魔を従える者たちの狂騒曲   作:狗狼

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『真・女神転生IMAGINE』アズラ捜索メインシナリオに絡めた〈WILDCATプログラム〉についての考察的なお話。

登場悪魔:アンドラス、ドミニオン


無謀

「〈WILDCAT〉ねぇ……」

 カツンカツンとふたり分の靴音が響く、〈魔階セルタワー〉のロビー。そこへさらに柔らかなテノールが反響する。

 悪魔を従え、悪魔を倒すデビルバスターでありながら、研究者よろしく白衣を身に纏い、鋭利な印象を与える眼鏡を掛けた痩せぎすの青年――名を緋桐狗狼(ひぎらくろう)という。そして目を眇めた狗狼が訝しげに呟いたのは、先日セツに手渡された新しい〈 COMP(コンプ)拡張プログラム〉の名称である。

「どうしたんですか、狗狼さん? なにか気になることでも?」

 そしてその隣を歩く黒髪ショートの女性が不思議そうに狗狼を見上げる。

「ん、いやね。アートはさあ、この言葉の意味を知ってるかい?」

「……えっ!? ええと……確か、野良猫とか山猫とかじゃなかったっけ?」

 迷彩コートに身を包み、片刃の剣を手にした黒髪の女性――アートルムは、いきなり振られた話題に狼狽(うろた)えた。狗狼は〈デビルバスター〉でありながら科学者でもあった。同じ〈デビルバスター〉でもアートルムは一介の剣士にすぎない。普段は問題だらけの同居人たちや、最愛の仲魔である天使ドミニオンのラピスのことで頭を悩ませてばかり。突然の質問になんとか狗狼の求める答えを導き出した積もりだが、アートルムにはその眼鏡のレンズがきらんと不敵に光ったように見えた。

「ん! 一般的にはそうだね」

「……と、云いますと?」

 痩身痩躯の狗狼を見上げながら、控えめに口にするアートルム。こうなったら狗狼が語りたいように語らせておくほうが話は早く終わると、いままでの経験から知っている。アートルムの受け答えに満足した狗狼は、子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。

「大破壊前に一部の地域で流行ったドラッグ名でもあったりするんだ!」

「ほぇ……」

「あとは〝無謀な〟とか〝暴走気味な〟って意味にも使われる言葉だねぇ……」

『セツくんが用意したっていうんなら、物凄く意味深じゃない?』と続けようとしたその言葉を、狗狼は呑み込んだ。

 そもそも狗狼は人造人間であるイノセントにカインだのアベルだのセツだのと、わざわざ聖書から名前を引っ張ってくること自体、いかがなものかと思っている。イノセントは大破壊で激減した人間の労働力代わりに造られた存在だ。自立型として人格を与えられたうえに、確りと教育を施されているとはいえ、わざわざ唯一神の作った人間の名前など与えずともよいだろうとすら思う。

 また〈新宿バベル〉という名称にしても、高層建築物だからといって、神の怒りに触れて打ち壊された塔の名前など付けなくともよかろうに。といった具合に、わざわざ唯一神をなぞらえるような〈共同体社会〉のあり方が、狗狼にはいけ好かない。しかし、自分とは違い〈共同体社会〉に不審感を抱いている訳でもない同業者に、いちいち不安を煽る必要もない。〈デビルバスター〉も〈共同体社会〉を形成するコマのひとつなのだから。

 狗狼はアートルムのほうへと向き直り、さっきとはうって変わった柔らかな笑みを浮かべる。

「ま、いいや。取り敢えず行ってみよっか?」

「あ、はい。そうですね!」

 狗狼()()()の講釈が思ったより長くなかったため、アートルムはほうっと胸を撫で下ろした。自分は決して頭の回転が悪い類の人間ではないはずだ。しかし、理論づくめで学者然として振る舞う狗狼と話をしていると、時折意味もなく〝ゴメンナサイ〟と頭を下げたくなるのだ。

 慌てて同意するも狗狼の興味は既に魔階への入り口である石碑へと移っており、今回彼の相棒となる地獄の大公爵を喚びだしていた。

「はぁい! お久し振りだね、公爵」

「誰かと思えば貴様か……随分と久方振りの喚び出しではあるな。此度は何用だ」

 召喚された悪魔は堕天使アンドラス。顔見知りの〈デビルバスター〉に「狗狼のパートナーは?」と問い掛ければ、十人中九人は魔王ロキと答えるだろう。最後のひとりが選ぶのは、マカミ、バジリスク、未熟なコッパテング辺りになるが、やはり一番印象深い仲魔といえばロキになる。なにせ狗狼の〈COMP〉から喚び出されるロキは一柱に止まらないのだ。同じ悪魔を複数従える酔狂な〈デビルバスター〉は少なく、いまさらなにを聞いているのだとまで云われかねないくらい、狗狼の傍らにはほぼいつもロキが存在した。

 狗狼がロキ以外の人型悪魔を連れているというのは、それくらい珍しい光景だった。アートルムも狗狼が堕天使と共にいる処を見るのは初めてだ。

 今回の任務では同じ大種族の悪魔を従えることが可能であれば、四名まで任務に同行させて良いとセツから依頼の説明を受けた処まではいい。しかしアートルムの相棒であるラピスの力だけではどうにもならなそうな内容であり、また飛天族を相棒としているデビルバスターには、己の同居人たち以外には心当たりもなかった。

 最初はその同居人たちに頼る積もりでいたのだが、各々に請け負った任務があり、〈WILDCATプログラム〉について詳しい説明を受けるにも時間的な折り合いが付きそうにない。途方に暮れて〈新宿バベル〉の噴水前で黄昏れていた処、通りすがりの狗狼に声を掛けられた。

 愚痴交じりに話をしてみれば、狗狼は飛天族ならば堕天使の力を借りることが出来ると、同行してくれることになったのだ。天使と堕天使では思想的に相容れない部分があり、一瞬ラピスが嫌がるかも知れないとは思ったが、背に腹は代えられない。 ラピスには少しの間我慢して貰うことで落ち着いた。

「んー、ちょっとだけ公爵の力を借りたくてさ。魔階の深層部って行ったことあるかい?」

「我ら悪魔には特にどうという場所でもないな」

「知ってる。実はそこに行かなきゃならないんだよね~」

「ほう? 人の身に耐えられる場所ではないが、いったい如何ようにして行くというのだ、博士」

 狗狼と堕天使の遣り取りを見る限り、それほど親しい間柄という訳ではなさそうだ。

(あれ……ちょっと待って、狗狼さん? ……もしかして、事前に了承得てないのかしら!?)

 アートルムは〈魔階深層部〉がどれだけ危険な場所か、そこでなにをしなければならないのかを、相棒のラピスと話し合っている。〈新宿バベル〉での事前講習にて、〈魔階深層部〉はどんな危険な目に遭うかも解らない、未知の領域なのだと聞かされていた。

 処が狗狼とアンドラスの会話を聞くに、いまこの場で説明がなされているようだ。

(そういえば狗狼さん、アンドラスのことは公爵としか呼んでないのね)

 アートルムが自身の仲魔であるドミニオンをラピスと呼ぶように、狗狼の仲魔にも愛称が付けられていることがほとんどだ。しかし狗狼とアンドラスの互いを博士、公爵と呼び合う遣り取りには、ビジネスライクな距離感が感じられる。

(あ、でも……深層部に入れるってことは、仲が悪いってわけじゃないんだよね)

 親密度の低い仲魔では精神リンクに不安があるため、〈魔階深層部〉に侵入することは不可能だとアートルムは聞いている。悪魔との契約自体は親密度には関係なく、()()()()()たり、()()()()()()たりしているしている〈デビルバスター〉も存在する。〈COMP〉を通してこっそりとアンドラスの親密度を見てみれば、狗狼とは()()()()()()()()程度に親密度は高いようだ。

()()()()()()()ほど親しいわけじゃないってのは、狗狼さんにしては珍しいよね)

 ()()()という言葉があるくらいで、自身の仲魔に対する愛着を持つデビルバスターは多い。特に狗狼は自身が回復支援に特化したサマナーであり、自身の矛となる仲魔に対する愛情の注ぎ方は半端なものではない。

 本来、悪魔と直に接触することは禁忌とされている。悪魔が〈アッシャー界〉に存在するにためは〈生体マグネタイト〉が必要だ。召喚時に払う〈生体マグネタイト〉でその肉体が構成されるが、〈アッシャー界〉へと顕現した悪魔は人間から直接〈生体マグネタイト〉を奪うことも可能だ。悪魔との直接接触では精神汚染を受けやすく、意思の弱い人間は逆に悪魔に支配されてしまうこともある。支配し損ねた悪魔に喰われた人間は、その悪魔にさらなる力を与えた上に、人間を喰らった凶悪な悪魔が野放しになることもあるという訳だ。そんな事態を避けるための〈DB(デビルバスター)ライセンス〉である。

 故にデビルバスターは〈COMP〉に組み込まれた〈悪魔召喚プログラム〉を通しての会話を行う訳だが、知能の高い悪魔は人語を解する。禁忌とはいえ言葉の通ずる悪魔とは直接会話する者たちも一定数存在した。狗狼やアートルムもそのうちのひとりである。公式の場では仲魔との会話も〈COMP〉を介して行うが、〈共同体社会〉の目のない処ではその限りではない。

 現にいま狗狼はアンドラスとは直接対話をしている。

「行くのはボクじゃない。公爵、キミだけさ」

「なにっ?」

 興味深そうな堕天使の言葉に、狗狼はにやりと不遜な笑みを浮かべた。それに合わせて指先で、ちょんちょんっと自らの〈COMP〉であるメガネのフレームに付いた小さなコンソール部分を叩いてみせる。

「……なんでも、コレを通じてキミとボクの精神をリンクさせる。……ってことらしい」

「ほう、人間はそこまで科学と魔術を融合させたか。そして、〝らしい〟ということは貴様が組んだ術式ではないのだな」

「ん~、だあってボクはどっちかつったらキミら寄りじゃぁ~ん? そーゆー重要なプロジェクトからは爪弾きにされるの……っと、これ以上は内緒」

 感心したように頷く堕天使と会話を続ける狗狼の傍らで、アートルムがきょとんと首を傾ぐ。狗狼がカオスサイドの悪魔を仲魔としているのは既知のこと。故に、特に違和感を感じていなかった。しかしアートルムの様子を目にした狗狼は堕天使との話を切り上げ、彼女のほうへと向き直った。

 アートルムは慌てて己の最愛のパートナーたる天使ドミニオンのラピスを召喚する。狗狼は召喚された主天使へにこやかな笑みを向けた。

「やぁ、ラピス。ご機嫌いかがかな?」

「平素と変わりなく」

 冷淡な面持ちの天使に苦笑いを浮かべる狗狼。決してラピスが無愛想というわけでは無い。ただ、馬が合わない相手というのは何処の世にも存在するものである。相変わらずとりつくしまがないラピスはさておき、狗狼はアートルムに確認する。

「アート、もう詳細は伝えてあるのかい?」

「はい、大丈夫です!」

「それじゃあ、〈WILDCAT〉のリンク設定はキミに任せるよ。今回の探索はキミがメインで、ボクはあくまでサポート役だからね。大種族でリンク設定をしてくれるかな」

 狗狼からはアートルムとは別に〈WILDCATプログラム〉についての講習を受講済みだと聞いている。実戦はアートルムと同じく今回が初めてとのことだが、随分と手慣れている様子だ。狗狼の言葉にアートルムは〈COMP〉へ〈WILDCATプログラム〉を走らせ、石碑にプレートを嵌め込む。セツにプログラムを渡されたときに受けた講習通り、〈WILDCAT〉のリンクを大種族で設定したのだが、始めてのことで必要以上に焦ったのは云うまでもない。

 探索場所は〈魔階セルタワー(銀)〉。いままで自らの足を使って何度も探索してきた場所だ。それこそアートルムにとって、〈DBライセンス〉をとる前の無免許時代に修業の場として使っていた馴染みの深い場所だった。

 しかし、魔階へ侵入する際に感じたのはいつもとは違った感覚。アートルムはほんの少し不思議そうな面持ちで、己はその場に残ったままパートナーのラピスだけが石碑に吸い込まれて行くのを見守る。

 同様にして狗狼はアートルムの隣にいる。彼の仲魔である堕天使アンドラスだけが、ラピスと同じように石碑から〈魔階深層部〉へと誘われていった。

 

 

 

(やだな。ラピス……私がいなくてもぜんぜん平気。だったりして……)

 仲魔だけで潜る〈魔階深層部〉、そのことをセツから初めて聞いたときに沸き上がった不安が再びアートルムを襲った。

(アートルム、聞こえていますよ?)

 胸中で呟いた積もりが、思いっきり伝わっている。ラピスが深々とした溜息を吐くのが〈WILDCATプログラム〉を通じて解り、アートルムは必要以上にドギマギしてしまった。もしかしたらこの動悸もラピスに伝わってしまうのではないかと、顔が真っ赤に染まる。

(ふぉう! なんでっ……)

「なんでって……精神リンクして潜るって、セツくんの説明聞いてなかったの?」

 石碑の外では確認とったじゃん?とばかりに、狗狼の胡乱げな眼差しがアートルムに突き刺さる。どうやらリンク設定のお陰で、先ほどの呟きは狗狼にも伝わっていたようだ。

「狗狼さんも! 乙女の胸中覗かんといてくださいっ!」

 気恥ずかしさを隠すため、アートルムは思わず声を出していた。

(えぇ~、ボクだって覗きたくて覗いたワケじゃないしぃ……)

 という不貞腐れたような狗狼の声が頭の中に響く。どうやらこれは思念のようだ。

(って、この程度は漏れるんだねぇ)

 腐っても研究者。狗狼はあくまでも冷静に分析しているようだが、同行者にも思ったことが伝わってしまうというのは非常に気まずい。アートルムは困惑した。

(誰が乙女なんですか、アートルム。いい加減、己の年齢をしっかり把握してから発言したほうが良いですよ)

(ラピス、そういうことは黙っていておあげ)

「あーん、もーラピスも煩い! 黙ってっ! くろーさんも、なんなんですかぁっ!」

 どうせダダ漏れになるのならと、アートルムは声に出して喚いた。もう大人しくしてなんていられない。

「さぁ、行きますよっ!」

 まだなにか云いたげにしているラピスを黙らせ、ふんすふんすと息巻くアートルム。〈WILDCAT〉へと感覚を研ぎ澄ませれば、ラピスの視界を通して〈魔階セルタワー〉内部の様子がありありと伝わってくる。生の視界ではない所為か、ラピスの感覚を通して視ているからなのかは定かではないが、自分が実際に足を運ぶ〈魔階セルタワー〉内部よりも薄暗く、視野が狭いように感じられた。視点はラピスの位置――何時もの己よりも高く、ラピスが飛んでいるためふわふわとした浮遊感が伴った。それは普段感じることのない不思議な感覚で、周りを見る余裕が出てくると少しだけ面白く感じられた。

 そこで狗狼と堕天使はどうなのだろうかと気になり、アートルム=ラピスは傍らに目を向けるが、途端に度肝を抜かれることになる。

 堕天使はラピスの傍らで、珍妙なステップを踏んでいたのだ。 アートルムは思わず石碑の外で隣の狗狼を見遣る。

「ちょ……狗狼さん、なにしてるんですかっ?!」

「え? いや、だって普段こんなコト出来ないじゃん? おお~、翼まで動かせる!」

 怪しげなステップで踊る梟面の堕天使。そしてそれを素で面白がる知的好奇心の塊。 狗狼は愉しげな表情で〈眼鏡型COMP〉のコンソールをタップしている。ディスプレイも兼ねるレンズの内側には、〈WILDCATプログラム〉による大量のデータが表示されているに違いない。

 人間にはない翼をまるで己の物のように動かせることに嬉々として、伸ばしては折りたたみ、折りたたんでは伸ばしを繰り返す。そして、ステップ。しかも、お世辞にも狗狼の運動神経は良いとは言い難い。……いや、寧ろ運動音痴の域なのではないかとアートルムは思ってしまった。が、狗狼に伝わることを危ぶんでその思考を直ぐに打ち消す。愉しげなのは堕天使の身体を操る狗狼だけで、堕天使が心底困っているのもありありと伝わってきた。

(ケツ筋様、不憫……)

(誰がケツ筋か! 小娘!)

 ケツ筋とは、立派な臀部筋を晒して堂々と立つ堕天使アンドラスに付けられた俗称である。もちろん堕天使自身はその名を不名誉に思っており、アートルムを嗜める。

 しかしその肉体はいまや狗狼に完全に操られており、素っ頓狂なステップを踏まされ続けていた。さながらダンス・マカブルを踊らされているかのようだ。その姿を目にしたアートルムは、今後は絶対に狗狼の知的好奇心に触れないようにしようと、改めて心に誓うのだった。

 地獄の大公爵と謳われる堕天使が、慌てふためいた様子で初めて狗狼の名を口にした。

(こら、クロウ止めないか!)

「……あ、いや失敬。つい!」

(つい! ではない……。この精神リンクは長時間持たぬと解っているのであろうな? やらねばならぬことがあるのではなかったのか、博士)

「そうだそうだ。アズラ、探さないとね。公爵、適当に進んで~。敵が出たら指示するから」

(このようなときには身体のコントロールを任せる気か……)

 狗狼のお気楽な声に、げっそりとした思念を返す堕天使。アートルムには傍らの狗狼ほどに現状を愉しむ余裕はなく、慣れない〈WILDCAT〉に集中するので手一杯だった。

「狗狼さんてば、意外とドジッ子ですよね……」

「ドジッ子とは失敬な」

(だから、時間がないのではないのか?)

 呆れたような堕天使の声。

「うん、そうだ。行こう、アート。悪いね、戦闘は主にラピスに任せるよ。公爵、元々回復支援を手伝ってもらう積もりで喚んだから、余り強力な技を持たせる余裕がなかったんだ」

(我は友の門出の祭に喚ばれただけであるからな)

 懐かしげに口にする堕天使に釣られ、狗狼が思い出に耽りそうになる。

「そうそう、伽耶さん元気にしてるかなぁ」

(だから、時間がないのであろう?)

 堕天使の再度の注意に狗狼がおどけたように舌を出す。

「そーだった。カウント減ってるね。急ごう」

「このカウントなんです?」

「長時間に及ぶ悪魔との精神リンクが……ボクらにどんな影響を及ぼすか解らないからね。一応ブレーカーみたいなもの、らしいよ? 一定時間が経つと自動的に精神リンクが切れて、〈魔階〉から排出される仕組みになってる」

 狗狼の言葉になにか違和感のようなものが感じられたが、それがいったいなんなのかアートルムには解らなかった。

(アートルム、敵が出ない場所ならそんなに気張らなくても良いですよ)

(あ、うん……でも、どこから出てくるか解らないし……。自分がその場にいるわけじゃないから、ちょっとドキドキしてる)

 ラピスとの会話に心臓が跳ねて跳ねてしようのないアートルムだったが、自身の気持ちを誤魔化すようにして狗狼を見る。

「でも、〈マハカジャ〉複数持ちとか助かりますよね。いま自分に出来ることは仲魔にさせないって人のほうが多いし」

「……ん、普段ならボクも〈銀月〉しちゃうしね」

 狗狼はそれに気づいたか否か、茶化すことなく真顔で答えた。〈銀月〉とは、地母神アルテミスの魔晶を施したタリスマンを身に着けることで使える特殊な補助魔法〈銀の月の加護〉のことだ。〈マカカジャ〉だけでなく状態変化抵抗のバフ効果もあるため〈マカカジャ〉代わりに使われるが、効果時間は半分という欠点もある魔法だ。狗狼が同行できない以上、〈WILDCAT〉中にこの魔法を掛け直すことは出来ない。支援魔法はアンドラスの所持する4種の〈マハカジャ〉頼りとなる。

 話題を変えることが出来、アートルムはホッと一息吐いて石碑へと向き直る。 〈WILDCAT〉に集中しなければ。

 そして二柱の悪魔とその肉体に精神をリンクさせた主の四者は、〈魔界深層部〉と云われる普段とは違う〈魔階〉の探索を続けていった。

 しかし深層部といえども、そこに棲まう敵の様相には変わりがない。

 だが、狗狼もアートルムも実際にその場にいる訳ではない。サマナーとしての資質がリンクした仲魔にも活かされているものの、狗狼の支援魔法が使える訳でもなく、アートルムが手にした剣を振るうことも出来ない。ましてやアートルムは自身が自ら闘うデビルバスターだ。仲魔支援装備を身に着けてはいても、アートルムの仲魔自体はサマナーである狗狼の仲魔ほど強くない。

 しかし、今回依頼を受けたのはアートルムであり、狗狼ではない。あくまでラピス主体で探索を進めねば、依頼を遂行したことにはならないのだ。

「これは……結構手強いね」

「パーティメンバーや仲魔のスキル構成によっては、途中で探索を断念せざるを得ないでしょうね」

 火炎攻撃が得意な悪魔は多いが、道中に現れるタラスクは確率火炎吸収という厄介な耐性を持っているため、時間制限がある中で反撃を受ける可能性を作る範囲火炎攻撃は逆効果だった。また、威力の低い範囲攻撃も同様だ。

 万が一深層部で仲魔が倒れれば、その影響は主にも及ぶだろうとセツに云い含められている。

 ラピスとアンドラスは単体攻撃を主として、現れる敵を確実に一体づつ仕留めていく。

 それでも、時間は確実に迫り来る。強力な範囲攻撃を持たない二柱の悪魔とその主たちは少々焦りを憶えながらも、最深部たる大仰な扉の前に辿り着いた。

「出迎えは、やっぱりオーディンですかね」

 ラピス=アートルムが目の前の巨大な扉を見上げて云った。

「いままでの道程を考えるとそうだね。スレイプニルは任せてくれていいよ。ラピスはオーディンを頼む」

 アンドラス=狗狼は扉の向こうを見透かすように凝視(みつ)めたまま口にする。

「時間がない、行こうか」

〈WILDCAT〉のタイムカウントは残り一分を切っている。そして、最後の部屋へと続く大扉が開かれた。

 

 

 

「アート! 大丈夫かい?」

 狗狼は叫ぶと〈WILDCATプログラム〉を切って現実へと意識を戻した。傍らのアートルムは精神リンクのためにラピスが負ったダメージを共有し、その影響で床に倒れ伏している。

 〈WILDCAT〉を用いて〈魔階〉を生成したのはアートルムだ。彼女が倒れたことにより〈魔階〉との接点が断たれ、深層部へ潜っていたラピスはアンドラスともども〈魔階〉から放り出されていた。狗狼とアンドラスにダメージはないが、アートルムはラピスと共に危うい状態にある。

 狗狼はアートルムの傍らに屈み込み、彼女の身体を抱きかかえると即座に癒しの呪を唱えた。このようなときには中途半端ながらも自身が癒し手であることに感謝せざるを得ない狗狼だった。柔らかな癒しの魔力に包まれ、アートルムの顔に血の気が戻る。

「……ふぅ。良かった」

「あ……狗狼さん? ラピス、ラピスは?!」

「私なら大丈夫です。アートルム、貴女は」

 同様に狗狼によって起こされたラピスが、アートルムを安心させようと柔らかく笑む。

「うん、私も大丈夫……」

 凝視(みつ)め合う、天使と人間。その間には入り込みがたい空気が流れる。が、狗狼はそんなことなど全くお構いなしに口を挟む。

「ちょっと焦りすぎちゃったね。ふたりとも大丈夫かい?」

「あっ、はい! 狗狼さんがいなかったらあのまま……でしたけど、おかげさまで!」

 アートルムが狗狼を心配させないため、否、気恥ずかしさから直ぐに立ちあがる。

「もう一回行かなくちゃ……ですね」

「残念だけど、直ぐには無理だよ」

「え、どうしてです?」

「自分の〈COMP〉を見てご覧。〈WILDCAT〉のプログラムが焼き切れてるでしょ?」

「えっ、あぁああああ。ホントだー!」

 狗狼の言葉に激しく狼狽えるアートルム。 〈WILDCATプログラム〉を差し込んだ拡張スロットがブスブスと煙を上げている。

「預かりもののデータなのにぃいいい! どぉおおうしよう!」

「アート、落ち着いて。それは最初からそういうふうに出来てるものだから、心配しなくて大丈夫」

 頭を抱えるアートルムに狗狼は苦笑いを浮かべた。

「へ?」

「聞いてなかった? セツくんの説明」

「あー? そうでしたっけ……」

 アートルムは狗狼の言葉にセツの台詞を思い出す。プログラムが完全ではないため、焼き切れたらまた取りに来るようにと云われていたのだ。

「もう一度セツくんの処に行けば、新しいプログラムをくれるはずだよ」

「それじゃあ、ダッシュで行ってきます!」

「ん、よろしく頼むね」

 狗狼は笑顔でアートルムを送り出すと、相棒たる堕天使へと向き直った。

「そう云えば、アズラもアンドラスを連れてたハズなんだけど……彼女らがどこにいるか、なんてキミに聞いても解らないよねぇ、公爵」

「当たり前のことを云うな。幾ら〈分霊〉だからといって、我らの総てが互いに通じ合っている訳ではない」

「知ってるよ。うちにはロキが三柱いるもの」

 さらりと答えた堕天使に、狗狼は肩を竦めてみせた。ロキの〈分霊〉同士が意識を共有していてくれたら、もう少し平穏な日々が過ごせるかも知れないとは思うものの、それでは面白味もなにもない。

「ま、アートが戻ってくるのを待つとしよう」

 狗狼はそう云って、〈魔階セルタワー〉のロビーに在る彫像のひとつに背を凭れ掛けて目を伏せた。堕天使はつい先ほどの扉の奥でのことを思い返し、狗狼を凝視める。その視線に気付いた狗狼は身動ぎせぬまま、口端に愉しげな笑みを刻んだ。

「なにか、気になってることがあるんなら、遠慮なくどうぞ。公爵」

「……何故、止めた」

 堕天使はゆっくりと言葉を紡ぐ。言葉は静かで抑揚もなく、さりとて咎めているふうでもない。

「気の所為だよ」

 狗狼は動じなかった。

「なにをとは聞かぬのだな」

 一歩踏み込む堕天使。

「うん、だから気の所為」

 そこでようやく顔を上げる狗狼。浮かんでいるのはにこやかな笑み。明らかに堕天使との言葉の遣り取りを愉しんでいる。

「聞き出してどうするの? ボクを責める?」

 本当にこの男は〈共同体社会〉の一員なのかと、堕天使は我が目、我が耳を疑いたくなった。人当たりの良い仮面の下に隠されているのは極度の人間嫌い。己の好奇心に忠実で、〈共同体社会〉から見れば思想は反社会的といえる。だからこそ、堕天使との契約が成り立っているのではあるが。

 先ほどの情景を思い返して堕天使が瞬きをする。

 

 最深部の部屋で出くわしたのは予想通り北欧の大神――魔神オーディンだった。衝撃魔法の得意な天使はオーディンを、そして魔力攻撃の得意な堕天使は魔神に従う八本足の駿馬を相手にし、彼らのみならず迫り来る時間とも闘っていた。

 そこには焦りがあった。一柱づつ仕留めれば確実に倒せる相手ながら、時間に追われていたことでラピス=アートルムが前に出すぎたのだ。

 天使はオーディンだけでなく、スレイプニルの注目も集めてしまった。スレイプニルに襲われる天使を目にした堕天使は即座に癒しを施そうとした。しかし、それを狗狼の強力な意志が阻んだのだ。

 

「否、我にそのような心算はない」

「まー、興味があったってのは否定しないよ。ボクが無事ならアートが死ぬようなことにはならないって確信はあったし。それにボク、痛いのは好きじゃないし」

 堕天使が肩を竦めて口にすると、狗狼は悪びれもせずに云ってのけた。

「それと。……どちらの意志が強いのかも、知っておきたかった」

 本心だ。堕天使は思った。狗狼の相棒、魔王ロキは堕天使よりもよっぽど凶悪なモノだ。狗狼の手に負えない可能性がある悪魔との精神リンクを試す前に、堕天使でテストしたかったといった処だろう。

「ふむ……。まぁ、大事はなかったようだ。問題なかろう」

「まーね、目の前で親しい人が倒れるのを何度も見ていられるほど、人非人じゃないよ。ボクは」

 肩を竦めた狗狼が云うのと同時に、ぱたぱたと大理石の床を鳴らす足音が響いた。云うまでもなくアートルムだろうと、その慌てた足音に狗狼がころころと笑う。

「さて、アートも戻ったみたいだし、もう一回行こうか」

「お待たせしましたっ! 次は頑張らないと」

 〈新宿バベル〉から〈魔階セルタワー〉まで急いだだけでなく、セツにちょっとしたお小言を喰らったのだろう。アートルムの表情には走った以上の疲労が窺えた。

「セツくんにお小言云われた?」

「えっ、いや……あははは」

「ま、結果持って帰らないと納得しないだろうしね。適当に頑張れば良いよ」

 

 そして、ふたりは二度目の探索により、セツの妹アズラが所持していたと思われる、破損した〈COMP〉を手に入れることが出来た。

 以後、多くの〈デビルバスター〉には〈魔階深層部〉の探索が命じられるも、その後アズラの痕跡は見つかっていない。

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