2021年5月29日12:33 永葉県大桑村清水家
徹は床下に設置された金庫を開くと、その中身を机の上にぶちまけた。
紙の箱が複数。大多数が緑で、その中に赤の箱が混じっていた。
緑の箱に書かれた文字は『12 GAGE BUCK SHOT』
そして、人体に最も向けられるものだ。
「知樹、銃の扱いは?」
「やれるぜ。じいさんよりも」
「言うじゃないか」
今度は厳重な鍵で施錠されたロッカーを開く。
そこから出て来たのは、2挺の銃。
ポンプアクション式と
今これを取り出す意図は明白だ。
「あんたっ……テッくん! この子に銃を……!」
「この状況だ、使える手は多い方がいい」
「でも、子供に人殺しなんて……」
「もうやった後に見えるけどな」
既に知樹はその手で殺している。
襲われたハルを助けるためにひとり、この家に飛び込むためにひとり。
右腕を濡らす血の痕は、当然徹の目に入っていた。
二度も助けるために手を汚したのだ。
そして、この状況で次がないとは思えない。
反論出来るほどハルは潔癖でも、無責任でもなかった。
「ばあちゃんが驚いてるあたり、
それは本来、単純な話ではなかった。
人が狂うに足る理由は古い時代から多岐にわたる。
恐怖から。信仰から。愛から。欲望から。
知樹が言っているのは、そのどちらでもない。
人の想像の及ばない力によるもの。
平時であれば単なる妄言と片付けられたが、皮肉なことに現状では頷くしかなかった。
「戻せるんならそうした方がいいけど、世の中そううまくいかない。いくとして、これをやった奴らの目論見通りに殺されるわけにはいかない」
アメリカ製のポンプアクション散弾銃を手に取る。
弾薬箱からショットシェルを抜き、直接薬室に押し込んだ。
「戦うしかないんだ」
ガチャッ。
フォアエンドを戻すと、薬室が閉鎖された。
そう語る知樹の瞳にハルは恐怖し、そして悔し涙を浮かべた。
───どうして、こんないい子に。
何も出来ない自分が、あまりにも情けない。
無力な自身に怒り、
「
「貸してやるんだ。それにこいつは買ったばかりだから、他人にはやれん」
もう1挺の垂直二連は徹が背負った。
ハルに銃を扱わせるのは危険だ、という認識は言わずともふたりで共有していた。
板を打ち付けて封鎖した窓の隙間から外をうかがう。
包囲は相変わらずだが、数が増えている。
「電力と電話を断ったら、あとは囲い込むだけってか」
「さっきのすごい音はそれか。どうやってた?」
「車使ってた」
「……誰かが逃げたわけじゃなかったのか」
この家にも電柱を倒した際の音は届いていた。
一緒に車のエンジン音も耳に入っていたが、徹の期待を悪い意味で裏切っていた。
城下の状況は、外まで届いていないのだ。
その時、連続する破裂音。
間違いなくエンジンの音だが、車が発するそれとは明らかに違う。
この正体は、自ずと彼らの視界に入ってきた。
民家の陰から現れた、大きな人影。
抱えた振動する機械。
「うあぁぁぁあああっ!」
防護エプロンで胴体を覆った大男が、起動したチェーンソーを掲げて咆哮をあげた。
間違いなく、まともではない。
「チェーンソーまで……」
「あいつもか……大桑林業の世田谷だ。村一番の力持ちで、一番若い」
「あれが? どう見てもおっさんだろ」
チェーンソー。木を切り倒すための道具。
人体を切断するには不向きな構造だが、それでも回転する刃で切りつければ壊滅的な被害を与えられる。
残虐性の高い、見せしめで使うには十分過ぎる威力を持っていた。
「待ってても助けは来ない。どころか、敵が増えるわけだ」
「やっぱ、そうなる?」
現状、見える暴徒は12名ほど。
弾は十分にあるが、猟銃の弾倉規制によって小銃は6発、散弾銃は最大3発しか込められない。
一射一殺としても再装填しなければ足りない。数で一斉に押されれば危険だ。
ゲームと違って、身体を走る傷や失血は薬草では治らない。
傷は痛みを生み、痛みは動きの遅延と判断のミスを生む。
なにより、傷ひとつが致命傷となり得るのだ。
ただでさえ不利な状況、そこで雑な判断を下すのは危険過ぎた。
しかし、ここで知樹という手と目が増えた。
1と2。その差は非常に大きい。
1は正面しか見えないが、2なら見えない死角を互いにカバー出来るのだから。
「いいか、連中を突破するぞ。ここに化け物が増えたら洒落にならん」
「化け物?」
知樹が首をかしげると、徹は自分の発言を後悔した。
遭遇していないのなら、余計な情報だった。
「会ってないなら、そのうちわかる。ハルさんの呼吸が整ったら出るぞ」
そう言うと、徹は棚からヘッドセットと
厳密には単なるヘッドセットではなく、轟音から聴覚を保護する電子イヤーマフだ。
「着けとけ。周波数は141.80だ」
「こんなの着けたら音が聞こえなくなるって、親父が……」
「通信が出来るのは大きな利点だ、違うか?」
戦闘中、トランシーバーを耳に押し当てて会話するわけにもいかない。
無線の構造上、発信ボタンを押す必要があるため、片手が埋まる。
しかしもう片方で引き金は引ける。可能な限り
父の教えに反するが、状況を考えれば妥当だ。それに、
───親父は、時に柔軟に、自分で考えて行動しろって言ってたよな。
そう考え至った知樹はイヤーマフを耳にあてた。
◆休む間などない───