走れ、群青。 ~晄輪大祭編~   作:さばちゃそ

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3話「晄輪大祭開催」

 

ー2ー

 

 真っ青な空。煌々と降り注ぐ炎天下。夏の虫の鳴き声が響き渡り、選手生徒達の汗がトラックに流れ落ち、蒸発していく。

 風も少なく、雲一つ無い快晴。まさに運動日和と言ったところだろう。 

 爽やかな空気感の中、大勢の生徒達の視線が二人の少女に向けられていた。 

 

「あのメガネを掛けた子が奥空アヤネ……」

 

 ユウカは実行委員専用テントの中で二人を見つめる。アビドスとトリニティから一人ずつ選抜された生徒達。開会式の選手宣誓は体育行事には必要不可欠な誓いだろう。スポーツマンシップに則り、安全で、平等で、策謀を行わないということを宣言する。

 即ち、晄輪大祭という最大級の祭典の1日を気持ち良く始めるために重要なポイントとなる。

 それに選ばれた二人だ。きっとスムーズに行えるように各自で練習を重ねてきてくれたことだろう。

 

「そして、もう一人が……」

「浦和ハナコさんですね」

 

 隣に座るマリーが困ったように眉をひそめて言う。

 

「どうしたの?」 

「いえ……た、たぶん大丈夫だと思いますが……」

「……? 彼女は確か、とても優秀な生徒だって聞いていたけど、不安なことがあるの?」

「えっと……いえ、不安というわけではないのですが……」   

 

 煮え切らない態度を取っている。ユウカは不思議に思いながらも二人を見守る。

 

(あ、始まるわ)

 

 壇上へ上がる黒髪のメガネを掛けた少女と桃色の長髪の少女の二人。一人は少し緊張しているのか、表情はやや固いが、緊張しすぎているわけでもないちょうど良い顔つき。もう一人は人前に立つことに慣れているのだろうか、穏やかに笑っている。  

 同時に挙手をする。 

 マイクの音源に小さな息がかかる。   

 

「「宣誓!」」 

 

 最初の一声は息ぴったりだ。完璧な立ち上がり。  

 二人はつらつらと言葉を紡いでいき、宣誓を始める。

 もう問題は無いだろう。そう思った矢先、片方の生徒がおかしなことを言い始める。

 

「ちょ、ちょっと、マイクがついてるんですよ!?」

「うふふ、そんなものは気にしなくても大丈夫です。ほら、奥空さんももっと自分を解放しましょう! この青空の中で! 内に秘めた欲望を!」 

「ハナコさん!?」 

 

 聡明そうだった女性の暴走に会場が一気にどよめき始める。

 

「ちょっ! あ、あれ大丈夫なの!?」

「ああ……やっぱり……」

「やっぱり!?」

 

 途中まで完璧だった彼女の突然の豹変に驚きを隠せないユウカ。それに対しマリーは残念そうに軽く頭を抱えていた。

 

「○×を! こんな淫らな祭典には○×を所望します!! いえ! ○×○×な○×では足りませんね!? ○×を! ほら!」

 

 そんなことは露知らずか、次々と湯水のように問題発言を溢し続ける浦和ハナコ。

 もちろんその後すぐに実行委員のハスミと運営スタッフ達が壇上から彼女引き摺り下ろし、代わりに代打でマリーが出場し事なきを得た。

 最初からまさかのハプニングにユウカは泡を吹きそうになったものの、その後のプログラムは着実に進行していく。開会式後は外回りと会場運営に別れ、ユウカは会場内で問題がないか目を光らせながらミレニアム生徒達に対し競技のアドバイスを行っていた。

 今回の競技は身体能力だけではなく、知力や運も織り混ぜた新プログラム競技になっている。そしてそのお陰かどこの学園の生徒ももれなく力を発揮し、一位を取る学園が固まることはなかった。

 そんな多数ある競技の中、一際存在を放ったのはゲヘナの美食研究部と呼ばれる集団である。

 部長を筆頭にし、食べ物関連の競技は全て彼女達が一位を総嘗めしたことにより、前半競技の総合順位はゲヘナがトップを走り出す。

 

『オーーット! 新競技、巨大パン大逃げ競争』ではなんと、またまたあの大食いの悪魔が全てを平らげてしまって……えっと、これはどうなるんですかね? 一応、一位になるんですか?』

 

 ハキハキとした歯切れの良い音声が会場に響き渡る。

 テントの中で応援していたユウカは頭を抱えていた。

 

「はぁ……まさかゲヘナにあんな秘密兵器軍団がいるなんて……」

『審議の結果、一位はゲヘナのアカリ選手です! またもゲヘナが総合得点で他の学園を突き放していく!』

「くうっ……で、でもまだまだ序盤なんだから!」

 

 多種多様な生徒達による奇想天外な競技結果や軽快な実況が相まって会場の空気感は熱を増していく。次々と始まる競技一つ一つに、参加者の熱意がひしひしと伝わってくる。普段冷静さを装っているユウカも、会場に飲まれテントの外に出て両手を挙げて応援していた。

 

『続いては大玉転がしです! コース一周をあの大きな球と共にゴールまで運ばなくてはなりませんが、コース中には埋められた地雷やスタッフ達による射撃から逃れながら――ってこれ大丈夫なんです!? え? ああ、ちゃんと医療部隊がいるから大丈夫と。えーはい、それなら良さそうですね!』

 

 ユウカは体操服ジャージのポケットから、1日のプログラム競技の日程が記されたパンフレットを取り出す。

 

「えっと……もうそろそろね」

 

 チラリと会場の巨大電光掲示板を見上げる。次始まるのが大玉転がし。時計もさほど時間の遅れもなく順調に進んでいる。このまま何語ともなく進むと2つ後に自身が出場する競技が始まる。

 ユウカが出場するのは、この祭典の開催当初から存在している競技『借り物競争』だった。会場内にあるものであれば何でも対象になるこの競技は借り物がどんなものになるか、の引き運が重要になってくる。

 運が良い方ではないものの、ユウカはこの競技に参加することを決めてからあらゆるもののデータを頭に叩き込んでいた。借り物競争で指定されるかもしれない珍しいアイテムを、誰が持っているのかという所まで割り出している。

 ユウカはこの競技にかなり自信がある。たかが数多ある中の一つの競技でそこまでするか、と思われるだろうが、彼女が目指すのは我が校の初優勝。そのためには勝ち星が一つでも欲しい。せめて自分が担当する競技では好成績を残しておかなければならない。

 ミレニアムの順位は現在の所、健闘虚しく5位。昼過ぎ辺りからは頭脳を使った競技が増えるため順位も上がっていくだろうが、このまま優勝候補筆頭であるゲヘナとトリニティの二校に突き放されるのも好ましくはない。

 

(皆頑張ってるのは伝わってくる。食べ物関係はどうやら勝ち目は無さそうだけど、借り物競争なら話は別。私も選手として貢献しないとね……!) 

 

 拳をグッと握りしめて奮起する。

 

『おーっと!? ミレニアム所属のアリス選手、小さな体ですが、あの大玉をなんと場外へ吹き飛ばしてしまったぞーーッ!? 今年の運動会は一体何なんだーー!?』

 

 会場に歓声が飛び交う。

 ユウカは頭の中のシュミレーションを完璧にするため、一足先に待機場所へ向かう。

 出場ゲートの裏側には複数の生徒がちらほらと待機していた。他学園の生徒ばかりだったが、その中に一人、意外な人物が隅の方で日陰に入り休んでいた。

 彼女もユウカの存在に気付いたのか、手元に所持しているタブレットの画面を閉じ軽く会釈をした。

 

「あら、早瀬さんもこの競技に?」

「ええ、そうよ。でもびっくりね。裏方にだけ専念するって言ってたような気がするけど」

 

 青髪が吹き込んだ風によってゆらりと揺れる。

 

「はい、そのつもりでしたよ。この競技は元々ヒナ委員長が出るはずでしたから」

「ふぅん、なるほど……」

 

 ユウカはアコの顔を見つめながら顎に手を添える。とても渋い表情をしている。どうやらイレギュラーな出来事が起きたようだ。

 とはいえ、それは朗報である。身体能力がずば抜けている風紀委員長(空崎ヒナ)が出場していたとしたら、勝ち目がほとんど無かったかもしれない。しかし彼女は、早朝に集合した時、運動が苦手そうな口振りをしていた。風紀委員の中で行政官、とまで言われる存在だ。自分と同じく知略を使ってくるタイプだろう。苦戦はするだろうが、まだ彼女の方がやりやすいはずだ。

 

「まぁ、ここで私が駄目だったとしてもまだまだゲヘナがトップを走るでしょう。ミレニアムは確か……5位でしたか。ふふ、お互い優勝目指してがんばりましょうね?」

 

 その口振りは、まさに余裕と言ったところか。

 ――今に見てなさいよ。

 ユウカはムッと表情を引き締めた。

 

「ええ。中盤以降は知力が必要な競技が増えるから、私達の独壇場になると思うわ。あなた達が笑っていられるのも今のうち、と言った感じかしら」

「あら……まぁ、とにかく、お手柔らかに」

「ええ、こちらこそ」

 

 にこりと笑う。しかし、お互い目が笑っていない。

 その様子を見ていた周りの出場生徒達はぞくりと背筋が凍る思いをしていたそうだ。

 牽制をし合っていると、放送の合図が掛かる。

 

『さぁ! 続いては晄輪大祭三大名物競技の一つ! 借り物競争です! 出場生徒の皆さんは出場ゲートにて受付を済ませてください!』

 

 そろそろ始まる。まだ来ていない参加者もぞろぞろと集まってきた。

 一つの学園につき参加するのは二人。ミレニアムからはユウカと、連続出場になるが大玉転がしで大波乱を起こした天童アリスがこの競技で一位を目指す。

 競技の性質状、簡単なお題を引くための運が重要になってくる。片方が難しいお題でも、もう一方さえ良ければ一位の可能性が見えてくる。

 別に自身が一位を狙う必要はない。場合によっては自分が周りの生徒の邪魔をし、その隙に抜け出してくれれば良い。

 

「ユウカ、今回は共闘と言うことですね!」

 

 一位を狙うための算段をたてている所で、もう一人の出場者がとことこと歩み寄ってきた。彼女の地面に着きそうな程の麗しく長い髪が左右に揺れる。

 この世の全ての悪い感情を削ぎ落としたような、純粋な笑顔を向けてくれる少女に釣られ、ユウカはくすりと笑う。

 

「あら、アリスちゃん。でも……惜しかったわね。大玉転がしの一位は逃しちゃったけど。それでも楽しんでもらえたかしら?」

「はい! 力の制御が上手くできなくて大玉を遠くまで飛ばしちゃった時はどうしようかと思いましたが……みんなのおかげでとても楽しかったです!」

 

 身振り手振りで教えてくれる。

 彼女(アリス)の幼さが残る天真爛漫な立ち振舞いにユウカはついつい笑ってしまう。ユウカはアリスのことを実の妹のように思っており、どうしても彼女には甘くしてしまう。

 

「ふふ、それなら良かった。次の競技は何と古くから続くこの晄輪大祭の中で三大競技と呼ばれるものの一つ、借り物競争よ。ルールは前に伝えた通り、お題箱から引いた紙に書かれているものを一番早く持ってきた人が勝ちのシンプルなものね。大玉転がしみたいに難しく考える必要ないから安心して」

「なるほど……! 流石です! ですが……お題って一体どういうものが入っているのでしょうか……? はっ、ユズが欲しがっていたプレミア価値の付いたシューティングゲームとかが入っていれば嬉しいです! もしくは伝説の光の盾、とか!」

「あはは……」

 

 どうやら借り物競争の競技性を少し勘違いしているようだ。しかし爛々と目を輝かせ、ふんふんと息巻いている所を見るとやる気は十分である。

 今言っていたものが入っているとは思えないが、きっと彼女なら簡単なお題が引けることだろう。いつも絶え間ない幸せそうな愛らしい笑顔で、ちょっぴりとした幸運を引き寄せてくれそうだ。

 一応理解度を高めるためにもう一度細かく説明をし、ユウカとアリスは出場ゲートの前に並んだ。

 

『それでは! 選手達の入場です!』

 

 並んだ出場者達は駆け足でトラックの中央に集まる。

 

(あれ……?)

 

 ユウカはぱちぱちと不思議そうに瞬きをした。

 なぜか壇上に上がっていたのはノアだった。

 そして彼女もユウカの存在に気付いたのだろう、ウインクをして、口に人差し指を当てた。

 

(一体あの子、何をしようとしてるのかしらね……)

 

 ユウカはノアとは同期であり、そして親しき仲であると思っている。

 そんな彼女の性格はよく知っていた。意味の無い行動はしない。きっと何かを企んでいるのだろう……と。

 

「……さて、お集まりの皆さんに競技説明を行っていこうと思います」

 

 ユウカは怪訝そうに眉を潜めながら、大人しく説明を聞くことにした。

 

「最初にお題が入っている木箱へ辿り着くための障害走を行ってもらい、その先着順からお題を引いてその紙に書かれた物、または人を連れてゴールへ一番先にたどり着けば一位となります。もちろん、お題はこのスタジアム含め隣接する施設など、祭典会場内にあるものになっているのでお題のものが見つからないことはありません。もちろん、ちゃんとお題に合っているかの判断は私含め連邦生徒会の人達が不正のないように努めます。結局の所、お題をいち早く見つけて誰よりも先にゴールへ向かう……という非常に単純なルールになっています。では、ルール説明を終わります」

 

 どうやら、その予感は当たらなかった。

 元々お題の引き運に比重が置かれたこの競技は、手を加える必要がないため変更を加えていない。ルールを追加することも難しいだろう。

 マイクから口を離し、身を翻す。

 そのまま階段を降りていき、ノアはテントまで戻っていった。

 

「……どうやら、杞憂(きゆう)だったみたいね」

「……? ユウカ、何かあったんですか?」

 

 難しい顔をしているユウカを不思議そうにアリスが見上げている。その事に気付き、誤魔化しの笑みを浮かべた。

 

「ううん、何でもないわ。さ、アリスちゃん。作戦会議をしながらスタート位置に行きましょう」

「ハイ! 戦いには『さくせん』が大切です!」

 

 楽しみです! と意気込むアリスを見て、ユウカは余計なことを考えることを止めた。きっと先程の嫌な予感は気のせいだ。

 それにずっと考えていると親友の事を信用していないような感じがして、ちょっとだけ自分の事が嫌になってしまう。

 目指すは一位。そのためにはちゃんと競技に集中しなくては。

 ユウカはアリスが迷ってしまわないように手を繋ぎながら、スタート位置へ移動する。

 選手達は、一斉に指定されたレーンで今か今かと待ち構える。

 

『さて! 間も無く始まります! 晄輪大祭の三大名物の一つ、借り物競争です!! 選手達がどんなお題を引いているかを予想しながら見るのも醍醐味になっております!』

 

 さぁ、もうすぐ始まる――――。

 

『それでは、スタートの合図を――――って、はい、どうしましたか? はぁ…………なるほど。分かりました。えーっ、選手達の皆様にもう1つだけ言うことがありました……とのことです』

「え?」

 

 ユウカは放送員を買って出たクロノススクールのテントの方に視線を向ける。

 そこにはノアが立っていた。

 一瞬目が合う。穏やかそうに、にこりと笑っていた。

 

『選手の皆様、すみません。1つだけ言い忘れてしまいました。お題は偶然被ることもありますので、その場合は()()()()()となります』

 

 早い者勝ち。その言葉がどこか胸に引っ掛かったものの、特別変なことは言っていないため、ユウカはそのまま競技に臨もうと正面の障害レーンに視線を戻す。  

 今はただ、横にいるアリスと共に一位を目指すために競技に集中するべきだ。現在五位のミレニアムを優勝に導くには高順位が必要になる。

 高い身体能力が求められる競技では分が悪いが、この競技性であれば自身が一位を取ることも可能である。

 

(……皆、すごい集中力ね)   

 

 左右に目を配らせる。緊張したような息遣いだが、目線は皆正面のレーンを見つめている。  

  

『それでは! 気を取り直して始めましょう! スタートの合図をお願いします!』   

 

 軽快な声が会場に鳴り響く。

 ユウカはぐっと体に力を溜め、息を整える。

 ジリジリと、太陽の光が肌を焼き付ける。 

 会場全体が静かになる。視界の端で、スタートの合図役の生徒が拳銃を上に向けるのが見えた。

 

「よーーーい!!!」 

 

(……来る!)

 

 パンッッ!! 

 

 軽快な発砲音と共に青空の下、一斉に彼女らは走り出す。 

 晄輪大祭三大名物の借り物競争。

 この競技こそ、今大会で一番の盛り上りを見せることになるのを、このスタジアムの中の誰もが予想だにしていなかった。

 ただ、選手達を見つめながら、密やかに笑みを見せる生塩ノアだけを除いて――――。

 

 

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