戦闘どころか日常生活すら危うくなる。
兄妹の洗脳には、この弱点を克服させるほどの力はなかった。
倒れ込んだ男は震えて助けを求めるばかり。
これでは自力で立つのは難しいに違いない。
未だ撒菱の存在に気づかない彼らは、不用意にもトラップ・ゾーンに踏み込んだ。
ビシッ。不幸な男が足を貫かれた。
助け起こすために小銃を置いたのが幸いして、暴発はなかった。
「がああっ!?」
撒菱は主に4本の釘やカットした中空パイプを溶接している。
3本の足で直立させ、残る1本は真上を向くように。
こうすれば、間違いなく上を通った足やタイヤを貫く。
「なんだこれっ、釘かっ?!」
「撒菱だっ、性格悪ぃっ!」
彼らは確信した。これは罠で、自分達は誘い込まれたのだと。
改めて、自分達が渡らなければならない道程を睨む。
散らばった紙に、よく見れば浮かぶ突起。
───ああ、これが乳首だったら……
馬鹿な妄想である。
しかし、状況は物思いに耽る時間を許さない。
男は目前で横たわる紙を丁寧に除去し始めた。
すると気付いた。残っている二人が手伝わない。
「おいっ、早く手伝え」
その言葉は顎を抑える腕によって遮られた。
一体何が。そんな思考を働かせる頃には腰に熱。
続いて未だかつて経験していない激痛が襲った。
腎臓に対する二度の刺突、気管と頸動脈の貫通。
強烈な三度の突きによって、彼の体は致命的な傷を負った。
死の間際。
痛みで叫びたいのに、体が動かない。
恐怖すら、闇へ溶けていく。
彼の見た最期の光景は、倒れ伏す2人の仲間。
そして、次の獲物を見下ろす死神だった。
残り11人。
◆音もなく迫り来る死───