2021年5月29日16:31 永葉県大桑村鎮竜神社
「女は私を助けてっ、男はあいつを追えっ!」
「でも、入れません」
「壁を乗り越えろ! 無理なら裏口から入れっ、この役立たず!」
カサンディもさすがに落ち着きを取り戻したらしく、通常の相手なら必要以上の指示を与えて叫び散らした。
そっと起伏の陰から正門の方向をうかがう。
門にハマったカサンディの上半身が飛び出し、鎌で構造物をひたすら殴っていた。
しかし、質量はあれど攻撃に力が乗る姿勢ではない。
鎮竜神社は仮にも砦として設計された建築物だ。大きく揺れて瓦が落ちても、抜ける気配はない。
「ギイイイッ! あの虫けらっ、絶対許さないィッ!」
空を飛べる翅、飛行能力と重力を利用した加速、村人を洗脳する力、鋭い鎌、圧倒的質量から繰り出す攻撃。
それが、相手の持つ全ての手札。
本体が持つ攻撃手段は近接攻撃であり、動けなければ、ただのやかましい木偶の坊。
つまり今あの異形は近付きさえしなければ脅威ではないのだ。
この無様な姿を見て、知樹はそう判断した。
同時に、仕留めるには今以上のタイミングはない。
銃を使っている場合、標的が肉眼で見えるのならば、それは銃の間合いに入っている事を意味する。
動けて、飛び道具が使える。状況は圧倒的に有利だ。
散弾銃に詰まっている散弾を弾倉から抜くと、別のショットシェルを挿入した。
徹の家で手に入れた、赤い色の箱。
その中身は、ライフルド・
大体の生物相手ならば散弾のペレット一つでも皮膚を貫通し、肉や臓器を裂く。
一方で熊や猪のように頑丈な生物の場合、この程度では狙いが良くとも致命傷に至らない場合がある。
そういった獲物を狙う場合、細かな粒で命中を狙うバックショットではなく、当たった箇所を確実に破壊出来るスラグショットが用いられるのだ。
では、巨大な異形の頭部ならどうだろうか。
散弾では視力や命を奪うには至らなかった。
スラグ弾ならどうなる?
その答えは、これからわかる話だった。
油断なく弾倉と薬室に弾を込めると、照準。
どう見ても簡素な照準器だったが、あれほど巨大な頭を外す不安は感じない。
「地獄で償え、外宇宙人」
動きが緩み、狙いが重なった瞬間。
撃針がショットシェルの雷管を発火させ、爆轟と共に直径
重力に惹かれ、わずかに下へ落ちる弾頭。知樹の想像より、ほんの僅かに真っ直ぐ飛んだ。
スラグ弾はカサンディの頭部右にある複眼に命中した。
大きく食い込んだ弾は目を深く抉り、進路上の肉を食い荒らし、貫通した。
強大な運動エネルギーは、入る時よりも出る際に酷いダメージを与える。
結果───
「ギヤアアアアッ!」
大きな肉の塊が宙を舞い、どさりと音を立てて地面に横たわった。
複眼のひとつをもぎ取ったのだ。
もしこれが頭部の中心に命中していれば、仕留めていただろう。
「私の目がっ、目があああっ!」
「損なったか、しぶとい」
フォアエンドを操作し、次弾を装填。
ここで暴徒が追い付いた。
「カサンディ様ァッ!」
邪魔をされてはまともに狙えない。
一旦仕切り直すため、知樹は素早く動き始めた。
大抵の暴徒は知樹の足について行けないが、ひとりだけ健脚の者がいた。
そう、6人いるうちのひとりだけ。
分断からの各個撃破は多勢に勝る手段のひとつだ。
振り向きざまに迫る気配に銃を向ける。
強烈な金属塊が右腕の付け根に直撃。二、三歩走ると、腕が千切れ落ちると共に倒れた。
残りは薬室の一発。不意の遭遇を考えれば、不用意に撃てない。
「キイイィッ! キィィィーッ! 許さないッ、虫けらッ! 下等生物のくせにィッ!」
「カサンディ様、暴れんといてぇ」
化け物の眼球ひとつは、どれほどの被害になるのだろうか。
人間でも脳髄まで達しなければ不可逆的な傷にはなるが、治療さえすれば死ぬ事はない。
───あいつに治療なんかいるかよ。
これから死ぬ者に必要なのは、霊柩車だけだ。
◆とどめを刺せそうで刺せないもどかしさ───