走れ、群青。 ~晄輪大祭編~   作:さばちゃそ

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2話「実行委員会の集会」

ー1ー

 

 扉の向こうに人の気配がする。それも、複数人。

 ごくりと唾を飲み込み、扉のノブに手を掛ける。

 ぎぃ、と少し重々しい音が鳴る。

 扉を開けると、少女三人の視線が一斉にこちら側に向けられた。

 

「……お疲れ様です。どうやら、時間ギリギリですね。何かあったんですか?」

 

 三人の中でも一際高い身長を持つ少女が、凛とした声で話しかけてくる。

 

「ええ、ちょっとね……」

 

 ユウカは苦笑いを浮かべながら三人の輪に加わる。

 結局ユウカはあのまま朝まで熟睡してしまった。目が覚めた時には太陽が登り、燦々(さんさん)とした日差しが窓から降り注いでいた。

 

(ま、間に合ってよかった……。今年の運営を任された私が、実行委員会の集会に遅刻しちゃったら示しがつかないもの!)

 

 ユウカはこめかみ付近から流れ落ちる冷や汗を袖で拭い、軽く乱れた息を整える。到着駅から走ること十数分。やはり自分は体力が無い方なのだと嫌でも自覚してしまう。しかし、よくよく考えてみると、睡眠を取らずに朝まで迎えていた場合、今度は外の熱気と積み重なった疲労のせいでたどり着くことすら困難だったかもしれない。

 親友に騙されて寝こけてしまったものの、もしかしたらこれで良かったかも知れないと思うと、微妙な気持ちになる。

 

(ううん、今はそれどころじゃないわ。まずはこの集会に集中しないと!)

 

 色々と思う点はあれど、ユウカは頭をブンブンと横に振って顔を上げる。

 そこで初めて、とあることに気づく。

 

「あら、思っていた人選と違う……なんて言いたげな顔ですね?」

 

 ユウカは腹心を言い当てられ、ピクリと眉を動かしその声の主へ視線を向ける。

 そこには淡い水色の髪に紅色の鉢巻が良く映える少女が立っていた。

 何かに使うのだろうか、大きな電子機器を片手に抱えている。

 

「えっと……」

 

 彼女は軽く頭を下げる。

 

天雨(あもう)アコです。今回はヒナ会長の代わりにこの場に出席させていただきます」

「そ、そうなのね……?」

 

 そんなの、聞いていない。

 困惑するユウカに、更に畳み掛けるようにその隣に立っていた少女も自己紹介を始める。

 

「私は正義実現委員会、副会長の羽川ハスミです。奇しくもアコさんと同じく、ツルギさんの代わりに参加することになりました」

 

 ハスミは丁寧に頭を下げる。そして顔を上げ、不思議そうに首をかしげた。

 ユウカが口をあんぐりと開けていたからだった。

 

「……どうしましたか?」

「あ、え……っと、ちょっと待って」

 

 嫌な予感がする。

 ユウカは一度深呼吸をして、二人の顔を交互に見る。 

 

「トリニティとゲヘナの生徒会の人達は……?」

「「いません」」

 

 二人合わせて同じことを言う。それが少し気に食わなかったのか、二人は軽くにらみ合いを始めた。

 二人がそれぞれ所属しているトリニティとゲヘナの両校は、古くから確執があり、規律と伝統を重んじるトリニティと、混沌と自由を校風としているゲヘナは、水と油のように相容れない存在として対立関係を続けていた。

 この間、不可侵条約の意味をもつ『エデン条約』が両校で結ばれたものの、結局のところ犬猿の仲であることは変わってはいない。

 しかし、そんなものはユウカにとって関係ない。彼女が目指すのは今日行われる祭典の運営を問題一つ起こさないように職務を全うし、なおかつ優勝旗を掲げること。 

 そのためには祭典当日の運営の根幹を司る『実行委員会』の力が必要不可欠である。

 だがこの実行委員会には特異な性質があり、それは運営校だけではなく他の学園の生徒も複数人投入しなければならないということ。

 その目的とは、すなわち平等制。

 一つの学園に運営を全て委ねてしまうと、その学園自体が不正を起こしてしまう可能性が出てくる。それを防ぐための監視役としての役割も担っていた。

 

「それはどうして?」

 

 ユウカは両校に理由を聞こうとする。

 実行委員に任命される生徒は祭典当日に判明する。過去に渡る晄輪大祭において、基本的には各学園の生徒会の会長、或いはその一員の誰か、というものが暗黙の了解で決まっている。ユウカの調べては過去3回の開催ではどれもそうだった。

 そしてミレニアム生徒会『セミナー』のように、トリニティとゲヘナにも生徒会は存在している――はずだが。

 

「そうですね。それは私も問いただしたい所だったのですが、万魔殿のくそダヌキ……いえ、マコト議長はめんどくさいからやらない、の一点張りでした。そして私達風紀委員に本日の件についての話が回ってきたのです」

 

 淡々と述べるアコだったが、何処か不服そうな顔をしている。

 話し終えたことを確認し、続いてはトリニティ総合学園所属のハスミが話し出す。

 

「私達トリニティの生徒会、ティーパーティーの現ホストを務めるナギサ様から、祝電を預かっております」

 

 最もらしい言葉を羅列しているものの、結局のところ参加をしない、という事だった。

 話し終えて満足そうにしているハスミの横で、アコは目を細めて怪訝(けげん)そうにしている。

 

「それはもう、私達の生徒会と同じで、面倒くさいから来ないということですかね? いちいち遠回しでまどろっこしいですね」

 

 アコは軽い毒を吐く。もちろんハスミも反応し軽く眉間に皺を寄せる。

 

「む、それは失礼な物言いですね。元々ティーパーティーは学園内外の様々な案件を担当する重責を担っているのです。それにナギサ様から心からのお詫びとしてティーパーティー特製の紅茶を渡していただけました。それに比べ、ただめんどうだから行かない、とだけ伝えるなんて適当すぎませんか? 学園を纏める生徒会としての責務を一ミリとして感じられませんが」

「うっ……そう言われると……あれに対して何も擁護できませんね。ですが……」

 

 言い合いを続ける二人をよそに、ユウカは頭の中で二人の話を整理していた。

 今回の実行委員会、どうやら一筋縄では行かないらしい。朝一から不安感が募ってしまう。

 

「まぁ、とにかく両校の言い分は理解したわ。でも……」

 

 ユウカはハスミとアコの顔を交互に見つめ、不可解に思っていることを指摘する。

 

「それならせめて両方とも委員長が来るべきじゃなかったの? きっと集まってくる各学園の不良生徒達を、一睨みで制することができるのは彼女達だと思うけど……」

 

 

 目の前の二人が所属する各委員会には、名前を聞くだけでも逃げ出す生徒がいる程の絶対的強者が君臨(くんりん)している。

 その両名の名前はミレニアムにも知れ渡っていた。

 ゲヘナ学園風紀委員会所属、委員長を務める空崎ヒナ。

 トリニティ総合学園正義実現委員会所属、委員長を務める剣先ツルギ。

 学園の威厳(いげん)を象徴とする生徒会が参加しない今回、生徒達への抑止力を持ち、力と畏怖を司る暴徒鎮圧(ぼうとちんあつ)を専門とする二つの委員会の長――せめて、彼女らさえこの実行委員会に参加するのであれば何も問題は無かった。

 しかし、この場に集まっているのはその二人ですらない。

 実行委員会を軽視しているのではないか、と嫌でも疑ってしまう自分がいる。

 きっとそれを察したのだろう。二人はお互いに顔を見合わせて、少しだけムッとした表情になる。

 

「……別に実行委員会を蔑ろにするつもりはありません。ヒナ会長はまた別の用件に集中してもらうつもりですので。言うなれば、適材適所、と言うべきでしょうか」

「ツルギはそもそもこう言った場には出席しませんよ。対外業務は私の担当になっておりますので。それに何か起こった時には、早急に私から連絡が行き渡るようになっておりますので大丈夫かと。そちら(風紀委員会)の方は分かりませんが」

「ええ、もちろん。そのような指導は日頃からしておりますので」

 

 真剣な眼差し。

 ユウカは二人の目を見て、少しだけ唸った後、こくりと頷いた。

 

「なるほどね。利にかなってるわね。ごめんなさい、ちょっとだけ疑ってしまって……」

 

 これなら安心だろう。

 そう思った矢先、ボソリとハスミが呟いた。

 

「まぁ、それにツルギが実行委員会になると出場できる数も減ってしまいますからね――」

「え??」

 

 静まった部屋の中だ。もちろんユウカの耳は聞き逃す訳が無かった。

 失言をしたと自覚しているのだろう、軽く目を見開いて口を手で隠す。

 

「……まぁ、不本意ですがトリニティ側の思惑も分かります。私も裏方に徹するために来ているのですから。能力の高い生徒には競技に出てもらいたいですからね」

 

 アコもハスミの考えに同調するような言い振りをする。この時だけ、二人の交わす視線は敵対の色を見せていなかった。

 ユウカはわなわなと拳を振るわせる。全く悪びれる様子も無い彼女らを見て、ユウカの堪忍袋の緒がブチブチと勢い良く千切れる音が聞こえた気がした。

 

「……ホントにいい加減にしてよね!?」

 

 怒号が狭い室内に響き渡る。

 声が反響し、空気がビリビリと震え肌を刺激する。

 肩を上下させ、軽く息を荒らげながら二人に対してビシッと人差し指を突きつける。

 

「優勝目指してるのはあなた達だけじゃないの!! 私達だって優勝を目指してるんだから! そういう抜け駆けはやめてよね!?」

 

 優勝。その文字が頭の中に掠める。

 きっと彼女達の行動は己の学園を優勝に導くためだろう。運動能力の高い生徒を出場させるために、彼女らのようなあまり運動の得意でない生徒を寄越してきたに違いない。

 これまでならそれは有効だったかもしれないが、今回運営を任されたのは人一倍の真面目さが取り柄の生徒会(セミナー)所属会計業務担当の早瀬ユウカ。彼女にはそんなものは通じない。

 運営を疎かにするつもりは無いのは理解した。だが、優勝争いとしてまず名前が上がる二校に盤面外から先手を打たれるわけにはいかない。

 

「早く委員長達を呼んできなさい! あなた達なら委員長達へすぐに連絡もつくでしょう!」

 

 ユウカはふぅ、ふぅと荒い呼吸を続ける。あまり大声を上げる質ではないのと、日頃蓄積している疲労も相まって頭がくらくらとしてきた。

 そして、ユウカの必死な問いかけに、二人は驚き反省を――するわけではなく、不思議そうに目をパチパチとさせ、そしてクスリと笑う。

 

「なるほど。それならそちら(ミレニアム)も一番上であるはずの会長を呼んでくるのが筋ではないでしょうか?」

「あ、あの人は別の用件に集中するために私達が……」

「そうですか、それなら私達とさほど理由が変わらないですね?」

「うっ……」

 

 アコの意見にユウカはたまらず小さな呻き声を上げる。

 更に追い討ちをかけるようにハスミが口を開く。

 

「そもそも何故今になってそんな……ああ、なるほど。変更したプログラムの恩恵が一番高いのはミレニアムでしたね。今までは身体能力を競うだけでしたが、今回からは知力も競技に含まれますから」

「それは否定しないけど……でも各学園にも体力だけで全てを決めるのに不平不満を持つ生徒はいたはずよ。だから、どこもプログラム変更について否定的な意見をする所は無かったもの」

「はい。それは私も良い案だと思いましたよ。ですが、そちらも優勝の兆しが見えた途端にやる気を出すなんて……。ミレニアム所属生徒の事も早急に調べて対策しなければいけませんね」

「だ・か・ら! そういう前に運営をまずしっかりこなさないと行けないんじゃないの!? あーもう! まずはあなた達のその欲にまみれた性根を叩き直さないとね!」

「ふふ、欲を出しているのはミレニアムも同じことですけどね」

「わ、私は食欲になど飲まれてませんよ!?」

 

 三人それぞれ牽制し合う言い合いが始まる。

 全くもって無益な争いだ。本来そういった口論を収める者が実行委員長を務めるユウカであったが、彼女も遂にその輪に入ってしまった。

 このままでは収集がつかず、まともに情報を共有することもできないまま開会式が始まってしまう。

 徐々にヒートアップしていく三名。

 この場を止めるものは誰もいない――そう思われたその時だった。

 

「み、皆さん落ち着いてください!!!」

 

 鈴の音色のような、心地よい声が三人の中心に響く。

 

「「「…………!」」」

 

 視線が一気にその声の主に向けられた。

 

「えっと、その、今はそんな時間では無いと……思います……」

 

 不安げに話す少女は、頭上に生えた耳をぺたりとつけて、その小さな体を更に縮ませる。

 その小動物のような装いを見て、ユウカは胸の中に膨らかんでいた怒りがゆっくりと萎んでいく感覚がした。

 それはどうやら他の二人も同じようで、喧騒鳴り響いていた部屋がしんと静まった。

 

「……それもそうね。ごめんなさい、ありがとう。えっと、あなたは……」

「私はトリニティ総合学園、シスターフッド所属の伊落(いおち)マリーと申します」

 

 少女は自分の名前を名乗ると、胸の前で両手を組み、軽く会釈をする。

 頭に装飾された白花の髪飾りがしゃらりと揺れる。ふわりと良い匂いがした。心が安らぐ良い香りだ。

 マリーは三人の輪から抜け出し、少しだけ離れたところでユウカ達の顔を見ながら話し始める。

 

「この祭典は学園問わず手を取り合って競技を行うもの……でしたよね。ですから、実行委員の私たちが争っていたら皆が悲しんでしまうと思うのです……」

「それもそうね……ごめんなさい、ついヒートアップしちゃったわ」

「……その通りですね。失礼いたしました」

「まぁ、一部の生徒……いや、結構な数の生徒達はむしろ喜ぶと思いますが……。ですが、確かにここで争っていても何も意味がありませんね」

 

 彼女の言い分に納得するユウカ達。

 

「はい。あ……でしゃばってしまってすみません。それに、私も運動がそれほど得意ではないですし……」

「ううん。伊落さんの言う通りね。運営の主軸となる私達が喧嘩してたらダメだものね。不良生徒達に知れたらここぞとばかりに暴れだすかもしれないし」

「はい。それに開催まであまり時間もありません。情報共有をして開催式の準備もしなければいけませんね」

 

 マリーは入り口の上に置かれた掛け時計を見上げる。

 彼女の言う通り、ユウカがここへ着いてから思っている以上に時間が経っていた。あのまま言い争いが続けばまともな事前準備もできないまま本番を迎えていたことだろう。

 

(この子がこの実行委員に選ばれた理由が分かってきたわ)

 

 ユウカはマリーに感心しながら、ホワイトボードに向かい、縁に置かれた水性ペンを手に持つ。

 

「開会式まであまり時間が無いから簡潔に説明していくわ。あなた達なら一度伝えれば理解できるだろうから始めていくわね」

 

 三人はこくりと頷いた。こうなってしまえば話は早い。 

 ユウカは流暢に今回の晄輪大祭について説明を始めた。

 そこからは順調に進んでいき、全てを話し終えると、開会式まであと30分、と言った所だった。

 

「開会式の選手宣誓はアビドスとトリニティから選ばれた生徒になっているわ。ここは基本的に優秀な成績を修めている生徒だから問題はないと思うけど、その後からは先生も加わってヴァルキューレの子達と各施設の安全確認を行っていくから渡しておいた案内用紙を失くさないこと。分かったかしら?」

「ええ」

「はい」

「わ、分かりましたっ」

 

 ユウカは扉のノブに手を掛ける。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

 扉を開ける。その瞬間、ぶるりと体が震えた。これは武者震い、と言うものだろうか。頭では冷静を装っているが、運営をしっかりとこなさないと行けないという責任感と、ミレニアムに在席して初めての晄輪大祭というワクワク感が同時に混在しているのが分かる。

 いろんなシュミレーションを重ねてきた。きっと運営も上手く行き、優勝も狙えるはず。

 ドクン、ドクンと心臓が高鳴ってくる。

 

 

 もう、祭典は、目の前だ。

 

 

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