2021年5月29日14:21 永葉県大桑村越智家
結論から言うと、救援を呼ぶことはできなかった。
電力を取り戻したスマートフォンだが、頼みの綱である電波は圏外となっていた。
「……ここまで周到にやった連中だ。想定すべきだったな」
たとえ現代技術を詰め込んだスマホであっても、基地局に電波を発信することが出来なければ、ただのレアメタルとプラスチックの塊に過ぎないのだ。
「充電はどうだ、どのぐらい保つ?」
「頑張れば、今日中保つかって感じ」
幸いにもバッテリーは50%ほどまで回復したが、それでも十分とは言い難い。
この程度、1日どころか使い方次第では数時間でなくなってしまう。
「ま、今日しのげるかどうかも怪しいしな」
知樹はあっけらかんと言った。
誰もが内心で思っていても口にしなかった言葉だ。
あまりにもあっさりと言ってのけるので、徹は思わず失笑しまった。
「笑っとれすか! ……トモくん、よぅ聞いとって。必ず、生きて逃げなかんよ。もし本当にどうしようもなくなったら、あたし置いてってもいいから」
「ばあちゃん……」
ハルは少々、いや盛大に知樹を誤解していた。
彼女は彼の口から出た言葉を諦観の、
現実には違う。単なる現状整理のために発しただけ。
自棄はもちろん、逃げるつもりや、ましてや諦めてなどいないのだ。
少しでも人々を助け、
生き残りは、そのための手段でしかないのだ。
知樹はバッテリーを無駄に消耗しないよう、セキュリティ設定から暗証番号を削除した。
これで、誰でもこのスマホを操作出来るようになった。
「いざって時のために、今のうちに説明しとく。電波が入って来たら、電話帳の『発信禁止』って登録されてる番号に掛けて」
「禁止じゃないのか、相手は誰だ?」
「さあな。ま、鼻と口の利く奴だよ。110番するより早いと思う」
ハルには言葉の意味がサッパリだったが、徹は素早く勘づいた。
───公安の類か。噂通り、ろくでもないな。
知樹の父の“噂”は人伝に聞いていた。
その“噂”が事実と考えれば、同情する気持ちと自業自得だと呆れる気持ちが半々だ。
ただ少なくとも、
───あのバカ、自分のガキを巻き込みやがって。
彼に対する怒りと、その人脈を頼るしかない自分への苛立ちも湧いてきた。
「この、緑色の受話器押したらええのん?」
「そうそう。で、下の方にあるこれ」
「……あたし、覚えきらんかもしらん」
「いざって時のためだって。出来るなら俺がやるよ」
知樹がハルに最低限の使い方を教授している最中、徹は外へ視線をやった。
既に化け物は南の方へ去っていった。
そちらは、自分達が対処出来る話ではない。今は、進むべき道だけを見るべきだ。
興味を惹いたのは暴徒の一団。
3人の集団で20メートル先にある民家に押し入っていった。
恐らく、フェーズが進んだ。
情報を断ち、表を歩く人間を排除し、見せしめも終えた。
次は、隠れ潜む連中を炙り出そうという段階なのだろう。
「長居しすぎたな。連中が家の掃討を始めた」
「ここも長くないな」
「ああ。ハルさん、もう動けるな?」
「お世話お掛けしました」
3人は互いの顔を見合わせると、頷き合う。
休息は終わり、そっと庭から外へ出て東へと向かう。
身を隠せる遮蔽物のない、死地の棚田へ。
◆決死の作戦、開始───