走れ、群青。 ~晄輪大祭編~   作:さばちゃそ

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5話「入り乱れる戦況」

ー3ー

 

 軽やかに地を駆ける。背後から数人追いかけてくる足音が耳に入ってくる。更に、その後ろから一人追随(ついずい)してくるのも肌で感じ取っている。

 今日は非常に冴えている。久田イズナは緊張を崩さないようにしながらも、自然と口元が緩んでしまっているのを感じていた。

 チラリと己の手を見る。線の細く、しかし決してか弱くはない先生の腕が伸びている。手のひらの大きさは自身よりも少しだけ大きい。

 

主殿(あるじどの)! 私の忍術はどうでしたか!? 個人的には最高の出来映えだと思うのですが!」

 

 先ほど生真面目そうな青髪の少女を(あざむ)けることが出来た忍術、イズナ流忍法代わり身の術。

 この技は彼女が得意とする技の一つであったが、一体中々お披露目する機会が訪れることがなかった。しかし、ようやく一番見せたい相手に披露ができたことで、イズナはもうすでに最高の気分に酔いしれていた。

 だがここで気を抜くのは忍者として三流。自身の目指す忍者像は、完璧に任務を完遂すること。つまりこれから、恐らく障害となるだろう、他の競技者達から逃げなければならない。

 

「え? 本当にすごい……ですか? えへへ、素直に褒められると嬉しいです……!」

 

 イズナは先生に褒められると、パタパタと尾を振った。それはさながら、飼い主に甘やかされたペットのようである。

 スタジアムを通り抜け、外に出ると、遠くの方に芝生のグラウンドがある施設が見えた。距離的には遠くはないが、近いわけでもない。普通に走っていればいずれ追い付かれてしまうだろう。

 

(……とっておきの煙幕玉は残り三つ。これを上手く使えば追っ手から逃れることができるはずですが……)

 

 背後に目を向ける。諦めて他を探すために離脱した者もいるが、大半は自分を追いかけてきている。

 やはり、このままでは突き放すことは難しそうだ。

 

「煙隠れの術!」

 

 イズナはホルスターから一つ煙幕玉を取り出し、後方へ投げつけた。

 ボフン! という音と共に白煙が立ち上る。

 

「うわぁ! な、なにこれ!」

「爆弾ってあり!?」

 

 煙幕玉を投げつけられた後方の選手達はパニックを起こす。見慣れない物には誰もが必要以上に警戒してしまうものだ。

 煙玉はイズナが個人で作り上げた特製忍具であり、これを見たものは自身が所属する部活の生徒のみだった。それをこういった場で大勢の生徒達に披露することができ、役に立っていることが嬉しくて堪らなかった。

 

「えへっ。こうやって私の忍術や忍具を見せつければ、キヴォトス中に忍者の凄さを分かってもらえるはず……そ、それに、主殿との絆を深めるチャンスでもありますね!」

 

 胸中に思っていることを全て口に出していることに気づかないイズナは、するすると競技者達の追撃を避けつつも確実にゴールまで近づいていく。

 第一スタジアムを抜け、隣に建てられた第二スタジアムまで残り半分程度。このままの速度で駆け抜けることができれば、残りの煙幕玉を使いつつゴールテープを切れるはずだ。

 

「……なんて、甘い考えでしたか……!」

 

 イズナは速度を緩める。

 彼女の前方に立っていたのは二人の生徒。そのうち一人はイズナが通う百鬼夜行連合学院でも名が通るほどの人物である。

 キヴォトス三大学園の内の一つ、自由と混沌を校風とした学園都市内で最大規模の生徒数を誇るゲヘナ学園。

 奇想天外な動きを見せる問題児達を、洗練された統率力と武力によって取り締まる『風紀委員会』という組織がある。その中でも圧倒的な力を誇る委員長の補佐を務め、委員会の頭脳(ブレイン)と呼ばれる天雨アコだった。

 凛と立つアコの横に立つ銀髪の少女は、悪戯そうに笑い自身の目の前に大きな黒い鞄をドスンと置いた。

 

「お固い行政官さんと一緒なんて、あんまり気乗りじゃなかったけど。まぁ、こうなるなら話は別だよね~」

「元々委員長が出場する予定でしたが急遽変更になって仕方なく、ですよ。はぁ、委員長が出ていたらあなたに頼らずとも簡単に一位になれたというのに……まぁ、ゆっくり休んで頂けるのであればそれはそれでいいのですが」

 

 

 アコは手元のタブレットの操作を始める。イズナには彼女が何をしているのか一切分からない。しかし、このまま立ち止まっていれば追っ手に追い付かれて挟まれてしまう。

 

「さぁ、では先生をこちらに引き渡して貰いましょうか」

「ほらほらぁ、どうしたの~? 動かないんならこっちが先生を奪いに行っちゃうよ~?」

 

 ジリジリと詰め寄ってくる二人。

 何をして来るのか分からない。不用意に動いても罠を仕掛けられている可能性もある。とはいえこのまま立ち止まっていても埒が明かない。

 

「う……っ、どうしましょう……」 

 

 尻尾がくるりと丸まってしまう。

 

「主殿……私は……」 

 

 不安になったイズナは後ろにいる先生を頼ろうとする。

 しかしイズナはその瞬間、ぶんぶんと首を横に振った。  

 

「……いえ、今は大会中ですね。主殿の力を借りずとも何とかしてみせるのが本物の忍者! そう、これはすなわち忍者の試練ということっ!」

 

 この場を颯爽(さっそう)と切り抜け、向かうは奥に見える第二スタジアムの入り口。武力行使が禁止されている今大会で持ち込めたのは煙幕玉ともう一つ、とっておきにしている忍具の二つのみ。

 およそこの競技で最も高い壁となるのが、目の前にいる二人組。彼女達を攻略すれば己が主君と一緒にゴールすることができるはず。

 つまり、ここが正念場。

 

「お二方! 残念ですが主殿を渡すことはできません! 無理にでも、そこを通らさせていただきます!」

 

 イズナはホルスターに手を伸ばす。

 

「あら、またそれで我々を撹乱するつもりですね?」

「ふぅん。やめておいた方がいいと思うけどねぇ」

 

 やはり、この二人には手の内がバレてしまっている。銀髪の少女の手には黒い玉が握られている。投げつけてきたところに合わせて相殺させるつもりなのかもしれない。

 しかしイズナは躊躇(ためら)いなく腕を振り上げた。

 

「イズナ流忍法! 煙隠れの術!」

 

 煙幕玉を二人にはぶつけるーーのではなく、勢い良く下に投げつけた。

 もくもくと白煙がイズナ達を飲み込んでいく。範囲が徐々に広まっていく。相手の目にはもう姿が見えなくなっているだろう。

 まずは一つ目。

 

「続いてもう一つ!」

 

 間髪入れずに後ろに振り向いて、煙幕玉をもう一つ投げつけた。煙の向こうから慌てる声が聞こえてくる。

 もうすぐそこまで来ていたのをイズナは分かっていた。

 そしてその声を聞いたことにより、煙幕玉が効いていることを察したイズナは白煙が薄れて消えてしまう前に次の忍術を発動しようと動き出す。

 足の向きは後方へ。煙をかき分けながら進むと、より声が近くなってくる。

 

「また煙!?」

「大丈夫! このまま煙が晴れたら追いましょう!」

「それじゃまた突き放される! 害がないのが分かってるなら進むべきよ!」

「でもまた同じ手を打ってくるとは限らないわ!」

 

 競技者達の喧騒に紛れ、イズナはその中心へ足を運ぶ。

 今この場は四面八方に先生を狙う者ばかりだ。逃げ道は無い。しかし、あえてこの状況を作り出した。

 イズナは次のフェーズに取りかかる。

 一度手を離し、その場に先生を待機させる。そして服の中に忍び込ませたとっておきの道具を取り出し上に放り投げる。

 

(主殿、すみませんっ。その場に伏せて下さい!)

 

 小声で指示をし、二人は地面に伏せる体勢を取る。そしてその数秒後、白煙の効力が失われていく。

 完全に煙が晴れると、その場にいた者達はどよめきに包まれた。

 

「あ、あれ? 先生がいない!?」

「まって、あそこにいるのはゲヘナ学園の生徒よね? もしかしてみすみす見逃したの!?」

「いや、そんなわけ無いわ! きっと煙に巻いてどこかに逃げたのよ! もしかして、あの二人から逃げるためにまたグラウンドの方に戻っているとか!」

 

 二人を見失った彼女達。イズナが発動した忍術に混乱している。

 

(成功ですね……!)

 

 イズナは暗闇の中でにやりと笑う。

 まさか敵の中心部で隠れているとは思うまい。自ら製作した背景と同化する特製の布を被ることにより、人目を(あざむ)くことができる、イズナの数ある忍術の中でも一番の得意技である。

 競技者達の戸惑いの声が耳に入り、イズナは嬉しさのあまり己の尻尾をフリフリと動かし始めた。

 

「あ! 地面から尻尾が生えてきたわ!?」

「な、何よあれ!」

「でもまって、何だか見たことのあるような……」

 

 尻尾の動きで地面にカモフラージュしていた布が捲れていることなど露知らず、頭の中で理想的な動きをしている自分自身を思い描いていると、突如目の前が明るくなった。

 

「次はどんな術で…………あれ?」

 

 イズナはキョロキョロと周りを見渡す。

 隣には苦笑いを浮かべる先生。周囲にはお腹を空かせた獣のような目をした競技者達。その中には呆れた顔をする天雨アコも紛れていた。

 

ーーバレてしまった。

 

「はわぁ!? 主殿! とっ、とにかく、ここから抜け出さなければなりません!」

 

 勢い良く飛び起きたイズナは、残り最後の煙幕玉を手に取ろうとする。

 だが、それよりも先に、前方から軽い破裂音が鳴った。

 全員の意識がそこへ向く。

 

「はぁい、これに注目~っ。あ、先生ならこれが何か分かるよね?」

 

 先程から手に持っていた黒玉を掲げる白銀の少女。

 皆がその言葉に釣られ、視線が集まってしまう。

 イズナは視界の端で、アコが唯一それから目を背け、腕で目を覆い隠しているのが見え、その少女が何をしようとしているのか気付いた。

 しかしーーもう、遅い。

 黒玉は突如眩い光に包まれ、その光が周囲に広がる。

 

「な、何!? 見えない!」

「こ……これは閃光弾!?」

 

 至近距離で閃光弾を浴びた者達は、次々と目を抑え呻き声を上げる。

 力無く崩れ落ちていく者達の中で、無事でいられたのはゲヘナの二人と、以前その少女から悪戯で見せられたことのある先生だけだった。

 

 

「あはは~っ。ちゃんと威力は下げてるから、数分後には元通りになってると思うよ。じゃ、先生?」

「ええ、私たちと行きましょうか。お題の内容は告げられませんが、私のお題に該当するのは奇しくも貴方なのですから」

「ま、残念だけど私は違うんだけどねぇ。でもぉ、こっちの方がおもしろそうだから……ね?」

 

 アコは小悪魔のような笑みを見せる少女に対し、軽いため息をついた。

 彼女の名前は浅黄(あさぎ)ムツキ。ゲヘナ学園の二年生であり、アコが所属する風紀委員会と度々対峙している問題児集団の一人。その中でも何を考えているかを、アコにすら読むことのできない要注意人物である。

 彼女の手綱(たづな)を引くことができるのは、問題児集団のトップに君臨(くんりん)する陸八魔(りくはちま)アルという生徒のみ。数人の生徒は彼女に付き従う形で個人事務所を立ち上げ、度々問題を起こしては風紀委員会と衝突を繰り返しアコの頭を悩ませている。

 つまり、この二人の相性は最悪。今は共通の目的によって動いてくれてはいるが、正直アコはこのままうまく行くとは思っていなかった。

 きっとどこかで何かを仕掛けてくる。この競技の中で最も警戒しないといけないのは他でもない、この浅黄ムツキという生徒なのだ。

 

「はぁ。まぁ、どちらかが一番先にゴールすれば十分でしょう。リードを無理に広げようとせず、保てばいいだけですので」

 

 アコは自身のタブレットを開く。

 全校含めた順位と各校の総ポイントがそこには記録されていた。学園の規模、生徒の能力、学園ごとの特色を考えても、敵になるのは犬猿の仲であるトリニティくらいだ。学園最大規模の生徒数を誇っていたアビドスは、謎の大砂塵(だいさじん)によって壊滅寸前の被害があり、現在の生徒はたった五人しかいない。

 そしてアビドスの代わりにキヴォトスの三大学園として食い込んできたのは新鋭のミレニアムサイエンススクール。だが、いつもであればこの祭典に興味を持つものは少なく、過去の順位を(さかのぼ)って確認したものの、生徒数が少ない他の学園にすら負けてしまっている。

 つまり、そこの学園そのものがこの大会(晄輪大祭)に力を入れていないという証拠である。

 

 なので今回はミレニアムを眼中には入れず、最大のライバルであるトリニティに照準(ひょうじゅん)を合わせ作戦を練っていた。

 だがーーどういうことか、今回のミレニアムはいままでとは訳が違う。明らかに優勝を目指している。相変わらずやる気の無さそうな生徒も見られたが、大半は上位に食い込んで来ており、生徒達の気概(きがい)が伺える。

 見誤(みあやま)っていたのだ。不覚だ。まだまだ甘い。もしもの事を考えて対策を組むべきなのかもしれない。

 

「待ちなさい!!!」

 

 背後から声をかけられる。聞き覚えのあるハキハキとした声。アコはそれが誰なのか、振り返らずとも分かっていた。 

 

「へぇ、まだまだ遊べそうだね~。ね、行政官さん?」

 

 横にいるムツキが、嬉しそうに口角を上げながら覗き込んできた。

 

「私はこのまま、なるべく早く事を終わらせたいのですが……」

 

 深い溜め息をつき、後ろに目を向ける。

 そこに立っていたのは、見覚えのあるハーフツインアップの青髪。

 

「先生を渡しなさい!」

「あら、さながら先生は囚われの姫、みたいなものでしょうか? ですが、残念ながらそれはできません。この会場には多くの方々が来訪してるので、先生に(こだわ)らず別の相手を探して見た方が順位を少しでも上げれるのでは?」

聡明(そうめい)なあなたなら気付いてるでしょうっ! これはただの借り物競争じゃないんだから!」

「まぁ……そうでしょうね。ですが、あなた一人で私達を相手に先生を取り返すことができるでしょうか? どうするおつもりですか、早瀬さん?」

 

 余裕を感じさせる笑みを見せるアコ。

 

「くっ……」

 

 ユウカはそんなアコに対し、厳しそうな表情を見せる。実のところ、彼女はまだ追い付いたばかりで戦況を把握していない。目を抑え苦しんでいる同じ目標を狙う競技者達、そして先生の手を引いている天雨アコ。その横で不適に笑う浅黄ムツキ。各人各様(かくじんかくよう)の思惑が、この場で思いひしめいている。

 波乱に波乱を呼んでいる借り物競争は、もうすでに中盤へ差し掛かっていた――。

 

 

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