2021年5月29日15:12 永葉県大桑村鎮竜神社
萎える事のない、怒りと憎悪。
それは一種の拷問だった。
「どこだぁ……ぶっ殺してやる……」
心の休まる暇がなく、脳は煮えたぎるような感覚に襲われ、常に強い頭痛に襲われる。
彼らが唯一その感情を慰められるのは、無慈悲で残虐な暴力だけだった。
「なんでだぁっ……なんでぇっ……」
自身の安寧のため、武器を手にした彼らは境内に足を踏み入れた。
城のような土壁に覆われた境内には、正面の表門から入るしかない。
年老いた彼らに壁を越える力はなく、多方向から攻めるという発想力を奪われているためだ。
「うぅ、うぐあああああっ!」
踏み込んだ15名の暴徒は、逃げ出した3人を見つけるために散開した。
そこへ、一発の銃声。
発射地点は即座に特定された。
本殿の屋根、そこに小銃を抱えた狙撃手の姿があった。
「いたっ! 軍人野郎っ」
「ぶっ殺せぇっ!」
素早く2発目、もうひとり倒れる。
威勢の良い口ぶりとは裏腹に、暴徒は最寄りの物陰に隠れた。
狂っているなりに、命が惜しい。
この分析は概ね正解だが、肝心な部分に違いがある。
それは、設定された目的のためならば捨てるという点だ。
社務所に4人、倉庫に3人、竜神像の陰に2人。
ここで彼らは違和感に気付いた。
「ふたりいないぞっ」
「知らねぇ、周りこめっ」
違和感は血で破裂しそうな頭から即座に抜け落ちる。
社務所の陰に隠れた集団が、静かに移動を始めた。
本殿にいる狙撃手の視界に入らないように、強く意識して。
そこに入り込む隙間があった。
興奮し切った頭の素人に、別方向から音もなく忍び寄る死に意識は向けられない。
それはまるで、友人が隣の席に座ったかのように。
気にする意味がわからない、微小な気配が彼らの背後に現れた。
「あぁ?」
気付いた時には、銃口の黒い点が浮かんでいた。
12
この歴史が、日本の小さな村と3発のショットシェルで再現されたのだ。
「ぐげっ、ぐぎぎっ……」
ひとりだけ。顔面を吹き飛ばされてなお、息のある男がいた。
艶消しの施された刃が露わになる。
これは、一種の慈悲であり安全確保だった。
「じゃあな」
鎧通の刀身が喉を深く貫き、頸動脈を断ち切った。
一瞬血が強く吹き出すも、抜く頃には緩やかなものとなった。
「そっち行った、油断するなっ!」
徹の一喝。それから間髪入れずに、知樹はエンジンの唸りを聞いた。
「うがああああっ!」
林業に従事していた暴徒、世田谷が駆動する刃を袈裟懸けに斬り下ろした。
散弾銃に弾はない。薬室の扉は開いているが、叩き込む暇もない。
回避するにしても、足場が悪すぎる。
ならば。
最悪の決断だが、迷って切り刻まれるよりずっとマシだ。
手に持っていた鎧通を掲げ、チェーンソーを受け止める。
それは、尋常でない経験だった。
『ギャギャギャギャッ!』
片手で受け止めるにはソーは重い。
故に左手で刀身を握って支えなければならない。
数センチ先では、丸太一本を両断する刃達が火花を散らしながら絶叫している。
「ぐははははッ!」
世田谷の狂った笑みが、刃の後ろで輝く。
質量のある武器を振り下ろす優位は明らかだ。
しかし、この武器は刃が動くことで殺傷力を生むもの。
チェーンソーの動きが悪くなった。
当然だ。これは木を切るための道具であり、金属を切断できる代物ではない。
ましてや、ただでさえ血糊や人体の破片が隙間に入り込んだ状態。
目的外使用にも程があった。
「あっ、あががっ?」
間もなく刃は完全に停止し、攻守は交代した。
知樹の爪先が、世田谷の鳩尾にめり込んだ。
言葉を発する間もなく大きくよろめいた。
その隙を逃すほど、知樹は油断していない。
一気に距離を詰め、鎧通を二度、素早く胸に突き立てた。
明確な手応えがあった。肋骨を避け、間違いなく心臓を貫いた。
だというのに、違和感があった。
「ぬううううっ!」
その正体は、棍棒のように振り回されたチェーンソーが明かした。
「がっ!?」
駆動していないとはいえ、10キロの質量に殴られれば知樹とて無傷ではない。
刃によって小さな傷をいくつも穿たれながら、社務所の壁に叩き付けられた。
「ひーっ、ひーっ……」
もしここで一撃加えられたのなら、命はなかった。
しかし、強いこだわりがあるのだろう。
世田谷はとどめを刺すよりも、チェーンソーの再始動を優先したのだ。
「こっちならどうだ?」
散弾銃の薬室にシェルを直接叩き込み、銃身を頭部へと向ける。
血走った目が、その銃口を睨んだ。
最期の光景は閃光か。あるいは、暗闇か。
頭蓋骨の裏側を露出した肉体がぐらりと崩れ落ちる。
さすがに、死んだ。
「ちっ、まだだ……」
今生きているのは、相手が意味不明な判断ミスをしたおかげ。
つまり自分の能力で切り抜けたのではなく、運良く相手に助けられただけ。
それが酷く気に入らなかった。
「知樹、無事か!」
「なんとか」
まだ戦いは終わっていない。
再び散弾銃に鉛玉を与えると、周辺を警戒する。
「肺と心臓ブチ抜いたはずなのに、チェーンソー振り回しやがった」
「こっちは見える範囲を始末した。傷は?」
「多分軽傷」
咄嗟にかばった左腕には小さな傷が複数。
甚大な傷ではないが、この状況だ。最低限の消毒と止血処理をしたかった。
しかし、そんな暇は与えられなかった。
「ふぅん。あの首切り、死んだんだ」
不快な羽音と共に響く囁き声。
囁きなのに、他の音と干渉することなく耳に届くなんて、矛盾している。
そんな脳裏をよぎる言葉が出ないほど、状況は良くなかった。
「せっかく血を与えてあげたのに。やっぱり、下等な虫けら」
どこかにいる。しかし、その姿は見えない。
知樹に撃たれたことで慎重になっているのだろう。
「いいよぉ、私が……中級魔将軍カサンディが直々に殺してあげる」
異形という脅威が、その牙を剥いた。
◆化け物を相手に、どう戦う───?