TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年5月29日10:34 永葉県大桑村城下中心地

 

 唸るエンジン、土を巻き上げるタイヤ。

 木製の古い電信柱が白い車体の軽トラックに引きずられていく。

 

 軽トラックと電信柱を鎖で接続し、無理やり引き倒したのだ。

 村人がその光景を囲んで喜び合う。

 やがて電線が限界まで引き伸ばされ、破断した。

 

「くそっ、あいつらっ!」

 

 この線には電力の他に、電話も含まれている。

 これで、外部との通信が絶たれたわけだ。

 

「トモくんっ! 電話通じぃせん!」

 

 老婆の叫びが家から響く。しかし今はそれどころではない。

 中にいた男も尋常でなかったが、異常事態がこの家だけで済んでいないのだから。

 

「携帯! 持っとらせんの?!」

「充電切れっす」

 

 ただでさえ粗製な上、古いバッテリーの自己評価は信用ならないものだ。

 それでも知樹がよしとしたのは、今頃は那慈見の町に入っているはずだったためだ。

 

「……どうしよう」

「とにかく、ここは危険だ。移動しないと」

 

 事態は逼迫し、尋常ではない。

 ならば、許されるはずだ。

 知樹はリュックを地面に落とすと、迷いなく腕を突っ込んだ。

 

「なんか、あるの?」

 

 彼が手を伸ばしたそれは、老婆の期待するようなものではなかった。

 

 一振りのナイフ。

 その名を、鎧通といった。

 

 前の事件では最も多くの血を吸った武器だが、同時に唯一返還されたものだ。

 万が一の事態に備えて、この鍛錬に持ち込んでいたのだ。

 

「そんなもん……持っとったの?」

「世の中、何があるかわかんねーんで」

 

 腰のベルトに固定し、リュックを背負い直す。

 どう考えてもデッドウェイト(重すぎ)だが、一応背後を守る盾の代わりにはなる。

 

「ばあちゃん。どっか、避難出来るとこに心当たりは?」

「災害ん時は、路沿の研修センターが避難所になっとる。けど……」

 

 路沿は道を挟んだ向かい側。つまり、東にある。

 東といえば、あの村人達が騒いでいる場所。棚田だ。

 馬鹿正直に考えれば、そこを突っ切る必要がある。

 

「無理だな。他に行ける道は?」

「……ない。他は崖やら森やらで、行けたもんじゃなーわ」

 

 避難しようにも、脱出しようにも。

 どちらにせよ、東へ向かう必要がある。

 

 元来た道を戻れば、村から出る事ができる?

 そうするにはろくな物資もないまま、道もわからぬまま、広大な山林を抜けてどこかしらの人里に出る必要がある。

 

 老婆の家は長く避難するには向かないが、一時的に隠れるには上等だろうか。

 生き残る手段が思考の中を走り回る。

 そんな状態でも、知樹の警戒は緩んでいなかった。

 

「下がって」

 

 気配に視線を向けると、五人ほどの人間がふらふらと歩いていた。

 尋常ではない様子。知樹は老婆を制して生垣に身を隠した。

 

「あれ、普通の人?」

「そうは見えない」

 

 手には包丁やナタ。

 そんな刃物に赤いものが見えるのは、恐らく気のせいではないだろう。

 

「この歳になると、なんもかんもがよー見ぇせんでかん」

「ばあちゃん。この辺りで安全そうな知り合いは?」

 

 そう問われると、彼女は視線を伏せて考えた。

 なにか心当たりがありそうな雰囲気ではあったが、躊躇いを感じた。

 

「あんただけが頼りなんだ」

「……近所に、猟師をやっとる子がおる。鉄砲をバンバカやっとるわ」

 

 銃猟をしている猟師。

 それだけでは評価が難しいが、最低でも散弾銃を確保出来ればあるいは───

 

 知樹の覚悟は決まった。

 

「どこにいる?」

「集落の西の方、崖の上の家に住んどらっせる」

「そこへ行こう。走れる?」

 

 老婆は曖昧に頷いた。




◆ハンターは希望となるのか───?
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