TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年5月29日18:54 永葉県大桑村大桑研修センター

 

 ゾッとするような暗闇と静寂。

 そこに、息を潜めた嗚咽が混じる。

 

 駐車場に停車したドイツ製セダン。

 ここだけが、4人に残された最後の安全地帯だった。

 

 警察官、栄輔から託された計画。

 それは彼が囮となって暴徒を可能な限り校舎へ誘導する。

 あとは、緩むであろう包囲網を車で突破する。

 

 一筋の希望しかない、無謀な作戦。

 そんな無謀な作戦でも、不安定な拮抗が破綻した現状では唯一の希望だった。

 

「も、もういいかなっ……」

 

 シフトレバーに覆い被さる形の獄介が、上体を起こして周囲を見渡した。

 先ほどまで殺到していた暴徒達の姿はない。

 恐らく、栄輔を追って校舎に向かったのだろう。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 弥生の言葉に頷こうとしたその時、振動を感じた。

 咄嗟に全員が伏せた。

 

 歩くような振動。

 太った人間が発するそれとは、レベルが違う。

 その正体は、この場にいる全員が知っていた。

 

 恐る恐る、獄介は覗いた。

 ひと目で明らかな、その人間離れした風貌の巨人。

 自らを中級魔将軍デミノと称した異形の存在だ。

 

 デミノは立ち止まると、辺りを見渡し始めた。

 やがてその一つ目は、瑩達が隠れる車に向けられた。

 

 どしん、どしんと足音が響く。

 その気配が徐々に接近しつつあるのには、誰もが気付いていた。

 

 振動が最高潮に達すると、車内に影が差す。

 春香の嗚咽が最高潮に達した。

 もはや、この車が持つ遮音性に祈るしかない。

 

「なんだぁ、これは? ここにいるのかぁ?」

「ヒィっ」

 

 どんっ。何かが、恐らくデミノがルーフをつついた。

 死んだように静まり返り、怯える生者の如く震えるしかなかった。

 

「そんなわけないかぁ」

 

 その存在から漏れたひとことに、一同は内心で安堵した。

 もちろん、そんな甘い話はない。

 

「なぁーんてなぁー!」

 

 後部のガラスが砕けると共に、大きな指が飛び込んできた。

 すると、車体がメリメリと音を立てる。

 セダンのルーフは瞬く間に剥がされ、オープンカーと化した。

 

「あ、ひっ……」

 

 春香の股座から生暖かい液体が漏れた。

 単なる金属片となったルーフを放り投げると、デミノが車内を覗き込んだ。

 

「やはりいたな、下等生物」

「どうかっ、どうか生徒だけは……っ!」

 

 ふたりの生徒を庇いながら、弥生が叫ぶ。

 もはや、相手の温情を請い祈るしかない。

 

 それが期待出来ない相手だと知っていたとしても。

 

「もちろん。お前も、生徒も。等しく俺の子を産む義務がある」

「だ、だからぁっ……」

 

 抗議の言葉を発する前に、弥生の顎が抑えられた。

 たった2本の指に。

 

「お前に言葉を発する権利はない」

 

 ぐきり。デミノは親指をわずかに曲げた。

 それだけで、彼女の顎が文字通り外れた。

 

「が、あがああっ……」

「先生ぇっ……!」

「立場を弁えろ、下等生物」

 

 未経験の激痛に、メガネが落ちるのにも構わずうめいた。

 混乱の極みに達した春香は、なんとか弥生の顎を戻そうとし始めた。

 その背を巨大な手が覆った。

 

「ひぃっ、やだぁっ!」

「お前は……そうだな。最初に孕ませてやるとしよう。もしかしたら、股がふたつに裂けるかもなぁー!」

 

 このまま、春香が摘み上げられる。

 誰もが思ったその時、青い光が車内の一角で迸った。

 

「ッ?!」

 

 デミノからすれば、そのひと突きは縫い針の先端が食い込んだようなもの。

 圧倒的な体積を前にしては布裁ち(はさみ)程度、脅威でもなんでもない。

 

 しかし、鋏がまとう青い光がその傷を致命的なものへと変貌させるのだ。

 

「……ッ! こいつはッ!」

 

 飛び退いて傷を確かめると、光が彼の手を侵食していた。

 このままでは、全身が光に焼かれてしまう!

 

「チィっ!」

 

 驚きながらも、対処は冷静だった。

 腰に差した大剣を抜くと、アスファルトに突き立てる。

 そして手首の辺りまで広がる光ごと、切り落とす。

 

「ぬがあああっ!」

 

 身体から離れた手首は輪郭を失い、その後に残されたのは血一つついていない鋏だけだった。

 

「その力……裁定者のぉッ……!」

 

 光る一つ目が双眸を睨んだ。

 視界には入っていた。単なる人間の少女に違いなく、改めて見直しても見解に相違はない。

 それが、異能の力を用いる。

 

 心当たりはあった。

 まさか、こんな場所で遭遇するとは思いもよらなかったが。

 

「くくっ、ガハハハハ!」

 

 もしあの一撃が大きな武器で行われたのなら。

 それは間違いなく不幸で、デミノは塵となって消えていただろう。

 

 しかし、彼は消えていない。

 その時点で、僥倖となったのだ。

 

「裏切りの裁定者! その血を引く者が、こんなところに!」

 

 異能以外は人間と大差ないのなら、もはや危険はない。

 脅威を見る目が、獲物を見る目に変貌した。

 

「近寄るなッ! お前も塵に変えられたいか?」

「強がるな、混血の下等生物。お前が持つ“裁定者の光”、その恐ろしさはよく知っている」

 

 先ほどまで見せた怯えは、苛立ちと報復心にすりかわった。

 瑩が見せる虚勢は足止めにもならない。

 

「武器がなければ。お前は良質な孕み袋に過ぎん」

 

 ぬっ。暗がりから姿を見せたのは暴徒達。

 このデミノという異形。万が一の懐刀に備えて、子飼の手下を使ったのだ。

 

「くっ……!」

 

 鋭い拳が暴徒の顎に入るが、効果は限定的。

 ひとり怯ませても、次から次へと腕が伸びる。

 

「いやあああっ!」

「春香っ! 放せぇっ!」

 

 武器がなければ、力を込められる姿勢でもない。

 数的不利にを前に、車内にいた人々が暴徒達に抱えられていく。

 

「ぐふふふふっ、ガーハハハハッ!」

 

 一つ目の巨人は一才の躊躇なく、勝利と歓喜を口に出した。

 

「遂に俺の血統に、裁定者が入る!」

 

 鬼武瑩に、破滅の刻が迫っていた。




◆この状況、打開できるのか?!
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