Lycoris & Phantoms - Strikers from the Shadows -   作:勝石

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いま、世界はあるべき姿にあらず。

事件は事故に、悲劇は美談に。真実は歪まれ、偽りの平穏のみが繰り返されている。

長らく虚構によって保たれた沈黙は、大いなる『崩壊』の前触れでしかない。

定めに抗い、変革を望むもの…それは時に、『トリックスター』とも呼ばれた。

汝、トリックスターよ…今こそ、この世の歪みの深淵と『運命』に立ち向かうがいい。



Ep.01 Busted boy and kicked out chick

 揺れる電車に乗って数十分。数週間前から自身の身に起こったことを振り返っていた少年の視界に歪に立った塔が映った。

 

 以前、テレビで取り上げられていたときに聞いたことがある。何でも10年前に起きた悲惨な事故によって壊れたそうだが、現在では日本の平和と安寧の象徴になっているそうだ。

 

 事実、この事故以来、この国では大きな事件は起きていないという。おかげで電車の天井からぶら下がっている広告の書かれているように、日本の治安は8年間連続で世界一位、などと言われているそうだ。

 

 そんな安全神話など、『単なる虚構』でしかないというのに。

 

「え~それマジぃ~?」

「ホントだよ、ホント。ほら、最近変な事故が増えてんじゃん? 絶対それだって!!」

「んえ~? それ、どうせアンタのよく見る掲示板とかに書いてある噂じゃん? 嘘くさ~」

「でもホントならマジヤバいって! だって人がいきなりさ」

 

 そう。いくらここ数年の日本の治安がすこぶる良くても、小さいながら、事件は起こる。

 

 例えば、夜遅くなった帰り道で偶然泥酔したハゲに遭遇するとか。

 

 例えば、酒臭いおっさんが嫌がる女性に力づくで言い寄ったりとか。

 

 例えば、女性を庇ったら見たことのない制服の着た同年代の男子に組み伏せられたりとか。

 

 例えば、腐った大人が自分に無実の罪を擦り付けたりとか。

 

 だが、そんな事件も、大人の圧力(ちから)なんてもので理不尽に歪められてしまうのだ。

 

(……止そう。こんなことを考えても仕方がない)

 

 複雑な心境から目を背けるように少年、雨宮(あまみや) (れん)は電車の扉上にあるモニタへ視線を向けた。

 

《先日未明、○○区内でガス爆発事故が発生しました。幸い死傷者は確認されていませんが、ビルの窓ガラスが全て破損する大事故で、原因はいまだ不明とのことです。現在も調査が続いており…》

(都会の方も物騒だな…)

 

 漠然とそんな感想を頭に浮かべていると、次の駅を知らせるアナウンスが聞こえてきた。

 

《まもなくー、錦糸町、錦糸町です》

 

 降りるべき駅の名前が聞こえた蓮は席から立って下車した。駅の北口から出ると、両親が送ってくれた待ち合わせ場所の情報を確認するため、スマホのメッセージアプリを起動しようとする。

 

「何だ、これは?」

 

 そのとき、あるはずのないものに蓮は驚いた。

 

 メイン画面にあったのは大きな目玉が描かれた、赤いアイコンのアプリ。当然こんなもの、インストールした覚えはない。ドクン、ドクンと脈動するように自身を主張するそれに、気味悪さを覚える。

 

(消すか……)

 

 さっとゴミ箱のアイコンへとスライドして即消去した。意味の分からないものなんてさっさと捨てるに越したことはない。

 

 アプリを消した蓮は親が送ってくれたメッセージを確認し、約束していた場所へと歩き出した。

 

 

***

 

 

(確か待ち合わせ地点はこの辺りだったはず……)

「おい、こっちだ」

 

 指定の場所付近に着くと、誰かが自分を呼んでいる声がした。聞こえてきた方角には高架下で停まっている一台の車があった。

 

 車の方へ近づくと、運転席の窓が開いた。中から顎髭を蓄えた、メガネの壮年男性の顔が現れた。

 

「お前だろ? うちで一年間預かることになってる蓮って坊主は」

「それでは、貴方が一年間お世話になる佐倉さん?」

「まぁな。とにかく中に入れよ。後もう一人、待たなきゃなんねえからよ」

「もう一人?」

「ああ、そうだ」

 

 もう一人の待ち人について佐倉氏が教えた。

 

「お前以外にもう一人、迎えることになってんだ。お前は事前に運んできたから手持ちはそれだけだろうが、もう一人は荷物と一緒に来るんだと」

「それで、車で」

「そういうこった。お前が来てるならあっちもそろそろ来る頃だと思うが…お、噂をすれば」

 

 男性の顔が動くのと同じように、蓮も自身の後ろへ視線を向ける。向こうからやってくるシルエットは自分より頭一つ分小さいものだった。

 

 もう一人の待ち人は女性ーーーというか、女の子だった。

 

 肩にかかるほど長く、自分のものに負け劣らず濃い、黒い髪。左頬に張られている湿布がやけに目立っていたが、顔立ちが整っているのがよく解る。

 

 これまで蓮が見てきた女子の中でもかなり可愛らしい部類だ。

 

「申し訳ありません、遅れましたか?」

 

 反面、その表情は硬く、まさに仏頂面と言い表すべきだろう。

 

 真面目そうな子だ、というのが蓮の少女への第一印象だった。

 

「いいや。俺もこいつも、さっきこっちに来たばっかだ」

 

 だが、それよりも気になったのは彼女の紺一色の衣服。

 

 どこかの学校の制服なのだろうか。

 

 どうしてか、似たものを見た気がする。

 

 それもすぐ最近。

 

 ー 何をしている! とっととそのガキを…!! -

 

 嫌なことを、思い出してきた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 佐倉氏の声が聞こえた。どうやら考え事でぼーっとしていたようだ。

 

 気づくと少女のアメジスト色の瞳がこちらを見ている。

 

 まるで、自分を居るはずのない人物であるかのように不審の目を向けている。

 

「あの、こちらの方は?」

「お前さんと同じで、家に来ることになってる一人だよ」

「そうですか…それにしては関係者の方には見えませんが……」

「説明は運転しながらする。ここで話すことでもねぇからな」

「分かりました」

 

 そういって、少女はいそいそと横に置いていた荷物ーーー色合い皆無のグレーのスーツケースを携えてトランクの方へ向かおうとした。

 

「あの、荷物。俺が入れようか?」

 

 少女が長旅で疲れているだろうと考えた蓮は手伝いを申し出たが、彼女は表情を一つも変えずに言った。

 

「いえ、結構です。自分でできますので」

「……分かった」

 

 きっぱりと断られてしまった。何かのパラメータが足りないと指摘された気がした。

 

「……ああいうときは上手く察して、さり気なくトランクを開けるんだよ。荷物まで運び入れるかを聞くのは女が手を貸して欲しそうにしてからだ」

「なるほど」

 

 少女に言われるがまま助手席に着いた蓮に佐倉氏が言った。

 

 それにしても、あの小柄でそれほど重くなさそうに大きな荷物を運ぶのは驚きだ。

 

 確かに、あれなら蓮が運ぶより自分でやった方が早いのも頷ける。

 

「準備、完了しました」

「おう。じゃあ出るぞ」

 

 荷物を入れ終え、後部座席に少女が着くと、佐倉氏は車を出発させた。

 

 

***

 

 

《昨日発生した地下鉄での脱線事故の影響で運転を見合わせていた列車が本日、運転を再開いたし…》

 

 車のラジオから滞りなく、アナウンサーの声が垂れ流されている。

 

 同じように車の外の景色も留まることなく過ぎていく。

 

 対して蓮と後ろの少女は車に乗ってから一言も発していない。お互いがそれほど口数の多いほうではないこともあるが、会話がないせいで、空気がどん詰まりになっていた。

 

「ま、兎にも角にも、先ずは挨拶からだな」

 

 初めに口を開けたのは運転している佐倉氏だった。

 

佐倉(さくら)惣治郎(そうじろう)だ。これから向かう場所の大屋で、一年間こいつ、蓮を預かることになってる一人だ」

「雨宮蓮です、よろしく」

「……井ノ上(いのうえ)たきなです。よろしくお願いします、佐倉さん、雨宮さん」

「おう、よろしくな」

「よろしく、井ノ上さん」

 

 少女、井ノ上たきなは蓮の言葉に当たり障りのない返事を返した。

 

「ところで預かる一人、というのは?」

「ああ、実はと言うと、こっちももう一人いるんだ。普段は店から離れられねぇから来てねぇだけだ。こっちにいる間、お前たちはそいつの世話になることの方が多くなるだろうから、あっちに着いたら、ちゃんと挨拶すんだぞ」

「それが、『喫茶(きっさ)リコリコ』?」

 

 自分が聞いていた居候先の名前を蓮が投げかけると、惣治郎は肯定した。

 

「そうだ。一応土地のあれこれは俺名義になってるが、俺はもうとっくに隠居の身でな。事実上の持ち主はアイツだ。まぁそれでもあっちから頼まれることもあってな。俺も店の面倒や手伝いをすることがあるんだよ」

「そうだったんですね」

 

 蓮が納得している横で、たきなは最も気になっていたことについて聞いた。

 

「それについてですが、いいんですか? 彼は一般人のようですが、私たちの行く場所は…」

「そうだな。もう話は少し聞いてるかもしんねえが、一応改めて説明してておくか」

 

 その前に確認しておきてぇんだが、と、たきなの疑問に答える前に惣治郎が蓮に聞いた。

 

「お前の身の上、こいつに話しても良いか?」

「……はい」

 

 小さく肯定する蓮から許可を取った後、惣治郎が説明した。

 

「結論から話すと、こいつが『保護観察対象』の小僧なんだよ」

「この人が……」

 

 その瞬間、蓮は背後から強烈な視線を感じた。

 

 無理もない。保護観察対象と聞いた瞬間、自分の前に座っている蓮を見るたきなの瞳孔が引き締まった。

 

 保護観察対象。それはつまり、監視の目が必要だということ。未成年とはいえ、罪を犯したということ。小さいながらも国の秩序を乱した犯罪者である。

 

 獲物を狙う猟犬のように、たきなは蓮を見定める。四方八方に爆発したような黒い癖毛と縁の大きい眼鏡で目が隠れているせいで表情が読めない。

 

 全体像を見ればパッとしないことも、彼の怪しさにより拍車を掛けていた。

 

 惣治郎もたきなの異変に気付いたのか、情報を付け加えた。

 

「つっても、そうなった理由が何とも言えねぇもんでな。何でも、『酔っぱらってる男から女を庇ったら、男が怪我して、訴えられたから』、だそうだ」

「傷害、ですか……」

 

 たきなの言葉に惣治郎は、まぁそうなるな、と返した。

 

「で、前歴の付いたこいつは地元の高校を退学処分。裁判所の指導で転校、転居を迫られ、両親もそれを承諾。その後、二人がうちの店の客だった伝手で、来年の春までの一年間、ここでの保護観察処分で落ち着いたわけだ」

 

 つーわけで、手ぇ出すんじゃねぇぞ。最後にそう付け加えられた惣治郎の話を聴き終えてもなお、たきなの警戒はまだ解けない。 

 

「……事情は把握しましたが、それだけで私たちのいる場所へ行く理由になるんですか?」

「それこそ、『そっち』の領分だろ? 再発を防止するために監視するなら、てめぇの近くで見張ってんのが一番早え」

「あそこがそんな寛大な対応をするとは思えません」

「実際、そっちでもこいつをどうするかで結構もめたと聞いたぞ。ったく、たかが高校生の悪ガキ相手に容赦ねぇったらねぇぜ」

 

 たきなの最もな指摘に対して、惣治郎は蓮についてもめた連中に呆れるように語った。

 

「けどまぁ、民間人のいざこざに一々首突っ込んでも仕方ねぇ。後始末も面倒なだけ。なら手元に置いて、監視した方がまし。処断は少しでも疑わしいと判断したときでいい。ま、要は面倒ごとをこっちに丸投げしたって訳だ」

「……任務に監察が含まれていたのはそういうことですか」

 

 どこか不服な様子で小さく呟くたきなである。そんな中、一人話題の中心にいた蓮がようやく口を開いた。

 

「どうして、そんな俺を引き取ってくれたんですか?」

 

 信号で止まったところで、惣治郎は頭を掻きながら言った。

 

「別に、深い理由なんてねぇよ。頼まれて、何となくだ。お前の両親から金も貰っちまってたしな」

 

 ま、それ以外も少し事情はあるがな。何でもなさそうにそう溢した。

 

「今更言う必要はねぇと思うが、ここでは一年間大人しくしてろよ。何もなきゃ観察処分は解かれる。逆に悪さをすれば、今度こそただじゃあ済まなくなるぞ。そこら辺、肝に銘じておけよ」

「……分かりました」

 

 単なる脅しとは違う、意味深な惣治郎の言葉には妙な重みがあった。

 

「ほれ、話してたらあっという間だ」

 

 どうやら目的地に着いたようだ。車を止めた後、蓮たちは自分たちの新しい生活の拠点へと足を運んだ。

 

 

***

 

 

 喫茶リコリコ。錦糸町駅北口から少し歩いた墨田区内の下町にある、和洋折衷をコンセプトにしたごく一般的な喫茶店である。ここに来る前、蓮はそう聞いている。

 

 辿り着いた場所は木造寄りの建物。ステンドグラスの窓のついたドアを開けて中に入ると、和風の内装に洋式ともとれる部分がところどころ見て取れる。

 

「うぇ---ん!!! どうして私の前に良い男は現れないのよ~~!!!」

「ミズキ、酒はそこまでにしておけ。もうすぐ例の二人が来る時間だぞ」

「こんなの、飲んでなきゃやってらんないわよ! ああ、結婚してええぇぇ!!」

 

 そんな落ち着いた雰囲気とは一転。酒瓶を横に置いて、怨嗟の声を上げるメガネを掛けた女性が目に入った。

 

 何故だろうか、外見から見ればかなりの美人なのは間違いないが、その言動からは言い表せない残念さが滲み出ていた。

 

「やれやれ、こんな時間から酒呑みやがって……」

 

 仕方ねぇな、と言いたげに惣治郎が二人に呼びかけた。

 

「おい、二人を連れてきたぞ」

「ああ、お疲れ様です、惣治郎さん」

「礼はいらねぇよ。にしてもミズキちゃん、昼間から出来上がってるが、今回はどうした?」

「『今回』って何!!?」

「どうも先日は良い出会いに恵まれなかったそうで…」

「無視かよ!?」

「……まぁそんなこともあるさ。ほどほどにしておけよ」

「そんなことがこれからあと何回あんのよ!? この際、もうオーナーの知り合いでも良いわよ!!! 誰か良い人紹介してよ!?」

「生憎、俺は知り合い止まりの野郎の顔は覚えねぇ主義だ。てかオーナーじゃねぇっての」

「くっそぅ~~~~~~!!!!」

 

 惣治郎の伝手も頼りにならないことを知ったミズキと呼ばれた女性は一度大きく吠えてからカウンタに突っ伏した。

 

「はぁぁぁ~~~あああ~~、どうしてよ~~……ん、あんたら誰?」

「ど、どうも。今日からお世話になります、雨宮蓮です」

「本日より新しくこちらに配属になりました、井ノ上たきなです」

「ふーん」

「きたか、たきな。そして蓮」

 

 カウンタ越しでは体躯の良い和装の黒人男性が気さくに挨拶してきた。

 

「ここの責任者の一人、ミカだ。よろしく」

「「よろしくお願いします」」

 

 黒人の男性、ミカが差し伸べた手に二人が順番に応じると、彼は改めてミズキを紹介した。

 

「彼女はミズキ。この喫茶店のホールスタッフの一人だ」

「ん」

 

 眼鏡を掛けた女性、ミズキは挨拶に軽く手に持ったグラスを振った。初めて相対する若い二人を彼女は測るように見ると、思い出したように言う。

 

「あー、じゃあアンタらが店長とオーナーの言ってた子たちね。問題児二人っていう」

「二人?」

 

 疑問が口から出た蓮に対して、たきなは口を開かない。代わりにミズキが答えた。

 

「だってあれでしょ? 前科持ちの不良少年と独断専行でクビになったって子でしょ?」

「クビじゃないです」

 

 ミズキの言葉にいち早く反応したたきながすぐさま否定した。

 

 短くも強い圧の籠った言い方だった。

 

「井ノ上さん。高校生だと思ったんですけど、バイトか仕事をしてるんですか?」

「そうだな。その辺りを含めて詳しい事情は、後で落ち着いてから私から説明しよう」

「あんなとんでもない仕事があってたまるかっての」

 

 ミズキの態度から察するにたきなたちの仕事は必ずしも好印象を受けるような職場ではないようだ。

 

「ところで、『ちさとさん』はどちらに? こちらに配属されていると聞いたのですが」

「ああ、そろそろ来るはずだが……」

「言わなくても、もう来たわよ。ほら、やかましいのが」

 

 たきなの疑問に答えるように一同の後ろのドアが開いた。

 

 同時に、弾けるような明るい声がリコリコに響いた。

 

「先生、大変!! 食べモグの口コミでこの店、ホールスタッフが可愛いって!! これ私のことだよね!!」

 

 入ってきたのは、髪を一房分赤い紐で結った白髪の少女だった。赤い着物の彼女はビニール袋を降ろすと、話に出していた投稿を見せようとした。

 

「いやアタシのことだよ!!」

「冗談は顔だけにしろ酔っ払い……て、あれ? お客さん? それにそっちの子も。てかその頬どしたの?」

 

 抗議してくるミズキに軽口を返そうとしたら、見慣れない者たちに赤い少女は好奇の目を向けた。

 

「この前話しただろう、千束(ちさと)。もうすぐ観察処分対象と例の『リコリス』が来ると」

「へっ!? そうなの!?」

「ああそうだ。特にたきなは今日からお前の相棒だし、蓮も今日からここに住み込みだ。仲良くしなさい」

「はぁ〜そっかー、この二人がぁ♪」

 

 声からも全身からも彼女の好意が伝わってくる。

 

 これほど笑顔が眩しい人間はいただろうか。少なくとも蓮とたきなはそんな人間は知らない。

 

 花が開いたような明るい笑顔の少女ーー錦木(にしきぎ) 千束(ちさと)は二人に話しかけてきた。

 

「二人とも初めまして! 千束でぇっす!!」

「い、井ノ上たきなです」

「雨宮蓮です」

「たきなに蓮かぁ! よろしく! ところで二人ともどこから来たの? 前から東京で暮らしてたわけじゃないよね?」

「は、はい。去年、京都より転属してきまして」

「転属組かぁ! 優秀なんだね!」

「そんな遠いところから移動することもあるんだな」

「すげぇだろ?」

「すげぇですね」

「そうだろそうだろー」

「二人とも、そういうことはしなくていいですから」

 

 相変わらずたきなの表情筋が一切動きを見せない。千束は蓮に質問してきた。

 

「蓮はどこから来たのかな?」

「関東からそこそこ離れた田舎町で…実際に東京へ来るのは初めてです」

「曖昧な返答ですね…」

「いーじゃん、いーじゃん! 今日で東京デビューってことだよ! じゃあ次! 二人の年いくつ?」

「16です」

「俺もそうです」

「なるほどぉ、じゃあ私が1歳お姉ちゃんかぁ」

「やっぱり先輩だったんですね」

「まぁ、そうなるのかな? あ、でも別にさん付けとか要らないからね! ち・さ・と、でおけーい♪ 何か分からないことあったら何でも言って!」

 

 かなりグイグイと来てはいるが、千束が自分たちを歓迎してくれていることが良く伝わった。

 

 少し呆気にとられたが、こうして気兼ねなく接してくれるのは蓮としてもありがたい。

 

「分かった。よろしく、千束」

「よろしく蓮! いろいろあるかもしんないけど、こっちにいる間は楽しく過ごそう!」

「ああ」

「よろしくお願いします、千束さん」

「よろしくたきな! これから一緒に頑張ってこー!!」

「はい。こちらこそ、ご教授よろしくお願いします」

 

 たきなはまだ千束のハイテンションに戸惑っているようだったが、そこは千束のコミュ力で何とかなっているようだった。

 

 そんな三人を見て、大人組は互いに相談し合っていた。

 

「おいオーナー、あの黒いのにはこっちのこと何も説明してなかったのかよ?」

「しゃーねえだろ。そっちのことは俺より、お前らの方が詳しいだろうからな。寧ろアイツの事情を井ノ上さんに説明する方がおっかなかったぞ」

「いや、そりゃまぁ……『リコリス』と『前科持ち』を一緒にしたら、ねぇ……」

 

 それには流石のミズキも同情した。たきなの『仕事』を考えたら、蓮に手を出さなかった方が奇跡的だ。

 

 ミカもミズキを宥めるように言った。

 

「まぁミズキ。以前はどうであったとしても、今の彼はもう部外者ではない。それに言っただろう。観察を請け負った以上、少なからずこっちの事情も知ってもらう必要がある、と」

「別にそれならいいけど……にしても、リコリスの方はまだしも、男子の方はまた面倒なことに巻き込まれたわねぇ」

 

 自業自得だろうけど、と付け加えながらミズキは同年代とわちゃわちゃしている千束を眺めていた。

 

「それにしても千束の奴、楽しそうね」

「ここにいると、どうしても同年代の子どもと接する機会が少ないからな」

「確かに、あんな風にじゃれ合えるのは、十代のガキの特権だな」

 

 大人たちが集まって話している間、蓮がたきなにある話題を振った。  

 

「そういえば井ノ上さん。駅で会った時から思ったけど、その顔はどうしたんだ?」

「この前の現場で大活躍だったからね! さては名誉の負傷ってところかな?」

「いえ、これは…」

 

 千束の問いに言いよどむたきな。それに千束も蓮も、何かあったことが推測できる。当然千束はたきなに何があったのかを問い詰める訳で、その結果。

 

「だからって殴ることないでしょ!!!」

 

 激しく誰かと電話越しに舌戦を繰り広げていた。子供同士での口喧嘩レベルだが、彼女の怒気は上の階にまで伝わってきた。

 

 因みにたきなと蓮はというと、上の階にある部屋、いわゆる屋根裏部屋で蓮の荷物の整理と部屋の軽い掃除をしていた。

 

「二人とも。コーヒーを用意したから、作業が一段落着いたら降りてきなさい」

「分かりました」

「ありがとうございます」

 

 ミカに返事を返した後、最後の作業を進める。一日を掃除に使うと思っていたが、惣治郎やミカの話によると、どうやら千束がある程度前もって片づけてくれていたらしいので、スムーズに作業を終えることが出来そうだ。

 

 だが、それともう一つ、作業が効率よく進めている理由がある。

 

「手伝ってくれてありがとう、井ノ上さん」

 

 蓮は千束が手を離せない間手伝ってくれたたきなに礼を言う。元々きっちりした性格だからか、掃除も整頓もスムーズに進めることが出来た。

 

「礼を言われるようなことはしていません。それより、手を止めないで作業を進めてください」

「ああ」

 

 このように注意されることもあったが、そのおかげであっという間に荷物をまとめることが出来た。作業を終了した二人は一階の方へ降りるとコーヒーを用意しているミカが待っていた。後ろでは千束はまだ電話を続けているようだった。

 

「掃除、終わりました」

「ああ、お疲れさん」

「お、もう綺麗にしたのか?」

「はい。井ノ上さんが手伝ってくれたので」

「ほー、やるじゃねえの」

「蓮を手伝ってくれてありがとう、たきな」

「いえ。これくらいのこと、当然ですので」

 

 感心する惣治郎の言葉にもたきなは少しそっけない返事を返すだけだった。それでも大人二人は気にしていないようで、穏やかな顔で「そうか」とだけ返した。

 

「うっせえ、アホ!」

 

 電話越しでの言い合いが終わった千束は二人のいる場所へ戻ってくるや否や、カウンター席のたきなを呼んだ。

 

「よーし! じゃあ早速仕事に出かけよう、たきな!」

「はい!!」

 

 たきなは勢いよく席から立つ。仕事への意気込みは相当強いようで、口に付けようとしたコップをすぐに降ろした。

 

「それで仕事というのは?」

「それはだねぇ…」

 

 勿体ぶるように間を置いた後、千束は蓮の方へ向いた。

 

「蓮の東京案内を兼ねて、ここら辺の見回りをするぞ!」

「俺の?」

「さっき話してたけど、こっちに来るの、初めてなんでしょ? ここでしばらく暮らすなら見て回ったほうがいいかと思ってさ!」

「俺なら問題ないけど…」

 

 千束の提案を聞いた蓮は惣治郎の方へ向く。惣治郎はというと。

 

「構わねえよ。千束ちゃんが一緒ならそう滅多なことは起きねえだろうし、行ってこい」

 

 ああ、そうだった。思い出したように惣治郎が蓮たちに言った。

 

「蓮。お前は明後日からは『シュージン』に通うからな。明日は手続きのために俺が付いていくことになってるが、一応ここから駅までの道とか、千束ちゃんに教えてもらえよ。念のために、井ノ上さんもな」

「はい」

 

 惣治郎の言葉に返事する蓮に対して、聞き覚えのない名前にたきなが質問する。

 

「シュージン、というのはどのような施設でしょうか?」

「そんな仰々しいものじゃねえよ。『秀尽学園高校(しゅうじんがくえんこうこう)』。蓮が通うことになってる、都内にどこにでもあるような、至って普通の進学校だ」

 

 短くそう説明した直後、ピリリリっと、高い音が店内に鳴り響く。

 

「あ、悪い。俺だわーーーああ、アイツか」

 

 惣治郎がポケットから取り出した携帯を耳に当てると、相手と話を始めた。しばらくやり取りをしていると、帽子を取ってドアへ向かっていった。

 

「ンじゃあ俺も、そろそろ上がるわ。ちょいと野暮用ができちまってな。後は若いので仲良くしてくれ。明日先生方に挨拶回りしに車で行くから、蓮はあんま夜更かしすんじゃねえぞ」

「あ、待ってオーナー。行くんならこれ持っていっちゃってよ」

 

 そう言って千束が出ていく惣治郎に持ってきたのは、ビニール袋いっぱいに入った、大量のカップ焼きそばだった。

 

「……ああ、ありがとな。これなら、アイツも満足すんだろうよ」

 

 どこか優しい声で礼を言って、惣治郎は喫茶店を後にした。

 

「じゃあ二人とも、これから楽しい楽しい東京観光だよ~!! あ、もちろん先生の淹れたコーヒーを飲んでからで良いよ! 私着替えるし、こういうのは急いでやるもんじゃないからさ!」

「え、ええ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 勧められた二人がカップを手に取るーーー直前に千束がもう一度二人に声を掛けた。

 

「あ、そうそう! 二人とも!」

 

 何だろう、と、蓮とたきなが声の主へ顔を上げると陽光の如く笑顔の千束が言った。

 

「改めて、リコリコへようこそ~♪」

 

 そう言った後、うひひひ~♪ と、笑いながらご機嫌な様子で千束は店の奥へ消えていった。

 

 店長に小さく会釈してから二人はカップを取ってコーヒーを一口味わう。

 

 これから体験する未知の出来事の数のように、口の中でコーヒーの香りが広がっていくのを感じた。




どうも、初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。勝石です。

今回の作品、リコリコとペルソナ5のクロスオーバーを書き始めたわけですが、ぶっちゃけた話、大体たきなちゃんが原因です。詳しい理由は伏せますが、勘の良い方はもう察しているかもしれません。

そんなおかしな理由で始まった本作ですが、どうぞよろしくお願いします。それではまた。
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