TUONI ~闇を被った死神~   作:サークル『熊の巣穴』

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2021年5月29日20:19 永葉県大桑村大桑研修センター保健室

 

 体育館が絶賛大炎上中、一行は最低限の情報共有を行なった。

 この研修センターに立て籠っていたのは、永葉南学園女子剣道部の生徒である鬼武(オニタケ)(エイ)伊藤(イトウ)春香(ハルカ)。その顧問、山下(ヤマシタ)弥生(ヤヨイ)

 そしてセンターの職員腹谷(ハラタニ)獄介(ゴクスケ)、駐在警察官の織部(オリベ)栄輔(エイスケ)の計5名だ。

 

 彼ら生存者は無傷ではなく、顧問の弥生は顎を外されてまともに話すことが出来ない。

 知樹の応急措置で戻されはしたが、それでもかなり痛そうだ。

 

 問題は、警官の栄輔だ。

 4人を守るために囮になった彼は暴徒達に包囲され、徹底的に痛めつけられた。

 顔中は腫れ上がり、右腕は複雑骨折。服を脱がせてみれば、肋骨の損傷や内出血が見受けられた。

 

 知樹と徹、共に同じ結論に達した。

 少なくとも、彼はもう長くない。肋骨が折れて、恐らく肺を貫いているのが特にまずい。

 適切な医療を受けられない現状であればなおのこと、である。

 

「じゃ、聞かせてもらおうか」

 

 栄輔の診察を終えると、知樹が口を開いた。

 視線が一斉に瑩に向けられる。

 

 あれほど派手に能力を披露したのだから、話して貰わなければ困る。

 もいとん彼女自身も、沈黙を守れるとは考えていなかった。

 

「……すごく変な話をすると思うけど、聞いて欲しい」

 

 それは、すごく変な話だった。

 20年前の朝津川。そこでは人知れず、異世界の魔の勢力と4人の魔法少女が鎬を削っていた。

 

「は? ニチアサ?」

「いや、その、そう思うかも知れないけど……」

 

 困惑の余り、春香が場にそぐわない発言をした。

 真っ当な指摘だが、困ったことにこれは真面目な話である。

 

 魔の勢力は人が抱く負の感情を扇動し、それをエネルギーに変換する技術を持ち、朝津川の街に潜んで混乱を引き起こしていた。

 しかしそのやり口は、いま大桑村を侵攻している異形達とは大きく違っていた。

 

「父さんと母さんが言ってた連中は、もっとこう……間が抜けてる連中だった」

 

 彼らのやる事と言えば、住民にポイ捨てをするように誘惑して嫌な気分を広めたり。

 看板に落書きをすることで運輸トラックの行き先を混乱させ、新作ゲームの販売を遅延させて嫌な気分を広めたり。

 台風の最中、電話線を破壊して混乱を招き、結果的にあわやダムが決壊するかしないかの騒ぎになったり。

 

 端的に説明するなら、回りくどく不確実な計画ばかり実行していたのだ。

 

「やることニチアサじゃん!」

「いや、うん。本当にそんな感じなんだけど」

 

 真っ当な指摘は置いておいて。

 

「今この村に出てきた奴らは多分、父さんと違う派閥の連中じゃないかと思う」

「連中は間抜けではないな。代わりに、極めて狡猾で悪辣だ」

 

 信じがたい話だが。徹はそう付け加えつつも、瑩の言葉に肯定した。

 

 戦いは少女達の勝利に終わり、魔はこの世へ干渉する能力を失った。

 

 そんな魔の中に、“裁定者”と呼ばれる血筋の者がいた。

 間抜け揃いの魔の面々でも唯一と言っていいほど思慮深くシリアスな若者だった。

 

 彼は戦いの最中、魔法少女のひとりと恋に落ち、門が封じられたあともこの世界に残った。

 このふたりこそ、瑩の両親であった。

 

「この力は……父さんから受け継いだもの」

 

 そう言って、瑩は鉛筆を手にすると青い焔を纏わせた。

 効力は先ほど目にした通り、傷付けた魔の者を瞬時に滅する力。

 裁定者とは、身内を粛清する一族なのだ。

 

「……なぁ。瑩、だっけ。もう一度これ持って、やってみ?」

「え? いいけど……」

 

 知樹が再び鎧通を手渡すと、焔を纏わせる。

 

───鉛筆だとわかりにくかったかな?

 

 瑩はそんな事を考えていた。

 一方で、知樹の方はというと。

 

───かっ、かっけぇっ……!

 

 素の感性が厨二病な知樹は、この男の子を刺激する絵面に感激していた。

 何よりも、父親から受け継いだ力というのがまたいい。

 勝手に自身の境遇に自己投影して興奮しているのだ。

 

「なっ、なんか条件とかあんの……?」

「武器に纏わせるとか、そういう感じ。人には効かないと思う」

 

 一撃で魔を滅する力。興奮しないわけがない。

 さらに色々と聞き出そうとした知樹に、横槍を入れる者がいた。

 

「それでっ、助けは来るのか!?」

 

 獄介である。

 既にハルが助けを呼ぶために外部へ向かったという旨は話してある。

 しかしそれでは、弱過ぎるのではないか。信用されないのではないか。

 彼の懸念は徹と知樹のふたりが否定した。

 

「一応手は打った」

「どんな?」

「これだ」

 

 徹が指差したのは、今なお燃え盛る多目的ホール。

 次に向いた先は南。この瞬間も車のライトが忙しなく動く高架橋の高速道路だ。

 

「村の一角で煙が上がってるなら野焼きと思われるかもしれんが、こんなところが派手に燃えてるんだ。高速で走ってるお節介な奴が通報するだろう」

「最低でも消防が動くし、消防団と駐在さんに連絡つかなかったら警察も動くだろ」

 

 滅茶苦茶な行動だが、考えなしではない。しかし、よく考えたものだ。

 かなり派手ではあるが通信が死んでいる現状、何かを遠くに伝えられる唯一にして最古の手段(狼煙)だ。

 獄介はドン引きしつつも感心した。

 

 警察も田舎で起きた詳細不明の事件には腰が重い。

 単に人が脱出して通報した程度では動かない可能性を考慮し、不特定多数が目にする異常事態を演出したのだ。

 

「正直、もう少し燃やす場所は考えて欲しかったが」

「無茶言うなよ。あんな化け物とまともに戦ったら、命がいくつあっても足んねぇよ。むしろ、炎足りなくね? ここも燃やしといた方がいいんじゃね?」

「かもな」

 

 ガハハ。

 生存者達と合流出来た安心か、ふたりはここに来て初めてまともに笑い合った。

 

「いいんじゃね? じゃねぇっ! てめぇら気軽に他人の施設を燃やすな、この蛮族どもがっ!」

 

 頼れる他人が現れて、獄介も少し心に余裕が生まれたのだろう。

 少しズレてはいるものの、冷静な観点で怒ることができた。

 

 彼らの喧騒から少し離れて。

 瑩と春香、弥生が小声で話し始めた。

 

「ごめん。ずっと秘密にしてて」

「えっとさ。こんなこといきなり言われても、信じられないっていうか……」

 

 恐らくそんなカミングアウトをされても、

 

『あー、なるほどなぁ。この子ミステリアスな雰囲気に凝りすぎてるんだなー、ちょっと残念な子なんだなー』

 

 で片付けてしまったことだろう。

 このタイミングは仕方がない。そうとしか言えなかった。

 

「別に、エーちゃんがやったわけじゃないんだし。気にしないで!」

「わたしも、そう思う」

 

 弥生は瑩に手を重ねた。

 

「体温があって、血が通ってて……鬼武さんは、わたし達と同じだから」

「先生……」

 

 心の中で尾を引いてきた秘密。

 長年抱いてきた他者から拒否されるのではないか、という恐怖。

 否定された安堵から、彼女の目から涙が溢れた。

 

 この部屋に満ちた平穏な音を聞いて、もう一筋の涙が流れた。

 

───ああ、よかった。ひとまずは、なんとかなったんだ。

 

 駐在の警官、栄輔。

 朦朧とする意識の中で聞き取った声は、この異常な状況でも温かかった。

 続いて流れる涙は、悔恨だった。

 

───もう俺は、この人達を守れねぇっ。

 

 自分の身体の状況は理解していた。

 身体中はボロボロで右腕は折れ、呼吸すらまともに出来ない。

 もう長くはない。助ける事はできない。

 いやでも理解らされる事実が、悔しくて悔しくてたまらなかった。

 

「あっ、うぅっ……」

 

 彼の口から嗚咽が漏れた。

 いち早く聞き取った知樹が彼に歩み寄った。

 

「大丈夫っすか?」

「たの、むっ……」

 

 左腕で知樹の肩を掴み、懇願した。

 

「この、ひとたちをっ……助けてっ……」

 

 そして後悔がもう一度、吐血混じりに口を開かせた。

 

「あいつらっ……ばけものっ……ぶっ殺せっ……」

 

 肩を掴む手から、力が抜けていった。

 その手を胸に置くと、首筋に指を当てた。

 生命の脈動は感じられない。

 

「逝ったよ、駐在さん」

「……そうか」

 

 そっと瞼を閉ざすと、顔を布で覆った。

 彼に助けられた生存者は、息を呑んで。時に涙を流し、その死を悼んだ。

 

 そして、託されたふたりは誓った。




◆悲劇の殉職───
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