走れ、群青。 ~晄輪大祭編~   作:さばちゃそ

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 彼女達がいる部屋は、学園の中央に聳え立つ超高層ビルである、ミレニアムタワーの最上階にある。持てる限りの科学の叡知(えいち)をつぎ込んだこの施設のセキュリティは、学園内で最高傑作(さいこうけっさく)とまで言われ、生半可(なまはんか)な相手ではここへたどり着くことすらままならない。

 故にここで睡眠を取ることは、先生にとっては最善の選択だろう。

 日頃仕事に追われているユウカよりも忙しく、常にキヴォトス中を駆け回り各学園の問題を解決してきた功労者だ。そんな(先生)を頼る者は数多いが、同時に敵に回している者達も少なくはない。

 

「……よし、じゃあ後は私が。先生がこっちの書類をほとんど終わらせてくれてるから、そんなに時間はかからなそうね」

 

 ユウカはぺちぺちと自分の頬を手の平で叩き、再び仕事モードへと戻ろうと自席に戻る。

 机の上にはまだまだ積み重なった書類が鎮座している。

 

 ――前言撤回だ。これは本腰を入れても中々終わらないだろう。

 

「よし、やろう……! の、前に、ノアに持ってきて貰った紅茶とお茶菓子を食べないと」

 

 淹れてくれた紅茶はまだ湯気立っている。だがこのまま仕事に取りかかってしまうと、次第に冷めていってしまうだろう。それではわざわざ用意してくれた彼女に申し訳ない。

 ティーカップの取っ手を摘み、持ち上げる。

 顔の近くに持ってくると、穏やかな香りが湯気と共に広がる。ほのかに薔薇(バラ)の匂いがした。

 ふぅ、と紅茶の表面を少しだけ冷まし、ゆっくりと啜る。

 やはり、美味しい。非常に。

 しかも今回は倒れることがない。ちゃんとした紅茶だ(別に、あのハーブティーも普通のものではあるのだが)。

 

「やっぱりノアの淹れてくれた紅茶は美味しいわね……」

 

 起床後すぐに酷使(こくし)した頭が、心なしかすっきりする。紅茶の成分のおかげだろうか。

 思わず溜め息が出てきてしまう。

 次は……とティーカップを置き、その隣に添えられたクッキーを一枚摘み取る。素朴なクッキーだが、むしろそこが良い。齧りながら食べると書類や服にクッキーの破片が落ちてしまうので、一気に口の中に入れることにした。

 サクリ。歯切れの良い音がする。そして生地の風味が一気に口の中に広がった。

 

「ん~~っ!」

 

 思わず頬に手を添えて唸る。そういえばしばらく食べ物を口にしていなかった。

 軽い食感を楽しみつつ、口内の水分が減ってきたところでまた紅茶に口をつける。良い組み合わせだ。みるみると紅茶とクッキーの量が減っていく。

 

「ふぅ。よし……と、そろそろがんばらないと」

 

 一通り堪能した後、視線を仕事の書類へ戻す。

 栄養補給もできたところだ。後は集中して仕事を片付けるだけ。

 ユウカは深く深呼吸をして、ボールペンを持ち上げた。

 

「……あ、そうでした」

「ん? どうしたの? ノア」

 

 仕事に取りかかろうとした時、突然背後に立っていたノアが何かを思い出したかのように呟く。

 

「そのクッキー、かなりの自信作なのですが……」

「え……?」

 

 ――嫌な予感がする。

 グラリ、と視界が揺れる。

 

「う……の、ノア……?」

 

 文字が歪む。強烈(きょうれつ)な眠気が押し寄せてくる。

 額に手を添えて揺らぐ頭の動きを止めながらノアの顔を見上げる。相変わらず、優しそうな笑みが瞳に映っていた。

 

「なんとですね、そのクッキーにはあの紅茶と同じ種類のハーブが少量入っているんです。ローズヒップティーと一緒ですと味はほとんどしませんが、もちろん効き目はしっかりと」

「は、嵌められ……うっ……」

 

 徐々に目の前が暗くなっていく。抗えない眠気。彼女からはこのハーブはただの緊張をほぐす効果のある一般的なものだと説明はされたものの、果たしてそれだけでこの強烈な眠気が来るとは思えない。

 

「し、仕事が……」

 

 目が霞む。ダメだ、もう、耐えられない。

 ユウカはそのまま机の上で深い眠りに落ちてしまった。

 

「……ふふ」

 

 穏やかな息遣いを聞いたノアは、室内ロッカーから二枚目の毛布を取り出し、それをユウカの肩にそっとかける。

 体がゆっくり上下している。心なしか、顔は幸せそうだ。どうやら夢の中では、仕事に追われることはないらしい。

 書類を捲る音が無くなり、部屋に静寂が訪れる。

 ノアはすやすやと寝ている二人を見て表情を和らげると、足音を消しながら外の景色が見える窓際に移動する。

 

 綺麗な満月。何一つ欠けることのない美しい円を描いている。

 明日の天気は、予報によると雲一つない快晴。祭典をキヴォトス全体が祝福してくれているようだ。

 そんな祭りで一人の少女だけが負担を強いられる必要なんて、本来はあり得ないのだ。誰よりも晄輪大祭のことを考えて、動き回って、ろくに休憩も取らず、それでも彼女は止まらない。止めてくれる人がいない。

 だから自分が彼女を休ませてあげなければならない。手伝うだけでは彼女の膨大な仕事量を賄うこともできない。であれば、こうやって少しだけ荒療治を施すしかないだろう。

 

「さてと、お二人仲良く夢の中……。ということで、最後の調整をしなければ、ですね」  

 

 ノアは月を見上げながら、いつものように優しく微笑む。しかし、その笑顔の端に、細やかな企みが含んでいることには、誰も気づくことはなかった―ー。

 

 

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