Lycoris & Phantoms - Strikers from the Shadows - 作:勝石
長らくお待たせいたしました。続きになります。
ありがたいことに高評価と感想を1話の時点で多くもらい、驚きながらも嬉しく思っています。パイロットaさん、厨二病予備軍さん、銘々さん、イッヌさん、あるにさん、バルムンクさん、ありがとうございます。
更新は相変わらず不規則ですが、楽しんでいただければ幸いです。それではどうぞ。
「取り敢えずこれで普段、私が仕事で行ってる場所とかの案内は終わったけど、二人とも分からないところとかあった?」
公園のベンチでトマトジュースを持った錦木千束は新入り二人にそう聞いた。駅への道案内から始まったリコリコ周辺の紹介を一通り終わらせた後の話だ。
「大体覚えた」
「私は、理解できないことが多すぎて困っています」
明日から新しく加わる同年代の仲間二人、雨宮蓮と井ノ上たきなはそれぞれ返した。
比較的千束の人柄に慣れてきた蓮に対して、たきなはまだ堅い様子だった。
「うん? どの辺が?」
「千束さんの訪れた場所はどれも私たちの仕事と関係があるようには感じられません。共通項も殆どないじゃないですか」
「確かに、喫茶店と関係ない場所もあった」
リコリコを出てから数時間、千束に連れられた蓮たちは色んな場所へ行った。
彼女たちが店の買い出しに行く場所だけでなく、喫茶店と縁の無さそうな保育園、日本語学校など様々。
どの場所も、千束が来た時に彼女を歓迎しているが、たきなの言うように、どれも繋がりがあるように見えない。
「そんなことないよ。ちゃーんとうちの仕事と関係してる」
「どういう点で……」
「困ってる人がいる、ってとこにだよ」
たきなの疑問に千束はあっけらかんとした様子で答えた。
「困ってる人を助けるのが、千束と井ノ上さんの仕事?」
「そ。この街には私たちの助けを必要としてる人がいっぱいいるからね」
「でも私たちは……」
そこまで言いかけて、たきなは口を閉じた。
「まあ、たきながそう思っても仕方ないかもね〜……」
千束もたきばの言おうとしたことを理解しているのか、否定する様子を見せない。一人だけ、蓮は状況が分からずにいた。
ここまで自分に対して隠そうとするのは、他人には聞かせられない内容だからなのだろうか。
後でミカが説明してくれるとは言ってくれたが、二人の思わせぶりな態度に理由を聞かずにはいられなかった。
「二人は仕事で、具体的に何をしているんだ?」
まさか、危ないこともしてるのか。気になった蓮は千束たちにそう聞いた。
「そーだねー。蓮もこれからリコリコで生活するようになるし、一応話しておこっか」
赤い制服の少女は語り始めた。
「まあ細かい話は後で先生──ああ、オーナーじゃなくて店長のことね──が話してくれるとして。ざっくり言うと私たち、リコリコは喫茶店をしながら色んな人から依頼を受けて日夜人助けに勤しんでいます」
「何でも屋みたいなもの?」
「まあそんなとこ。さっきの日本語学校も、保育園も、お手伝いのお願いが来たら手伝いに行くの。他にも配達とかやってたりするよ」
なるほど、と蓮はどこか納得したように言う。確かにそれなら『困ってる人を助ける』という言葉が一番当てはまる。それに、これまで会ってきた人々の様子についても説明が付く。
「通りで千束が慕われてる訳だ」
「まあまあ、それほどでも~……あるかな~?」
「会った人みんな、千束が来ると嬉しそうだった」
「そ、そう真面目に返されると何だかこそばゆいなー」
満更でもなさそうに言ったが、直後に千束の声のトーンが少し下がった。
「まあ──依頼はそれだけじゃないんだけどね」
「というと?」
「蓮はさ、『リコリス』って聞いたことある?」
「……花のこと?」
「雨宮さん……本当に何の前情報もなく、ここへ来たんですね……」
「じゃあ、二人の職業の名前?」
「……今説明しても良いんじゃないですか?」
「そだね、周りに人もいないし、こっちの話もするか」
「では、私から説明します」
ベンチの背もたれに体を預けている千束と何も知らない蓮の間に座っているたきなは姿勢をさらに正した。
「私たち、リコリスは陰より国家の治安と平和を守る、公的機密組織、ダイレクト・アタック──通称、DAのエージェントです。凶悪犯罪の発生を未然に防ぎ、国家を脅かすテロリストから国を守る。それが私たちの役目です」
たきなの説明に蓮の目は点になった。彼女の言っていることが本当なら、この国は未成年の少女を殺し屋として命懸けの仕事をしているということになる。この、『平和な日本』で。
「それ、危険じゃ」
「それでも私たちのような存在は必要です。『ああいった』事件が起こるんですから」
そう話すたきなの視線の先にあったのは、今では日本の平和の象徴となった廃塔、旧電波塔だった。
「あの塔も、テロで壊れた?」
「……そちらについても何も知らないんですか?」
「設計上の問題で壊れた、とは聞いたことがある」
「事故? そんなはずはありません。だって」
自分の方は目を向けるたきなを「ちょいちょいちょい、落ち着けって」と宥めた後、千束は言った。
「別に二人の認識は間違ってないよ。実際、世間には事故ってことで発表されてる。実際に何が起こったのかを知ってるのは多分、たきなや私たちの身内だけだよ」
「真実が揉み消されている……ということか」
「うん、そ」
千束は流し目で電波塔を見ながら言った。
「私たちの存在は世間に知らされることはない。起きた事件も事故として処理されるし、悲劇も美談になる。実際ここ10年で色んな事件が表舞台に知られないまま、消されてる」
「……そうか」
どこか皮肉気に語られる、千束の補足を聞いた蓮の手が丸まった。
平和のために犠牲が必要。使命感たっぷりの文言だが、要するに虚飾の安寧のためならば子どもの犠牲も厭わないということだ。
果たして誰かの犠牲の上で与えられた平穏は平和と言えるのだろうか。
それは、単に何も知らない少女たちを鉄砲玉のように使い捨てることで作られた、血の土嚢の上に出来上がった、楽園とは名ばかりの虚構ではないのか。
「もしかして、雨宮さんの事件や私たちの仕事もそうなんですか?」
「そうじゃないかな? 流石に偉い人たちや学校の人たちは知ってると思うけど、表向きにはいつもみたいになかったことにされてると思うよ。今回蓮がこっちに居候することになったのも、ぶっちゃけDAが私たちを通じて蓮を監視するためでしょ?」
どうやら、自分の保護観察にもDAとかいう機密組織は一枚かんでいるようだ。光でレンズの奥が外から見えなくなった蓮が言う。
「つまり、俺が問題を起こせば」
「その先は……あんまり考えたくないね~」
千束がニュアンスを隠すように言うが、その下にあるものは明かさなくても蓮には分かった。
惣治郎が車の中で言っていた、『問題が起こせば、ただじゃあ済まなくなる』を思い出す。あれは文字通り、おイタが過ぎれば消されることを意味していたのだ。
「だけど、そんな感じで秘密主義のDAでも、最近は犯罪を隠すことのが難しくなってきて、上の人たちも頭抱えてるっぽいんだよね」
「どういうことだ?」
気だるげにそう語る千束に蓮は聞いた。
「多分たきなは知ってると思うけど、ここ最近都内で急に事故が多くなってきたんだよ。で、どの事故でも共通したことが起こってる」
「事故を起こした被疑者が精神異常を起こしているという、精神暴走事件のことですね」
「おー、たきなってばすごいじゃん! そ。それで当たり~」
「京都にいた頃でもよく耳に入りましたから」
ディストピア風味の強い話題から今度はかなり物騒なオカルト話がでてきた。
「しかし、おかしな話ですよね。どれだけ調べても、事件を起こした犯人は事件直前まで至って平常だったと聞いてます。それがまるで人が変わったように突然大勢のいる中で暴れ出したり、常軌を逸した行動を取る……こんなもの、私たちでも対応するのは困難です」
「暴走した人が危険なことをする前に、捕まえることは出来なかったのか?」
「そりゃあ、現場にいたらできるよ。私は何回かそういう人は取り押さえたことあるし。でも何人かはマジで洒落にならないときに暴走することがあるんだよねぇ……例えばこの前の地下鉄での大事故とか」
千束の話した事故については蓮も知っている。リコリコへ来る途中、惣治郎の車のラジオで少し触れられていた地下鉄の脱線事故だ。
「暴走した乗客が運転車両で暴れたんですか?」
「それならまだ何とかできたんだろうけどね……暴走したの、そもそも運転手さんだったっぽいんだ」
千束の話を聞きながら蓮は前髪の端を弄りまわす。運転手の暴走はつまり、列車の暴走を意味する。大勢の人間を乗せたまま、制御の利かない車両はスピードを押さえないまま直進し続け、
「──最終的に列車が線路から外れて、大事故が起きた」
「そんな感じ。しかもさ、詳しい話を先生に聞いたら、運転手が奇跡的に助かったおかげで何とか話を聞くことが出来たみたいなんだけど、当の本人は当時のことはなーんにも覚えてないんだって。それどころか、事故に責任を感じてたのか、泣きながらすごい謝り倒してた、だって」
「多くの人間を巻き込んだ事件の犯人ですよ? 尋問官の前で芝居を打っていた可能性も十分あります」
「そう思うよね、普通。実際、たきなの言う通り、運転手さんは全然信用されてないし……」
「納得してないみたいですね」
「ん~、まあ、納得できないといいますか、何と言いますか」
たきなに指摘された千束は言った。
「ほら。さっき私、精神が暴走した人を何回か取り押さえてるって言ったじゃん。実際、その後どうなったかも聞いてるんだけど、全く同じこと言ってんだよね。誰も暴走した時のことを覚えてないの。しかも押さえてる間なんて完全に白目向いてて怖えし、墨汁みたいな汁を口や目から出してるし、意識ねえしで全然普通の状態じゃなかったんだよ」
「まさか逃したんですか? 犯人を?」
「いや、クリーナーには引き渡したよ。意識があったかは別として、やったことはやったことですから」
あ、クリーナーって要は私たちの仕事の後始末をしてくれる人たちのことね。蓮に再度登場した、聞き慣れないワードについて一言解説してから千束は続けた。
「けどさ、ああゆうのを見ちゃうとさ。暴れ出した人たちって、本当にそうしたくてあんなことしたのかなーって思っちゃうんだよね~」
「誰かに操られて、そうした?」
「お、そういう風に言うと、何かホラー映画みたいだね~。流石にそんなのが現実にいるなんて、私も思ってないけどさ」
「そもそも、そんな意味の分からない人間が本当にいるんですかね……」
たきなが尤もなことを言っている千束はだよな~、と同調する。
「でも、本当に人の心を好き勝手に操ってる奴がいたとしたら──怖い話だね」
隣でベンチに寄り掛かったまま、空を見上げながら遠い目をした赤服の少女は、遠くの空を眺めながらそう語った。
「……確かに、野放しにはできない」
「怖いというより、厄介ですね」
「いやビビってねえだろ、お前ら」
二人からそう言った後、千束は寄りかかってた身体をベンチから跳ねるように起こし、立ち上がった。
「とにかく! 別に凶悪犯罪と関係なくても、精神がどうこうしなくても、困っていて、助けを求めている人はこの街にたくさんいる! それを解決するのが私たち、リコリコなのです!」
それは最初に話していた、リコリコに入ってくる依頼のことだろう。
「だから、二人とも。力を貸して。二人が一緒にいてくれると、すごく助かるよ」
座っている黒いの二人へ千束は顔を向く。二人も一度彼女を見た後、たきなは一度視線を外し、蓮も前髪を少し弄った。
蓮が髪弄るのは考えるときの癖かな。千束はそう思っていると、二人は立ち上がった。
「分かった」
「……分かりました」
「ありがと~、二人ともこれからよろしく!」
二人ともクールだな~、と思いながら千束は黒二人と固い握手を交わすのだった。
*
「──で、どうだったよ。昨日の近所案内。楽しかったか?」
「はい」
「そうかよ」
翌日の夕方、秀尽学園からリコリコへの帰りの車の中で、学生証に記されている校則から目を外した蓮は短く答えた。
あの後、三人は日が遅くなるまで様々な場所を見回った。流石に組の事務所へ珈琲の配達をした際は面食らった。
初めは千束たちのDA関係の仕事仲間か何かと思ったが、千束曰く、店のお得意さんらしい。ああいったのも等しく客として受け入れるのは、リコリコの体勢、いや、千束本人の人柄なのだろう。
それに倣う形で蓮も変な先入観は一度捨てて接するようにした。依頼者の組長なる人物は一個人として中々好感の持てる人物だったのが印象的だった。
因みに視界の端で一瞬たきなが鞄から黒く光る何かを取り出そうとしていたのが見えた。幸い千束が直前に彼女を止めたようだが、恐らくあの場で使うつもりだったのだろう。隣で座ってる千束の向こう側から突拍子もなく殺気を感じたときは少しドキッとした。
「取り敢えず、あの二人と仲良くしてるようで、一安心だよ。他人とつるんでりゃあ、そう馬鹿なことはしねぇだろうしな。そういう縁は大事にしろよ。あれだけ気にかけてくれる子なんて、滅多にいねぇんだ。本当ならお前、他の奴らから見向きもされなくなってもおかしくねぇんだからよ」
「……はい」
それは今日、学校での先生たちの様子から蓮も理解出来た。リコリコでは千束が常時発する圧倒的ポジティブエナジーのおかげであまり意識することはないが、今の自分は保護観察処分を受けた前科持ち。
当然学校でもそれは知られており、先生方も自分が腫物のように見られていることを肌身で感じていた。
『改めて伝えておくが、問題を起こせば、即退学処分だ』
ずんぐりした達磨のようなシルエットの人物──秀尽学園の校長が釘をさすように注意した。
『地元では隠れて色々できたかもしれないが、ここでは一年大人しくしてもらう。うちを追い出されたら、もう行く場所はないぞ。肝に銘じておけ』
実際、今回の編入も色んな都合が重なったおかげでできただけであり、本来ならば受け入れられることはなかっただろう。
行く場所どころか生く場所すらなくなるのは困るので、蓮はその場では大人しく頷いた。
「で、今は何してんだよ」
「校則を確認してました」
「ああ、そういや、担任から読んどけって言われてたもんな」
担任の女性教師──『
登校早々に指導室送りは勘弁願うので、今のうちから秀尽のルールを頭に叩き込むことにした。
「そういえば惣治郎さんは、千束たちの仕事について」
「……一応聞いてるよ。けど、俺がどうこう言ったところで何とかなる問題じゃねぇし、実際にそうやってこの国の秩序は守られてるからな。目は瞑ってやってる」
「そうですか……」
声の調子が少し弱くなる蓮に対して惣治郎は少し溜息を吐いた。
「……お前の言いたいことは分かってる。けどな、世の中には抗えない秩序や権力ってもんがある。そいつに逆らおうなんて考えるな」
見なかったことにしろ、と言う割にルームミラーに映る惣治郎の口はへの字だ。
「確かに、そいつらが気に食わねぇって連中はいる。それは別に否定はしねぇよ。けど一人で勝手に野垂れ死ぬならまだマシなものを、世の中には他人まで巻き込む馬鹿もいる。そういう馬鹿が増えないように、こっちで芽を潰してやってるんだよ」
「それが、DAとリコリス……」
「ミカの奴からも説明されただろ」
「……ええ」
千束の案内が終わった後の夜、ミカから千束たちリコリスとDAの詳しい説明を受けた。といっても殆どの概要をたきなたちから聞いたものとそう変わらなかった。
政府と協力関係にありながら、指揮下に置かれることのない、国を陰から守る独立治安維持組織。それがDAと説明された。リコリスはそんなDAに拾われた孤児の少女たちだそうだ。
最も。可愛らしい少女の姿は表向きなものでしかなく、その実態はあらゆる凶悪犯を抹殺、暗殺するために教育されたプロの殺し屋である。
「……で」
「え?」
「そういうお前はその話聞いて、どう思ったんだよ」
惣治郎の表情は被っている帽子のせいで上手く読めない。だが、それは昨日知り合ったばかりのリコリス二人のことについて聞いているのが分かる。
「俺は……」
前髪を少し弄りながら蓮は言う。これまでの千束とたきなのことを思い出す。
天真爛漫さと包容力を兼ね備えながら、ふとした時に陰があるように感じる千束と、時には自分たちも驚くような大胆な行動も取ることもあるが、基本的には生真面目で不器用なたきな。
二人は人々の影の中で危険な任務に身を投じる、美しい姿をした暗殺者。たきなに至っては人を殺すことも躊躇しない。それが仕事で、組織にそれが正しいと教えられたから。
だが、そのおかげで平和が守られているのも事実。彼女たちが頑張ってくれているから。
だから、今はそんな闇の部分も光の部分も全部含めて。
「二人とは、これからも仲良くしていきたいです」
確かに、思うところはある。まだ分からないことも多いが、少なくともこの二日間、顔を合わせた二人とは仲良くしていきたい。そう蓮は感じた。
「……そうか」
その答えをどう思ったのかは不明だが、惣治郎からは了承の返事をもらった。
「にしても、この辺だけやけに進むの遅えなと思ったら、例のガス爆発事故の現場か」
「爆発事故?」
「ほれ、あれだ」
惣治郎が顎で指した方を見ると、そこには立ち入り禁止と書かれた黄色いテープで道が封鎖されているのが見えた。その奥に、少し古めかしいビルが見えた。
「あれは……」
「ああ。お前がこっちへ来る少し前になるが、ちょっとでかいガス爆発の事故があってな。多分それでこの辺りの道が使えなくなってんだろ」
勘弁してくれよ、本当によ、と惣治郎は溢す。その横で蓮は件のビルを見つめる
あんな廃墟同然のビルでガス爆発事故。誰かが火遊びしたといえばそこまでだが、爆発した割にはそれほどビル自体に損傷は見当たらない。
どうも裏に別の何かがあるような気がする。これも、やはりDAの仕業なのだろうか。
「そういや今日、千束ちゃんたちはどうしてんだ?」
確か今日も仕事だったよな、と言われて、蓮は急いで先日の記憶を掘り起こした。
「今日は確か、警察署へ行くって」
「ふーん、サツのところにね」
「あの、そういう依頼も」
「まあな。そういうことだ」
前の車は変わらず止まったままでいる。この調子ではリコリコに着くのはまだまだ先になりそうだ。
「……こっちもいいが、学校の方も馴染めそうか?」
「それなりに」
「なんだそりゃ」
大分空も紅くなり始めてきた。惣治郎は鞄の方へ一度向いた後、視線を前方へ戻して蓮に言った。
「悪いが、店の方に電話してくれ。そっちに着いたらお前降ろして、そのまま帰るってな」
「分かりました」
そう言われた蓮はスマホを起動する。その時、メイン画面にあるはずのないものを見つけた。
(どうして、これがまた……)
あの赤い、怪しげなアプリが復活していた。再インストールした覚えなんてない。おかしな広告も開けていない。そのはずなのに、再びそれは蓮のスマホにドクドクと脈動している。
「おい、何してんだ」
「いや、何でも」
再びアプリを消した後に蓮はリコリコへ電話を掛けた。
*
「戻りました」
惣治郎と別れた後、リコリコへ戻った蓮を出迎えた二人。夜になったからか、ミズキは絶賛酒盛り中でミカも片づけをしている最中だった。
「おう、遅かったじゃないのアンタ。学校で何かやった?」
「手続きなら、惣治郎さんが」
「そういう意味じゃねぇよ」
「おかえりなさい、蓮。惣治郎さんとは食べてきたのか?」
「いえ、実はまだ……」
「分かった。夕食は用意するから、その間に着替えて来なさい」
「ありがとうございます」
自室で千束に今朝、「めっちゃ似合ってる!!」と大興奮の様子で褒められた秀尽学園の制服を脱ぎ、私服に着替えた。
下に降りると、ミカが用意してくれた夕食をいただいた。店の残り物で作って済まないなと言っていたが、とんでもない。美味しい上に中々量もあって満足だった。
完食して自分の使った皿を洗っているところで、二人が話しかけてきた。
「そんで、実際のとこ、学校てのはどうだったのよ? ガキンチョに溢れててギャーギャーうるさかった感じ?」
「部活してる人なら、何人かいましたけど」
「部活? ……ああ、そういうこと。ふーん」
洗い物が終わって、蓮も表の方へ向かう。
「そういやアンタ、リコリコの手伝いすることになったんだって?」
「はい。可能な範囲で」
「一応、学業に悪影響を与えない範囲でかつ、店の手伝いや一般からの安全な依頼限定という条件だ」
「そりゃそうよね。流石にリコリスの仕事にまで首突っ込むほど、馬鹿じゃないだろうし」
公園から帰ってきた後、蓮たちは改めて自分のリコリコでの方針について話し合った。
結果から言うと、夕方の時間をメインに可能な範囲での店の仕事。日曜なら一般からの安全な依頼も手伝えるとのこと。やるかどうかはその日の自由。一応、手伝えばお小遣いも出してくれるそうだ。
当然、DA関連の仕事なんて絶対出動しない。そうでなくとも危険の生じるものはやらない。
めっちゃ条件良くね、とツッコミながらミズキは酒瓶を取った。
「ま、頑張んなさい、青少年。精々あくせく働いてリコリコに貢献しなさい。というわけで最初の仕事、アタシの晩酌に付き合え。具体的に言うと、アタシの愚痴を聞け」
「結婚ならお酒を止めれば、多分できます」
「アタシの愚痴
やっぱりそうなのか。口から思わず飛び出しそうになった言葉を引っ込めて蓮はミズキの話を黙って聞くことにした。
「いい!!? 他人が話を聞いてくれっていう時はただ話を聞いて欲しいってことなの! 自分の話を聞いたときに自分の気持ちを分かってくれる奴が欲しいんだよ! 解決策が欲しいならそもそも自分からそう言うわ!」
「つまり、ミズキさんは今、結婚しなくてもいい?」
「今すぐにしてぇに決まってんだろうが!!! けどそれができんならこんなに苦労しないのよ!! 合コンとか婚活パーティーとか出ても微妙なのばっかなんだよ!! あー、金持ちでアタシを楽させてくれる、性格のいいイケメンてやっぱいないの〜?」
「ほらミズキ、水を飲め」
やいやい叫ぶ酔っ払いがグラスをガブ飲みしてる横でミカはこちらを向いて苦笑いする。こっちで何とかするから付き合わなくても大丈夫だぞ、と言いたげだ。
結婚できないのは見た限り、欲望に忠実すぎるが故だ。つまり本人の問題だ。自分で解決するしかない。
だが、こうなった理由は自分にもある。それに、凹んでいる彼女をそのままにしておくのも可哀想だ。
「なら、諦めるんですか?」
「は?」
「諦めて、妥協するんですか?」
真剣な眼差しでそう問いかける蓮を聞いて、ミズキの愚痴は止まった。
一度考え込むように顔を顰めた後、自分のカップに水を注いで一気に飲み干した。
「んなわけないでしょ。ぜってえアタシのお眼鏡に適うイケメンを見つけてやるわよ」
「その意気だぞ、ミズキ」
「頑張ってください」
「もう色々頑張ってるわよ」
ぶすっとした態度は相変わらずなものの、ミズキの機嫌自体はだいぶよくなったようだ。
まもなく、夜は深くなる。それに気づいた蓮は店の中を見渡す。そして気づいた。たきなと千束がいない。
「二人は、まだ仕事から?」
「ああ。終わったら連絡をくれるだろうしな」
「よっぽどがなきゃ大丈夫でしょうよ、千束もいるし」
「なら、いいですけど」
ミズキもミカもそれほど慌てた様子を見せない。それだけ千束の実力は信頼されているようだ。
「ありがとう、蓮。二人を心配してくれて」
「いえ、仲間ですから」
「普通の人間ならあんなの話聞いたら、少しぐらいビビると思うけど」
「そうですけど。だから必要以上に怯えるのは、違います。俺は、まだ二人をほとんど知らないから」
「二人のことは過去や所属ではなく、自分の目で見て判断する、ということか」
「達観してんねえ、今時のガキンチョは」
ミズキはカップに注いだ酒を吞みながらそう言った。ミカも蓮の言葉に感心したように言う。
「そういや店長。表札って変えてたかしら?」
「ああ、そういえばまだだったな。蓮。済まないが、今のうちに扉の外にある表札を『CLOSED』に変えてくれないか?」
「分かりました」
スッと立ち上がった蓮は頼まれたことを完了するために、リコリコから足を踏み出した。
この時、蓮は本当にただ、言われたことをやろうとしていただけだ。
このまま扉の表札を裏返して、中に戻って、千束とたきなを待ちながらミカとミズキと話して、二人が帰ってきたら世間話でもして、最後に明日の準備をして寝床に着く。
そんな当たり前の1日の終わりが来るのだろうと、表札に手を掛けた時に、思っていた。
そう。
「助け──っ!!!」
リコリコ看板娘では千束は秀尽学園、たきななら一二三の通う都立洸星高校の制服が似合いそう。
それではまた次回まで、ごきげんよう。