走れ、群青。 ~晄輪大祭編~   作:さばちゃそ

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6話「爆弾魔」

ー4ー

 

 ユウカは最大の壁となるであろう、ゲヘナの天雨アコと対峙(たいじ)しながら、頭の中で先生を取り戻す方法を考えていた。

 もちろん、アコの横にいる銀髪の少女の警戒も忘れてはいない。地面に倒れ込んでいる競技者達は目を抑えて呻き声を上げている。そしてたどり着く前に一瞬広がった閃光。きっとそれは彼女の仕業だと推測できる。

 ある程度他校の生徒の下調べをしていたおかげで、彼女が何者なのかは分かっていた。彼女が持っている大きな鞄。その中にはいくつもの道具や爆弾が入っているはずだ。しかし、殺傷能力がある武器は使用することはできないルールがある以上、使える手段は限られてくる。

 

 まず煙幕や閃光弾。相手の視界を遮ったり奪ったりすることはルール上では禁止されていない(そもそもそれを持ち込もうとする者がいることを想定していなかったが)。

 その他には相手をルールの範囲内で拘束する道具や足止めをする罠などを用意してくる可能性がある。しかしどれも想定していればある程度は対応ができるはずだ。

 

(……私もルールの裏を掻い潜って、何か道具を持ち込むべきだったかしらね)

 

 ユウカは少しだけ後悔するも、すぐに気持ちを切り替える。そんなことを考えている暇はない。愛用の銃も持っていない今、己の身一つで彼女らに立ち向かう方法を考えなければならない。

 

「先生を一番先に選んだのは私よ。天雨さんこそ他を当たってくれないかしら?」

 

 時間稼ぎになればいい。このまま無策に突っ込んでも返り討ちに遭うだけだ。

 

「そうですね。確かに、貴女が一番先に先生を連れ出していました。ですが……だからといってそれで譲るほど、私はお行儀が良くありませんよ? それでは浅黄さん、後はよろしくおねがいしますね」

 

 落ち着いた返答。

 きっと思惑がバレているのだろう、そのまま歩き出そうとしている。

 ユウカはゴールへ向かおうとするアコの背中を見て、力一杯に握りこぶしを作る。

 

「そうね。でも私だって、はいそうですか~、なんて聞き分けの良い生徒じゃないんだから!」

 

 ユウカは足に力を込める。作戦などはない。こうなったら、突っ込んで無理やりに引き剥がすしかない。

 しかし、それを阻むようにしてもう一人のゲヘナ生徒が立ちはだかる。

 

「くふふ、まずは、ムツキちゃんと遊んでからだよ~?」

 

 大きな鞄を足元に下ろし、何かを取り出す。

 

「うーん、次はこれで楽しんじゃおっかなぁ!」

 

 そう言って彼女は、走ってくるユウカに向かって振り撒くように投げつける。ゆるやかに弧を描き、ポトリと地面に落ちていく。

 それはチカチカと光っている。どうみても近づいてはいけない類いのものだ。

 だが、それなら迂回すればいいだけだ。危険なものが目に見えているのであれば、別に恐れる必要は無い。 

 

「残念だけど遊びに付き合ってる暇なんて私にはないわ!」

 

 すぐにユウカは地雷帯を駆け抜けようと横へ移動を始める。

 しかしーー。

 

 

 カチリ。

 

 

 何か、嫌な音が聞こえた。そしてその瞬間、足元の地面が割れる。

 

「なっ、何でーーッ!?」

 

 爆発音が響き渡る。砂煙が立ち上がり、ユウカはその中心に巻き込まれてしまった。その様子を空から撮っていたドローンが、安否確認のため地上に降りてくる。

 しばらくすると、その煙の中からうっすらとユウカの姿が映し出された。

 

『おーーっと!!?? いきなり何もない所から爆発音が!!! 巻き込まれてしまった早瀬選手は……な、なんと! いや、これは大丈夫なのか!?』

 

 実況の戸惑いの声が響く。

 

 

「う……コホッコホッ。お、思ったより威力が低かったわね。これならまた地雷を踏み抜いたとしても、力押しで……」

 

 煙が薄れていく。

 

「……って、キャッ!? な、何よ、これ!!?」

 

 ユウカはふと目線を下にやると、思わず座り込んでしまった。

 ユウカ本人は無事だったものの、身に付けている体操服だけがボロボロになり、穴だらけになってしまったのである。

 

「あはははっ! 何故か分からないけど、偶然そこに地雷があったんだねぇ。古いから威力がいい感じに下がっちゃったのかなぁ? よかったね、無事で!」

「何が無事よっ! それに地雷なんてあからさまな武力行使じゃない! 反則! 失格です!」

 

 ユウカはけらけらと子供のように笑う少女を睨み付ける。

 

「え~? でもホントに偶然だよ? ぐーぜん。ムツキちゃんはぁ、ただ点滅するこのおもちゃを投げただけだよ? それとも私が埋めるとこを見てたの? 証明できるものはある?」

「くっ……」

 

 点滅する円盤形の装置を片手で掲げ、悪戯そうに目を細める。その怪しさを含んだ瞳を見れば、彼女が工作を行っていることが一目瞭然なのだが、確かに彼女の言う通りそれを証明のしようがない。

 更に救急医療班(きゅうきゅういりょうはん)に運ばれるレベルの爆発でもなく、ただ服だけが破れる程度。これだけの威力であれば武力行使ではないと判断される可能性も普通にある。

 あえて威力を下げた地雷。ユウカの体にはまるで影響が無いが、これ以上服が弾け飛んでしまえば、全生徒の眼前に醜態(しゅうたい)をさらしてしまう。

 しかも、それだけではない。一番見られたくない人物がここにいる。

 

「先生! 振り向いちゃダメです! それと今から目を閉じててください! いえ、私は大丈夫ですから! 絶対! 必ず! この競技中は目を開けちゃいけません!」

 

 起爆音が気になりユウカの方へ顔を向けようとした先生を止め指示を出す。

 

「心配してくれるのはありがたいですが、先生もセクハラとかで捕まりたくないでしょう!?」

 

 ユウカは己の身を案じてくれる先生に対して、厳しい言葉を投げかけてしまうことに少しだけ胸を痛めつつも、何とか言うことを聞いてくれることに安堵する。

 

(まぁ、先生ならこの状況下でも心の底から心配して助けてくれようとすると思うはずだけど……)

 

 別に先生がこの状況下でやましい気持ちを抱くはずだろう、と思っているわけではない。ただ、自分が見られるのが嫌なだけだ。

 つまり、この会場の中で一番見られたくない相手こそ、目線の先にいる先生である。

 だからと言って、嫌いなわけではない。どちらかと言うと、好意を抱いていた。もちろん、優秀な大人として。

 キヴォトスにある数多の学園、そして生徒を救ってきた先生のことを尊敬している。しかし、それだけではない。尊敬とは違う、他の感情を先生に向けているのを自分でも理解している。だが、それが一体何なのかが分からない。

 

心がざわつく。複雑な感情が胸の中に渦巻いている。

 いくら計算が得意なユウカでさえも、この感情の答えを見いだすことを未だに出来ていない。

 

(ってもうっ、そんな事を考えてる場合じゃないわ。とりあえず……)

 

 ユウカは穴が空いたジャージを腰に巻き付ける。これで裾がボロボロになり、剥き出しになっていたお腹の部分をある程度隠せる。これならまだ動き回っても大丈夫だろう。

 気を取り直して銀髪の少女に向き合う。依然として、余裕そうに口元をにやつかせている。

 

「……あなたはゲヘナ学園二年生、浅黄ムツキね?」

 

 ユウカは予め、ノアと協力して他校の生徒の情報は仕入れていた。その中でも特に永年優勝争いを続けているゲヘナとトリニティの二校は調べ尽くしている。

 彼女は調べたところ、部活とは別枠である便利屋68という事務所に所属しており、数多の爆弾を使いこなす爆弾魔(ボマー)として恐れられている。

 

「あはっ、私のこと知ってるの? もしかして私達も有名になってきたのかなぁ?」

「……同じ二年生同士、手加減は一切するつもりはないわよ」

「手加減なんて必要ないよ? むしろ、全力で来ないと痛い目に遭わせちゃうけどね?」

 

 くすくすと小気味に笑う。だが実際、今の状況はかなり劣勢だ。

 無理に動けば地雷が起爆し、服が弾け飛ぶ。とはいえ、じっとしていてもこのままだと一位をゲヘナに奪われてしまう。八方塞がりである。

 

「それで? 手ぶらで私に挑むつもりなの?」

「ええ。それでも、私はここで一位を取らなくちゃいけないもの」

「ふぅん。そうなんだ。べつにぃ、わざと通して行政官さんのギョッとした顔でも見てやろうかと思ってたけど~。あは、ごめんね? 行政官さんに借りを作るためにもムツキちゃんに付き合ってもらうよ!」

 

 ムツキはそう言うと鞄の中から先程の光る円盤を取り出す。しかし、それが本物か偽物かは、所持者本人にしか分からない。

 

「そ~れっ!」

 

 ムツキが投げた円盤は、再び目の前に等間隔で並べられる。

 

「さて、どこを通ればいいのかなぁ?」

 

 長考する時間はない。

 

「そうね……」

 

 パッと思い付いたのは三通り。

 一つ目は爆弾が偽物であり、爆弾を避けようとした場所に地雷が埋まっている。二つ目は爆弾が本物の場合、近づいたら起爆する。そして三つ目は爆弾は偽物であり、本当は最初の地雷以外設置されていないか。

 まず、地雷は恐らく競技中に埋めていると考えられる。そうでなければ既にここを通りかかった生徒が被害を受けて大騒ぎになってしまう。となれば、限られた時間、そしてドローンの目を掻い潜った上でいくつも地中に仕込むのは難しいだろう。

 よって一つ目の可能性は薄い。おそらく、一つだけ埋めておいた地雷の場所へ誘導させ、踏ませることで他にもまだ埋まっているのかも知れない、という警戒心を高めようとしていたのだろう。

 

 だが……それこそが(ブラフ)だとしたら?

 

 考えれば考えるほどドつぼに嵌まっていく。

 動けない。

 

ーーそう、一般の生徒なら、足が岩になったかのように、この場から動けなくなる。

 

 

 しかし、ユウカは気づいていた。

 浅黄ムツキ(彼女)の目的は、自分達をこの場に停滞(ていたい)させることだ。

 だが、そうはさせない。

 ミレニアムの中で、生徒会という学園そのものを支える仕事を続けてきたユウカにとって、この程度の問題に(つまづ)くわけにはいかないのだ。

 

「私の計算が正しければ、このルートしかないわ」

 

 目の前に置かれた地雷。土に埋まり見えない地雷。この晄輪大祭というキヴォトス中のほとんどの生徒が集まる場所で、その地雷を踏み抜いてしまえば、今度こそ終わりだ。自身のあられの無い姿を映像に残されてしまうだろう。

 ユウカはそれでも一歩前に踏み出す。やけになったわけではない。しっかりと論理に基づいての行動である。

 広がる地雷地帯を怖じけづくことなく進み続ける。

 

「ちょっ、そんな適当に歩いてたら本当に爆発しちゃうけど!?」

 

 ユウカの颯爽(さっそう)と歩く姿に、ムツキはようやく目の色を変える。どうやら己の想定よりも早く動き出したこと、そして正確なルートを導き出していることに驚いているようだ。

 

「私は当てずっぽうで無闇に動くタイプじゃないわ。つまり、ちゃんと理由があるってことよ。天雨さんが通っていた場所を記憶して、そこを通っているだけ。本当に地雷が埋まっていたとしても、それが嘘だったとしても、このルートに地雷が埋まっている確率は0。それに、爆発物の威力をあえて下げる改造を施すのってかなり大変なはず。あなたのそのふざけた威力設定も、きっと晄輪大祭用に調整してるんでしょう? 資金、労力などを加味しても、所持する爆弾全てをわざわざその威力に抑える……なんてことはしないはず」

「でも、何個その爆弾があるかなんて分からないじゃん!」

「そうね。今投げたものがルート上にあれば運に身を任せることになったと思うけど……」

 

 ユウカはアコが通っていたルートの上に爆弾が設置されていないのを確認している。このまま突き進めば後は正面に立つ彼女を避け、先へ第二グラウンドへ向かったアコと先生を追いかければいいだけ。

 

(あの子はノアが調べてくれた情報によると大の悪戯好きで好戦的。その性格上、この地雷地帯を抜けた私を力尽くで止めてくる可能性も無くはないでしょうけどね)

 

 とはいえ武力行使が禁止されている以上、無理な妨害工作はしてこないだろう。危険な爆弾さえ避ければ彼女を突破することができる。

 

「さぁ、浅黄さん。天雨さんの後を追わせてもらえるかしら?」

 

 地雷地帯を抜けるまで残り数歩。このまま直線に進んでいけば地雷を踏んでしまう心配もない。追加の爆弾を投げてこなかった以上、そこまで用意することができなかったと考えていい。余裕そうな表情に、少しだけ焦りの色が見えている。

 さぁ、これでアコの追跡を始めることができるだろう。

 ーーそう思った瞬間、

 

 

 カチリ。

 

 

「ーーーーえっ!?」

 

 

 あの音が、鳴った。

 

 

 

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