2021年5月29日19:42 永葉県大桑村大桑研修センター
腰に差した大剣を掴むと、高く掲げた。
次の行動は見え透いている。
踏み出す足に合わせて、知樹は一歩引いた。
ズンッ! 強い風圧と質量がホールの床を砕き、大穴を穿った。
ここでデミノはミスをした。
あまりに大剣を強く振り下ろしたため、食い込んだまま抜けなくなってしまったのだ。
「むっ? やはり、急造の目はいかんな……」
大抵の生物はふたつ、あるいは複数の目で見ることによって視覚における立体感をつかむ。
単眼はそういった点で不利な構造だ。
急いで作った器官では、さらに能力が劣るらしい。
勝利への道が一筋、姿を見せた。
「元から悪いんだろ、欠陥生物!」
「なんだと脆弱下等生物! 潰す!」
ヘイトスピーチをぶちかまし、挑発する。
宣言通りに足を振り上げたところを、股をくぐり抜ける。
デミノの巨体は人類と比べ極めて大きい。
しかし一方で、四肢と頭部を持つという構造は人類に極めて近い。
ならば、共通する弱点もあるはず。
ナタの切先をデミノの踵に突き立てる。
固い皮膚を貫くと、筋のような感触を覚えた。
「がっ、このぉっ!」
断ち切りざまに、後方へ走り抜く。
すると巨体が揺れ、仰向けに倒れ込む。
「どうだ、馬鹿!」
「そこを動くな! すぐ治して殺してやる!」
「やってみろ間抜け!」
言葉を吐き捨てると同時に、顔面に銃撃。
治したばかりの眼球を庇うため、眼前を腕で覆った。
散弾が肉体に食い込むが、どうも有効打を与えたか怪しい。
「この程度で死ぬ雑魚! 下等生物! 敵ではなああぁい!」
庇っている腕にもう一発。ペレットが食い込んだ箇所からは血が出るも、即座に止血される。
しかしそれでも、弾は貫通していない。摘出した様子もない。
きっと、そこにまだあるのだ。
わずかでも腕にウェイトが増えれば感覚が狂うはず。
頭部を庇いながら立ち上がる。
この見えていないのをいいことに、知樹は装填しつつ距離を取った。
殺せるかは怪しいが、弱体化の目処はたった。
今の状況と極めて相性が悪いのが困りどころだが。
指の隙間から知樹を視認し、歩み寄る。
やはり、走れていない。歩く姿勢も不自然だ。
アキレス腱を断ち切ったのが功を奏している。
「俺一人に苦戦してるようじゃ、
「ほざけ! 手加減してやったら調子づきやがって!」
力を込めると、不恰好に早歩きを始めた。
銃口を向けると、さっ。腕で頭を庇うが、それでも構わない。
一発、二発。散弾を叩き込み、傷を作る。
そして、すぐに塞がる。
「効かんわっ! 学習しろっ!」
力任せに腕を振り回すだけ。
しかし、この質量だ。まともに受ければ、自動車に衝突されるようなもの。
右腕を振り上げれば、左側から走り抜ける。
これまたすれ違いざまに治ったばかりの踵に銃撃する。
「かっ……ちょこざいなあっ」
再び仰向けに倒れたデミノだが、今度はただ転ぶだけではない。
自らうつ伏せになると、這った状態で知樹ににじり寄った。
もし、腕が健在なら一撃入れられたかもしれない。
しかし腕の中に食い込んだままの散弾は、腱や筋肉を圧迫した。
動くだけでも激痛、動かずとも
さらに身体は無意識にその全てを無理に治癒しようとしていた。
踵の回復が進んでいない。
「ぐっ、このぉっ……」
散弾銃の弾倉は空だ。
負い紐で背負うと、代わりに構えたのは高圧洗浄機。
電源を起動すると強烈な勢いで液体が噴射される。
「なんだぁっ、これは! 滑るぞっ!」
液体の正体は、ガソリン。
石油を精製して作られる燃料であり、現代では自動車や航空機に用いられる。
その可燃性は極めて高い。
「じいさんっ、着火しろ!」
登ってくる暴徒の隙を突き、屋根の徹は天窓から何かを放り込んだ。
非常に小さな、手のひらに収まる物体。
使い捨てライターを分解して入手した、スプリングと火打石だった。
着火装置が重い火打石を下に向けて落下する。
やがてホールの床に激しく叩きつけられ、火花を散らした。
それは、炎上と呼ぶより爆発に近かった。
デミノが浴びた燃料、撒き散らした燃料、そして気化した燃料。
それら全てが一瞬間のうちに燃え上がったのだ。
「どうだっ」
炎の塊を背に、知樹はホールから飛び出した。
たとえ不死身とも思える再生能力を持っていたとしても、全身を焼かれてはただでは済まないはず。
その光景を脱出していた生存者達は呆然と眺めていた。
「中級魔将軍を、たったひとりで……?」
長髪の、知樹が鎧通を手渡した少女が呟いた。
彼女の口から漏れた言葉には聞き覚えがあった。
「あんた、何か知ってるな?」
銃は向けない。しかし、強く警戒する。
思わぬ角度からもたらされた情報に、意識を向け過ぎていた。
「まだダァッ!」
ホールの炎上は瞬く間に広がり、壁にまで燃え広がっていた。
呼吸するだけで気管を灼かれる環境だ。叫ぶなど、出来るはずがない。
しかし、現実は違った。
炎を纏った巨人が、ホールの入り口を破壊したのだから。
「お前だけでも、道連れにぃッ!」
散弾銃の弾倉は空、装填しても間に合わない。
使える武器は高圧洗浄機とナタ。そんなもので、どうしろというのか。
逃げれば、助けた生存者が襲われる。
出来る事を、するしかない。
危険な洗浄機を放り投げ、ナタを構える。
こんなものでどうにもならない。
それでも、やる。最後までやる。
「ちっ」
勝者のない結末を予期し、無意識に舌を鳴らした。
その時、未知の感覚を覚えた。
「大丈夫、今度こそ」
すぐ横を過ぎたのは、先ほど助けた少女。
彼女が持つ鎧通。その刀身に、青い焔が宿っていた。
縦一文字の一閃。炎の巨人の顔面を鋭い斬撃が走った。
「仕留める」
物理的には、大した意味のない攻撃。
顔の表面を切り付けても、デミノの持つ質量と炎は消えたりしない。
───そのはずだった。
「なにっ」
刀身の焔がデミノへ瞬時に燃え広がると、炎ごと灰となった。
その灰も、瞬きする間に塵となって消えてしまった。
あれほど命懸けで、苦労して倒した化け物だというのに。
刃物の一振りでこんなに呆気なく消滅してしまうとは。
知樹にしては珍しく、呆然とした表情で問い掛けた。
「あんた、一体……?」
炎を背にした彼女は、寂しげな表情を向けた。
◆この少女の能力は一体───?